166話【風竜過去】当日
「――お待ちしておりました。宮平さんもここまでご無事で何よりです。ささ、準備はできてますから邪魔が入る前にことを済ませてしまいましょう」
「……」
「行きましょう、あなた」
矢沢が私のもとを訪れてからの1週間。
ダンジョン街にはさらに多くの人間が押し寄せていた。
彼らは下位の人間を区画ごとに管理する役人として政府から矢沢が無理矢理引っ張ってきた存在、ということになっている。
ただ実際には地上へ進行する際の人質として価値のある人間として連れ込んだだけであり、捕虜となる予定だ。
この間彼らによる下位の人間たちへの暴行、強制深探索、制裁というなの虐めが増大。
おぞましい光景がダンジョン街で当たり前となり、夫は政府から疑いをかけられないためとはいえ、これを抑制することができないことをきっかけに自責の念で塞ぎこむようになった。
今日まで夫を支えつつ、お腹の子にストレスかけないよう生活。
寿命がないに等しい私にとってなんてことのない期間のはずなのに、この1週間は1年、いやそれ以上長く感じてしまっていた。
「――見てください。ここからなら街が一望できます。まだ内装が出来上がってませんが、ここを会長室とする予定です。そして……こちらにいるのが、今回の鍵となる力です」
集合場所の建物を登り、一室に通される。
部屋は広く殺風景。
ガラス窓からの景色は絶景だが、よくみれば人が人を罵り、蹴飛ばし、奴隷のように連れ回す様子が見受けられた。
そしてそんな部屋の奥には扉が一つ。
矢沢は私たちをその前まで案内するとゆっくりとその扉を開いた。
「――ん、んん!!」
「これは……!! こんなことをしなくちゃいけないなんて、俺は聞いてない!!」
扉の中には一匹の人型モンスターと口に綿を詰め込まれた男性が一人。
そしてそのモンスターは男性の身体を引っ掻き回し、時には指を切断するなどしてまで血を貪っていた。
あくまで殺すのではなく、血を貪るだけで殺す気はないようだ。
ただ、見境はないのか私たちにまでその汚れた目は向けられていた。
「当人がスキルをもて余している場合、こうやってスキルを保管させることが可能。試作段階ですがこういったモンスターの開発が政府では進んでいて……今回はそれを一匹、それと『洗脳』スキルを持った人間を一人、これを用意するのがどれだけ大変だったか……。可哀想ですが、私たちの夢のためにはこれだけの犠牲が必要なんです。分かってください、宮平さん。それにこの人はあなたが恨む上位の人間。落ちぶれてはいましたが、下位の人間を痛ぶり遊んでいた極悪人。復讐の対象ですよ?」
「そう、ですか……。でも……いや、仕方のないこと。これからのことを考えればこれくらい……。……。むしろこいつらにはこれすら生ぬるい……」
「……。そうです。甘い感情は捨てましょう。この一週間で改めて政府の醜悪さは思い知ったでしょう?」
「……はい。俺はこの世界を変える。変えます」
覚悟を決めた表情の夫と目を合わせる。
心配ではあった。
でもこの人にまた生気が戻るなら、2人で……3人で堂々と暮らしていける日々が手に入るなら……母となった私は何でもできる気がした。
「さてこのモンスターなんですが作ってみたものの、まだ制御が利かなくてですね。スキルを保管できたとしても利用できるまでには至っていないんです。そこで……宮平さんのスキル『誤解』が必要なんですよ。いや、正確には強化されたスキルが。だからリンドヴルムさん、手順はこうです。宮平さんのスキルを強化、洗脳スキルを利用できる状態に、そしてこれを拡散。大変ですがお願いできますね?」
「はい」
そして私は矢沢の問い掛けに悩むこともなく返事をした。




