130話 【陽葵視点】やり返してください
――ごぉ……。
ダミーの後ろから聞こえる大きく空気が吸い込まれるような音。
今の慎二の言葉からして火竜が遥君に攻撃を加えようとしているんだと思う。
しかもそれはかなり強力なもの。
このままじゃ遥君が……。
焦燥感が全身を巡って私の足は勝手に早まる。
ハチさんとの契約上火竜ほどの効果はないにしても私たちにも再生力はある。
なら腕や脚が欠損しようとも、このダミーを早急に消さないと。
ハチさんが死なない限り私たちは復活はするって知ってる、知ってるけど、それってどのくらいの時間がかかるのだろう? 精神的ダメージは? 後遺症は? そもそも死ぬなんて最上の辛さがあるに決まってる。だから……2度までも遥君を慎二に殺させない。
それに、何もできないままに大切な人を失う、そんな思いはもうしたくない。
「模倣:弱硬質化。全員まとめて掛かってきなさい! 誘惑の居合――」
『――陽葵さん、聞こえますか?』
ダミーたちの正面で脚を止めて攻撃をもらう前提でスキルを発動。
ダミーが一気に押し寄せようとしたしたその時遥君の声が脳内に響いた。
生きて欲しい。だから、ここは逃げに徹して欲しい。そういった思いが溢れて、考えるよりも先に言葉が紡がれる。
『遥君! 聞いて! その火竜は強化されて――』
『知ってます。でも問題ないです。それより、こっちに向かってきてください。それで陽葵さんも慎二にやり返してあげてください』
念話なのにみっともなく焦る私。
それに対して遥君は驚くくらい冷静で、どこか楽し気。
そんな風に話されると、どうしてもあっけにとられるてそれに……安心で気持ちが緩んじゃう。
ああ、多分遥君の言う通りにすれば、付いていけば大丈夫なんだなって。
私に追いつきたいって頑張ってた年下の男の子に、今私完全に心から……預けてしまってる。
口角が上がりそうになる。それが少し恥ずかしくて、悟られないように返事をする。
『それって……』
『一応反撃が怖いのでこの後、ダミーが消えて、慎二に隙が生まれる、そのタイミングで突っ込んできてください。30秒、いや、あと10秒でダミーを消します』
――ごあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
眼前まで迫ってきているダミー。
その裏からここまで届く熱波。
さっきも似たような炎の気配はあったけど、それよりも強力なのは明らか。
でも、それでも、もう心配も不安もない。
『10、9』
「スキル解除」
『――8、7、6、5、4、3、2、1、0っ!』
――ピチャッ。
カウントダウン終了直後遥君の言う通りダミーは消えていく。
ダミーが遥君の邪魔になっちゃいけないと思って敢えて発動を続けていたスキルは早めに切っていたから私は問題なくその中を突っ切る。
そうして視界が開ける。
するとその先には火竜の姿はなく、代わりに血よりも薄い色の液体がそこら中で降り注いでいて……私はそんな中を遥君の言う通りそのまま突っ込む。走り続ける。
模倣できるワープの範囲、それは極端にせまい。
だから走る。走る走る走る。
遠目に映る両手を広げたまま黒く焦げ、それでも慎二目掛けて前進を続ける遥君の背、それに隠れるようにして、走る。
「契約が切れて……。死んだ? 竜が? でも、でもでもでも……勝った? ……。……。勝った、勝った勝った――」
「油断して、その顔を近づけて、くる……。はは……。神測も、いらない。その行動を、読むのは」
「負け惜しみを――」
契約が切れたからなのかふらふらと、でも嬉しそうな声を上げる慎二。
――ドタ。
その顔は遥君が地面に倒れ込んだと同時に私の瞳いっぱいに映った。
この瞬間、私はようやく脚を止めた。そう間に合った。安全な道を、また魅了されるなんてことがない道、そんな遥君の意思が強く反映された道の上を駆け抜けて、私は間に合った。
――やり返してあげてください。
そして私はその言葉の意味を汲む。汲んで、完全に勝利したと思って油断しきっている慎二の瞳を覗く。
『――模倣:劣化版魅了』




