144話 炎抑制
「う、そ……」
あの日、遥君が死んだって知った時と同じ。
一気に押し寄せた虚無感のせいで体から力が抜けていく。
以前はそれがずっと、永遠のように感じられた。
でも今は違う。
こんなにも近くにいるのに……届くはずの距離で、出来ることもたくさんあったはずなのに……。
無力。
そんな自分が許せなくて許せなくて……。
火竜に対しての怒りは確かにある、だけどそれを超える自分自身への怒りが虚無感をかき消す。
メラメラと滾る感情はもう私に他のモンスターのことなんかを考えさせようとさせない。
疲れや痛みは去って、反対に私の身体には溢れそうなほどの心地悪い力で満ちていく。
これはただレベルアップしたから……だけじゃない。
『――橘陽葵の憤怒状態を神測。それによりレベルアップ時の上昇値が変化。通常見込まれていた上昇値の最大を神測。その値まで補完』
アナウンスされるように劣化版の遥君のスキルによるもの、それに……私の感情が爆発しているから。
――カツン。
地面を蹴飛ばすといつもより甲高い音が鳴った。
身体が妙に軽い、モンスターたちの動きが鈍く見える。
「……邪魔」
大きく腕を振って息を荒くして、そうやって速度を上げていたときとは異なり、自分の無駄な物を削ぐことで速度を上げる。
そうして移動し終わってみるとモンスターたちの首は地面に落ち、血がそこら中から噴き出した。
無駄なものがなんなのか、どう削げばいいのか、それは本能が自然と教えてくれる。
技術的なことをこと細かに説明するのは不可能だけど、確かに言えることが1つ……。
「滾る思いを冷静に……冷やすことで絶大な力に変換できる」
怒っているのに不思議なくらい冷静になっていく。
そしてそれはさらに私から無駄を削いでくれる。
「ぶ、も……」
「あなたも、邪魔――」
――パンッ!
そうしてナーガまでの道を阻むモンスターを……多分10匹殺した時、両端から迫って来ていたモンスターたちが水弾と共に弾けた。
これはハチさん……。だけど、なんでだろう? ハチさんの魔法の威力が元に……いいえ、それ以上になってる。
『――怒りのコントロールの上昇、それに際して炎耐性や炎魔法、それに属するものを抑制できるようになりました。共有可能な対象にこれを共有しました』
「なるほど、そういうことだったのね。ここって熱くてむさ苦しくって嫌な場所だなって思っていたんだけど……突然楽に、ううん。心地よくさえ感じるようになったのは!! それに……」
私よりも後ろにいたはずのハチさんが前に出た。
無理のない活き活きとした口調、だけじゃなくてその身体もどこかつやが増したような……その尻尾にいたっては少し膨らんでいるようにすら見える。
「ここを私の縄張り(テリトリー)に変化できるだなんて最高!! 私たちに攻撃してきたよわぁああぁい子たちの魔力を支配……今の私なら吸収までできるわっ!!」
ハチさんが触れるとモンスターの身体から水蒸気が立ち上った。
多分炎や熱、そういったものをハチさんは共有した抑制力と縄張りの力で絶妙にコントロール。
そして水属性の魔法でそれを水蒸気に変えて吸収しているのだろう。
触れるだけで倒れるモンスターたち、強化されるハチさん。
膨大な数に見えていたモンスターたちはみるみるうちに減り、ついにナーガは私たちに背を向けた。
――バンッ!
「――ききゃあぁぁぁあぁっ!!」
「掠めただけ……。でも、今なら遠距離でもそれなりに効くみたいね! 陽葵っ!!」
「大丈夫、もうとった」
ハチさんが魔法を発動する前、その素振りを見せた時には既にこの足をナーガの元へ向かわせていた。
水弾によって腹の横にダメージを負ったナーガはその足を鈍らせ、首筋に触れた私の剣を避ける術はもうない。
もっとも硬い鱗があれば通常避ける必要なんかないのかもしれないけど、レベルアップした私の一太刀でなら……。
――しゅう……。
鱗から生じる水蒸気。
食い込んだ剣は鱗に水分を与え、熱を奪い……ふやけさせた。
「あなたも、退いて」
「ぎ――」
豆腐並みに柔らかくなった鱗ごと私はナーガの首を切断。
しかし勝った喜びに身を震わせることもなく、強敵を倒して流れるレベルアップのアナウンスに耳を傾けることもなく、遥君と火竜を包む火を見つめた。




