185話 満足
「は、るか、様……あ、あの時の味……良かった。でも、今は後ろの……あれのが欲し、いっ!!」
「まったく……。普通の時は課金に夢中で竜の状態だとアル中って……。ある意味正直な奴だよ」
走り出したハチ。
俺はまずハチをその場に押し留めようと敢えて避けることなくハチを受け止めに行く。
「うっ……。じゃ、ま……。遥、様……これ以上は私……。主従関係に、背く……かも」
「それで満足できるならいくらでも。むしろそれくらい許す懐が広くないと主として失格さ」
「そ、んなこと言ったら……わ、たし……」
俺の胸に飛び込んでくるとハチは体を震わせ、顔を赤面させ、目を潤ませて……俺の首に噛み付いた。
まるで吸血鬼のようだが、肉まで抉ろうとするその噛み付き方はまさに竜。
痛みはある、が……再生力が上回っているし、レベル差や超身体強化の効果もあるから致命傷には至らない。
「あ、う……。美味しい……美味しい。もっと、もっと……もっとっ!!」
ハチが俺の血を貪ろうとする度、その身体はモンスターのそれに変わっていく。
ハチは赤に比べて大分小さい竜のようで、俺を一気に飲むことはないがその力は赤……いやそれ以上のものを感じる。
最初ステータスを見た時ハチの攻撃力の高さは異常だと思っていたが、それは竜の姿になることで進化を発揮するらしい。
「遥君!?」
「おいおいおいおい、あれ大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫ですよ!! ……多分」
「……」
超身体強化の影響もあって、下から俺を見る陽葵さんたちの声がはっきりと聞こえた。
もちろん慌てる宮平さんのお父さんと、不安そうな宮平さんの声も。
苺だけ俺を見ていないのか、なにも発してないのが気掛かりだけど……とにかく、そろそろ全員を安心させるか。
「神測」
『――超身体強化による血中アルコール濃度上昇の限界値を測定。……残り可能回数分、超身体強化を10度重ねます』
神測を使用してよりハチを満足させられる身体を作る。
他のスキルを使えば超身体強化の副作用は消せるかもしれないけど、敢えてそれをせず俺は酔う。
身体が火照り、足がふらつく。だけど、少し心地いい。
そしてそれは俺以上にハチが感じていて……。
「――ふ、ぁ。もう、飲めな……。要らない、かも……」
ハチは竜の姿のまま満足そうにその場に倒れ込んでしまった。
暴れる様子ももうない。
『――モンスターの完全支配を確認。新しくパッシブスキルを獲得しました。【支配者の圧】は敵モンスターだけでなく、敵対意識や疑心の強い人間に対しても優位に立てるスキルです』
そうしてハチが戦闘不能になると神測とは別のアナウンスが響いた。
やっぱりこうした特殊なスキルの獲得はなんだかテンションが上がる。まぁ今回は酒気のせいもある気がするけど……。
とにかく、これでハチたちだけじゃなく俺の実力や安全性も見せられたんじゃないか?
きっと、宮平さんのお父さんも今頃驚いてるはず。
「――どうですか宮平さんのお父さ……って、え?」
自慢気に、堂々と胸を張って下から俺たちを見上げている人たちに視線を送ろうとしたのだけど……宮平さんや陽葵さん、いつものメンバーを除く全員はなぜか片膝をついて頭を垂れていた。
「――あのぅ……」
「先程の失礼な態度をお許しください。並木遥様、我々は同胞の罪を償う意味も込めてあなた様や探索者協会、それにあなた様と同じ下位の人間という扱いを受けてきた人たちのために尽力致すことをここに誓います」
そのままハチが眠ってしまい、赤も脱力すると地面はもとに戻った。
そして、足早に俺の元まで駆けつけた宮平さんのお父さんは再び地面に膝をつくと、びっくりするほど簡単に誓いを立ててくれ……。
「ふふ……流石、遥様ぁ……」
「これはこれはオロチ様、そのようなところで眠ってはお身体に触りますぞ。みなのもの! すぐに最高級のベッドでわれらの先輩であるオロチ様を――」
「ハ、チ……。だって!!」
「いでっ! すみませんハチ様!」
寝ぼけたハチを先輩だと言い出した挙句、その威厳がガラガラと崩れるようなコントまで披露してくれたのだった。




