158話 ショ
「えっと……」
「嫌、だった?」
「違います! ただ、ちょっとびっくりして……」
戦いが終わったことを知らせるように笑った陽葵さんは、気が抜けたのかそのまま俺の胸にもたれた。
そしてふっとこちらを見上げると、その唇を俺の頬に当てた。
そんな陽葵さんは服を切って下着が見えた時よりも紅潮して、それに釣られるように俺の鼓動は早まってしまう。
ダンジョン、それもさっきまで激しく戦っていたとは思えない雰囲気が流れる。
「……」
「……」
つい無言になる俺と陽葵さん。
こ、こんな時ってどう声をかければいいんだよ。
「――遥様! 陽葵! やった、やったのね!! ……って私お邪魔だったかしら」
「いや、あのこれは――」
「大丈夫よハチさん。私もう決めたの。だから気を遣わなくても大丈夫」
「ふーん。へぇ。これじゃあいつが操りきれないのも納得だわ」
俺たちのもとに嬉しそうに駆け寄ってきたハチ。
ハチは空気を読まず大きな声で俺たちの顔を覗き込んだかと思えば、その目を細めて口元を緩めた。
その悪戯な顔がどうにも気になるが、とにかく今は助かった。
いや、別に陽葵さんが嫌だったとかそんなことはなかったんだけど……。
「それで? 陽葵はあいつを取り込んだって感じかしら? 死んだようには感じないけど、出てこないってことはそういうことでしょ?」
「ううん。そういうわけじゃないわ。ただ契約を変えて今はちょっと大人しくしてもらっただけ」
「完全な主従関係ができてる……と。なんだか信じられない気持ちだわ。まさかあいつが人間に隙を見せるだなんて……」
「気づけばなんてことは……なくはなかったけど、火竜、赤君も立派な生き物だったってだけのことよ」
「?陽葵、それってどういうこと?」
「そうね、今後協力者として活動してもらうんだもの、改めて自己紹介させてあげましょうか。出てきなさい、赤君」
陽葵さんが命令をすると、その口から火の玉が飛び出した。
そして俺が斬り、地面に落ちた身体の元へと一直線。
――ぼっ。
案の定赤の身体に潜り込んだ瞬間、火は鈍い音を立てながら高く燃え上がった。
「――赤君も赤ちゃんもやめてもらえませんか? ……ご主人様」
「でもその姿だとその方が似合うじゃない」
「……え?」
「これって……あはははははははははは!! なになに! あんた! 私よりもちびっこじゃない!」
燃え上がった炎の中から現れたのは苺と同じくらいの背格好の少年だった。
顔が整っているから少女にも見えるけど……さっきまで戦ってたのとは大分違う見た目だ。
「子供っぽいから大人の口調、女性に憧れがあるから女性らしく、遊ぶ相手に女性を選ぶのもそれが原因。でしょ、赤君」
「はい、そうです。でも赤君はやめてください」
従順に最早隠すこともなく陽葵さんの問いに答える赤。
戸惑っているのは間違いないが、心なしか嬉しそうにも見える。
俺とハチとの契約とは違い強制力があるのか、それとも……。
なんにしろ、敵意はもう感じられないな。
こいつがしてきたことは許せないが、戦力として迎え入れるくらいは案外すんなりと受け入れられるかもしれない。
「改めまして……橘陽葵様の僕となった赤です。再生力と操る力には自信が――」
「あははははははは!!」
「……。ハチちゃん、あんまり笑うような昔みたいにお仕置きをしてもいいのだけど」
「ハチちゃん? ハチお姉さんって呼びなさい、赤君!」
……。まずい。幼稚な口喧嘩始まっちゃった。
迎え入れるの……簡単じゃないかもな。
「くそ……。こんなことならあの人間たちにもっと行動を控えさせて、私も巣籠もり。ゆっくり旨いものがかき集めるのを待つだけにすれば良かっ――」
「これって……」
ハチに頭をポンポンと叩かれながら悪態をつく赤。
しかし、一転してそんな和やかな雰囲気は消え去り、2人は険しい表情を見せた。
「ハチ、もしかして新手か?」
「いいえ……。ただすごく嫌な感じが急に……」
「……。ねぇ赤君も何か分かった?」
「はい陽葵様。私はハチちゃんよりも察知能力が高いので。でも……そうか。ついに動いてしまったのですね。陽葵様、それにハチちゃんとその主。急いで地上に向かうことを強く勧めさせてもらいます。数は多分少ない。今ならまだ間に合うかもしれません」




