170話【風竜過去】ロスト
「『風鞭』」
「これは、少し厄介ですね」
風をうねらせて鞭のように振るう。
威力も攻撃の速さも他の遠距離スキルと比べると低いが、不自然に色づいていないという点においてこのスキルは優秀。
私のような武器の練度が低い使い手であっても面白いくらいに攻撃をヒットさせることができる。
矢沢のようにレベルが高い敵の場合でもこれは通じる用で、発動後もう何発もその身体に風鞭をヒットさせることに成功している。
とはいえ、急所はずらされ大したダメージは入っておらず表情は余裕綽々といった様子だ。
やはり大ダメージを与えるには大量の魔力を練った神話級、滅級の魔法が必要……しかし、それだけの魔力を体内で練ることで子供を圧迫しかねない。
なんとかこのまま矢沢の体力、それに周りの人間も削り切りたい。
そうすればきっと……。
「――矢沢っ!!」
「ん? いやはや思ったよりも立ち直りが早いですね」
「やってきたこと、意図せずお前に加担してしまったという事実はもう変えられない。だけど……今、俺が抗うことで最悪の結果は変えられるかもしれない!!」
「ぐっ! だが……理解、した」
「!?」
夫の剣が、拳が届く。
そしてそれは交戦し始めてから何分か経った頃に起きた。
まるで私の思考を汲取ってくれたように立ち上がり、夫は矢沢の死角となる背後から敢えてその拳を突き出したのだ。
これにいち早く気付き、風で身体を強く押したこともあってか、夫は咄嗟にガードする矢沢の両腕を弾くことに成功。
突き出した拳をその頬に思い切り食い込ませた。
矢沢のレベルは夫以上だが、それでもこの一撃はかなりダメージがあったようで今日初めて苦しそうな声が上がった。
「まだだ! もう一度風を!!」
「分かったわ!!」
そんな矢沢を見て夫は満足するでもなく急いで風を要求。
その顔はかなり今まで以上に焦り、怒りに満ちていた。
だから私も出来る限り急いで風を送ったのだが……。
「え? う、おえ゛」
唐突にすさまじい吐き気とだるさが襲った。
まさかこのタイミングで、と慌てて頭を回転させる。
私が竜で出産までの期間が短い、と言ってもその予兆はまるでなかった。
それが突然何故……。私はこの時最もそう想像したくないことまでも思い浮かべ、その場にうずくまった。
「ふふ。宮平さん……あなたが自分の子供にかけた誤解。これをようやく理解出来ました。そして……その書き換えもね。あ、勿論全てじゃないですけど」
「矢沢……お前」
「あなた。奥さんの負担を軽減させるため、また地上の人間に対して攻撃を仕掛ける、そんなタイミングからずらすため『誤解』で子供の成長を遅らせていたでしょう? それを今ね、『お前はすぐに大きくなる』、と書き換えたんですよ。奥さんの身体からは急速に栄養、魔力、体力、その他もろもろが吸われるはずですよ」
「くそっ!!」
夫は慌てて私のもとまで駆け寄るとスキルを発動、書き換えられたそれを再び書き換えようとしているようだった。
「くっ……なんで、なんでだよ」
「さきほどと同じです。レベル差、脆さ、そんな様々な要素が私の介入を安易にしているのです。さて、これほど弱っているのですから、契約の方もそろそろいけそうですか」
ゆっくりと近づいてくる矢沢。
それに殴り掛かろうとする夫だったが、未だ行動可能だった数人の人間が飛び掛かりそれを静止。
すると私の頬に矢沢のナイフが当たり、血を一掬い。
それを体内に取り込むと更に身体から抵抗力がなくなっていくのを感じた。
「くそっ!! はなせっ!! リンドヴルムに、俺の子供に手を出すな!!」
「それは無茶な相談ですね。風の竜を手に入れることができれば洗脳はいつでも可能なんですから。さて、それよりも置き場ですかね……風竜を見た何者か、或いは風竜が何かをしでかさないように閉じ込めておかないと」
「に、逃げろ!! 逃げてくれ!! そうだ!! 逃げられる身体になるよう『誤解』を――」
「無駄ですね。主従関係が私以上にしっかりと成っていては」
「な、なら……俺は俺自身を『誤解』させる。俺は……僕じゃない、風竜の肉、血、精神の一部。自分の意思もなにもない。だからこのスキルも当然風竜の……」
『――宮平の存在がロスト。宮平との契約が解除されました。現在体内で掛かっている『誤解』が解除されました。レベルが上がりました。現在進攻中の契約書き換えが中断されました』
「そ、そんな馬鹿な!! あり得ない!!」
夫の存在、意識が消えた。
そんな最悪のアナウンスが流れ、気がどうにかなりそうだった。
だが私に芽生えた思いが矢沢の絶叫を聞きながらあるモンスターのもとまで飛ばせ、スキルを発動させた。
「――『誤解』。『洗脳』の効果は記憶の改竄である。そしてそれは……ダンジョン街と地上を切り離すようなものである」
もう地上もダンジョンも、とにかく戦うのは嫌だ。上位の人間を殲滅したいっていう夫の意思には背くことになるけど……こんなことになるのであればいっそのこと……。
そう思いながらモンスターに命令を下すと私はまた翼をはためかせた。
そして……。
「ここが別のものになってしまえばいい。一生攻め入られない、攻め込まないそんな街にするために……。命令します、あなたは私の僕として最低限地上とやり取りを行いなさい。そして私は……」
「――そうだね、その姿を隠した方がいいと思うよ。この洗脳は強力だけど完璧じゃないから。それと、変なのはいつの時代でも出てくるものだからさ、まぁこっちで人間の選別とか……諸々はさせてもらおうかな」