154話【陽葵視点】弱い
「ん……。あれ?私……。……。身体は動く。これは夢……?」
意識がはっきりしている。
口は動くし、手足も動く。
だけど目の前は真っ暗でそこにいたはずの火竜はどこにも見当たらない。
ハチさんとの契約が活きている以上死んだなんてことはないのだろうけど……。
「あれを拒んだ代償……かしら」
火竜との契約。
私が魅了で火竜の炎を操作している時、私はあいつと強く繋がった。
それを利用した火竜は私の頭の中で契約を促し、心を支配しようとした。
手足が燃えるように熱く、胸は強く締め付けられ、死の恐怖という脅しと、甘い言葉が私を揺さぶった。
『私と契約すればより強くなれますよ。きっと、誰よりも……です』
まるでこちらの心を見透かすような笑いを含む声。
それは何度も続き、私を悩ませた。
私は強くなりたい。
強く、探索者として注目される度お父さんは笑ってくれる。
お母さんが天国にいったあの日からお父さんが笑ってくれるのはその時だけ。
だから当時の私は必死で努力して努力して、いつの間にか天才少女だなんて持ち上げられて……。
すごいのは当たり前、お父さんも私より門下生のことばかり。
単純で恥ずかしいけど、私は目的を失ったように感じてしまっていた。
そんな時私に羨望の目を向け、同じくらい強くなりたいと道場の門を叩いたのが遥君だった。
正直なところ彼からは剣の才能も運動能力の高さも感じられなかった。
でも誰よりもひた向きに、緻密に、時に怖いくらい努力する彼に私は引き込まれ、誰よりも応援していた。
そうしてしばらく経った頃、1匹のモンスターがダンジョン街に出没するようになっていた。
そのモンスターは弱い人間を狙い、殺すでも捕食するでもなく、散々痛ぶったかと思えば早々に逃げ出す変わったモンスターで、探索者だけでなく一般の人たちをも襲うことからかなり話題になっていた。
街に緊張感が走る中、私やお父さんも注意を払うようにしていたのだけど嫌な予感は募るばかり。
そしてその予感は的中。
あろうことかモンスターは遥君を狙って現れた。
急いで駆けつけた私は竹刀で応戦。
でもモンスターは強くて……結果深手を負わされてしまった。
そんな情けない姿を見せたあの日、あの時から私は遥君を危ない目にあわせたくない……そんな気持ちが強まって彼の探索者の道を拒むようになった。
段々とレベルアップに意欲的ではなくなっていた私は、そこで遥君が違う道を進めるよう、自分がその見本になれるように、と、戦うことから離れた。
それから今日まで……ずっとレベルアップに執着して、諦めなかった遥君に対して私はその場で足踏み。
実際の差以上に彼を遠くに感じて、焦って、少し妬んで……。
強くなりたい。
私は先輩としてもう1度、意地ばっかりじゃなくて本当の強さが欲しい。
……。強くなりたい、私は弱い。
弱い弱弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い……。
「うっ……。あぁ……」
「――もう一度チャンスを与えて上げます。私と契約すればより強くなれますよ。きっと、誰よりも……です」
気持ちが暗く沈み、その苦しさから呻き声があがる。
心臓が痛いような気がしたから両手で胸を掴んで、その場にしゃがんで……。
その状態がどれだけ続いたのか、そんなことも考えられないほど負の感情で押し潰されそうになったとき……私の耳元に微かな暖かさと、火竜の確かな声が運ばれてきた。




