138話 火の粉
「こいつ、人の言葉を。そういえばこいつって……。まさか産み出したり、干渉してきた人間の影響を受けて……って待て!」
ハチや火竜以外の人語を操るようになったモンスターの存在に驚き、同時に『進化』の二文字が頭をよぎると、ジェネラル・ミノタイタンは俺に背を向けて走り出した。
速い、が追いつけない速度じゃない。
この様子なら俺が殺してしまうよりも先に後ろで待ち構えている火竜がこれをどうにかしてしまいそう――
「ぶ、もぉあっ!」
「なに!?」
「へぇ……」
人らしくなったジェネラル・ミノタイタンだったが、逃走中のもっとも情けないこの時、ついに武器を手放して両手をつき、4足で走り出した。
速度は上昇。
俺の足では追いつけないほどの勢いで火竜の横を抜けるつもりのようだ。
火竜の図体はハチが使役する竜よりもでかく、その脚も太い。
大きな翼を含むその雄大な上半身を支えるためなのだろうが、走るには適していない。
もしかすると本当にこのままこの階層を抜けて逃げ出せるかも――
「『地上』の人間と戦うため今よりも強くなる。それは面倒で抽象的で先のみえないもの。って思っていたけど……私の知らないところで自然にそれは進んでいるんですね。特異な精神状態、それに強い願いが原因ですかね? ……まったく、突然言葉と力を獲得するだなんて私も少し驚きました。まぁそれはともかくとして……。あぁ! 勿体ない! けど、あなたを食べることを我慢だなんて……そんなのもう無理です!」
火竜の顔に恍惚の表情が浮かぶ。
そして同時にジェネラル・ミノタウロスの周りを囲うように火の粉が舞い始めた。
攻撃スキルだろうか?だとすれば不用意に突っ込むのは危険すぎるが……。
「お構い無しかよ。というかそれどころじゃないのか?」
錯乱状態にも似た様子のジェネラル・ミノタイタンはそのまま火の粉を浴び進む。
そう、進めているのだ。
壁ってわけでもなく、目眩ましというわけでもない。
ならこの効果は一体――
「――ぶ、がっ!」
「私、生でも好きなんですけどミディアムレアが1番好きなんですよ。それにこうしてあげるとあなたたちってその場で激しく踊ってくれるでしょ?それを遠くからゆったり眺めるのも好きなんですよね」
火竜はその場に腰かけると嬉しそうにジェネラル・ミタイタンを眺める。
そしてそれに呼応するようにジェネラル・ミノタイタンは喘ぎ声を漏らしながらその場でもがく。
こうなれば俺の敵は火竜1匹。
「タ、ダズゲデ……オデマダヤクニ……」
「実はですね、あなたが連れ帰ったマザーウルフ。あのこをまだ私の中で飼っていて……。モンスターを産める個体にストックはあるんですよ。それに変に生き長らえるよりも死んだほうがいいかもしれません」
「ソレッテ?」
「あ、見せてあげたほうがいいですか。ならちょうど良さそうなので……」
――ごぇっ。
「それが盾になるとでも思ったのか? 悪いが『2匹』まとめて叩き斬るぞ!!」
火竜はジェネラル・ミノタイタンとの会話を打ち切って、このチャンスに攻撃を仕掛けた俺と目を合わせ……火で包まれたマザーウルフをその口から半身だけ吐き出し、差し向けるのだった。




