179話 タイムアップ
「はぁはぁはぁ……。『風錠』……」
会長は額から大量の汗を流しながら地面に降り立つと、切り落とされ出血が止まらないでいるその腕を風のわっかで強引に締め付けた。
だが止血はできたようだが、痛みは強いようでふらふらと身体をよろめかせている。
俺や火竜と違い、契約していても即時回復はできない、これは会長にとって大きな弱点だな。
「風――」
「そっちも切り落とされたいですか?」
もう十分に戦えるとは思えない状態に関わらず、会長はもう片方の手を俺に向けた。
そして俺はその手に剣の先を少しだけ当て、冷静に脅す。
「それは困るな。魔法を使うのにもモーニングコーヒーを啜るのにもあまりにも不便だ」
「分かっていただけたようでなによりです。会長、あなたをこの街の反逆者として拘束、こちらで魅了をかけさせていただきます。陽葵さんとハチたちがくるまで大人しく――」
「――タイムアップ。矢沢さん、父さんたち……じゃなくて上の人たちから1度戻ってきてこい、とのことです。今回の件について、今後の処遇とダンジョン街についても話がしたいと。まぁ、あの様子だとこっちから提案ってことはできなさそうですから、ある程度覚悟をしてもらわないといけないと思いますが。あ、安心してください。怒られるのは私も一緒ですから」
男の声。
姿は見えない。
やけに軽い口調で緊張感がまるでないが、内容からしてかなり会長とは別のこの街を仕切る人間のようだ。
確か、『あの人』が言ってた……名前は神宮だったか?
あまり連絡をとらせるのは良くない気もするが、逃がさない自信はある。
それに、地上の情報を得るためにも少しだけ泳がせたい。
「記憶の戻った人たちが地上に向かってこないよう、1度出入り口を封鎖、障壁を展開するそうなので申し訳ないんですけど治療はあとにさせてもらいます」
「分かりました。まあ急いでいなくともこの場にいてはそれを許してもらえなさそうですし……。ただ、この力を利用するためにお願いが――」
「分かってます。ちょっとしんどいですけど、矢沢さんと竜、それからスキル調達用の1匹、洗脳スキルを獲得したモンスターを――」
――ぼと。
2人の会話の途中、離れたところで何かが地面に落ちる音がした。
「――こいつ、私たちが全部忘れていた、原因。残念、会長は私のことなめすぎ」
「しまった……。下位の、混血ごときに一杯食わされるとは」
音の鳴るほうを見ると、そこには首が切断されたモンスターと斧を担ぎながらこちらを見る苺の姿があった。
これで洗脳スキルを街全体にかけられることはなくなった、か?
ともあれ、会長と神宮を出し抜いてやれたことには間違いないはず。
「よくやった苺!」
「ふふ」
得意気な苺。
あとでハチと苺に何か甘いものでも奢ってあげようかな?
それかケーキを作ってあげるとか、セーターを編んでやっても……いや、それは趣味の押し付けになりかねなさそうな気が――
「あちゃぁ。あそこまで汎用性のある洗脳スキル持ちを失ったのはいたすぎ……。他は風で効果をばら蒔いたりできるタイプじゃないし、準備も大変で……それはあんたたちにとっても不都合だろうに……。まあもう過ぎたことを悔やんでもしょうがないか。そうだな……多分1ヶ月後にはまた会えると思う。それまで……上の人たちの指揮による統治が始まるまで、やり残したことがないよう暮らすといいさ。でも、記憶が戻っていろんな階級の人間が混ざって、それどころじゃなくなるだろうけどさ。……それじゃあね」
会長と風竜の姿が神宮の別れの言葉と共に消えた。
咄嗟にそれを捕まえようとも思ったが、あまりにもそれは早すぎた。
神測による追跡は……。
『――対象がロストしました。……効果の範囲外か、妨害スキルにより居場所は分かりません』
不可能。
なにもできないと知った俺はふっと息を吐き、宮平さんの怪我の応急措置、そしてハチや赤がここに到着するのを待ったのだった。




