189話【苺視点】経験の伝達
「私の名前……覚えた、の?」
「はぁはぁ、ん……ふぅ。……。俺たちの会話を聞いていた……いや、そんな素振りはなかった。もしかして食べ物の苺を言ってる?というか、こいつら喋れるのかよ。そんな誤解はさせてないんだけど」
「なんて誤解させたの?」
「人間が、苺が好きだって。それだけだよ。それだけで汗だくのクタクタ。でもなんとかなった」
モンスターは壁に手を当てるとぺちぺち音を立てて軽くそれを叩く。
それを不思議そうに、でも満足そうにみやは見る。
みやのスキルが通じるってことは多分このモンスターのスキルも私たちに通じるのに……私もみやも全然恐怖心が湧かない。
「なんか、大人しくなった」
「俺のスキルにそんな効果はないんだけど……なんだかこっちが観察されてるみたいだね。それにこうして見ると他のモンスターよりモンスターっぽくないっていうか……」
「人間みたい……」
――ふっ。
そっと障壁越しにあるモンスターの手に自分の手を重ねた。
するとモンスターは口を少しだけ開け、息を吐いた。
何気ない仕草。
でもそれだけでこっちの空気が動いた、風が耳を、目をくすぐった気がした。
考えてみればさっき映像が流れたときも風が吹いて……。
この障壁は自然の流れを遮ることが苦手なのかも――
「――『デン、フウ……』」
モンスターがまた口を開いた。
たどたどしい発音ではあったけど、それを切っ掛けにモンスターを靄が包んだ。
これは……スキルを発動させた。
「みや!」
「分かってる!って、もう……くっ、今の風を浴びせることが発動条件か!」
「多分、風竜のスキルを食べた。だからこのモンスターはそれを使えた」
「そんなの……俺たちの知ってるこいつらの性能を越えてるって! 一体全体なんだってんだ……あ」
「あ……」
目の前が白くぼやけて……段々と辺りが見えなくなる。
「あ、ううぅあっ……」
絞り出すようなモンスターの声だけが響き、それも消えていく。
そして……。
「――スキルイーター……こいつを作るにはこうやってモンスターの肉をよく擂り潰してやるのが大事です。それでもって空になった人間……あ、これは状態によっては死体でも大丈夫なんですが、新鮮な方が出来が良くなるとされています。それで貪欲に人を襲おうとするモンスターの性質と、なくなった力、スキルを取り戻そうとする意思、それを取得できるよう働くダンジョンのシステム、これらが混ざり合った時に『蘇生』スキルを発動してもらいます。通常『蘇生』スキルはその強力な効果の対価として人間性だとか記憶だとかその他諸々が奪われかねないので人間への使用は禁止されているのですが、この人たち……というかモンスターであれば問題ないのでバンバン使ってるってわけです」
「……」
「おや?もしかしてこういうのは見慣れていませんか?うーん……君にはこの仕事場はあっていないのかもしれませんね」
「うっ……」
「あっ! 吐くなら外で! この場所は厳重に管理するため窓がないんですよ!吐けばしばらくその臭いで充満です!」
靄が晴れると薄暗い部屋と目をキラキラに輝かせたおじいさん、それと走りだそうとする背の低いうねうねもさもさ髪の男の人が私の目に映った。
風竜、彩佳のお母さんの次はあのモンスターの経験を見ないといけないみたい。