120話 やあ
「はぁはぁはぉ、んっ。はぁはぁ……。陽葵さん、ちょっと止まりません?」
「熱くて息苦しいのは分かるけど、38階層もそろそろ終わりじゃない?したっぱみたいな脱獄犯たちならこの量には慌ててそのまま踏まれて気絶するし……。この勢いは絶対殺しちゃ駄目だと思うわ。それになんならこいつらをそのまま火竜にあてがってもよくないかしら? あ、それとだけど、私の模倣した魅了の効果は弱くて命令できたのは進軍ってだけ……残念だけど休憩なんてしてたら効果が切れて一斉に襲ってくる、或いは無視して踏み潰してくるか……ちょっとどうなるか分からないのよね」
「じゃあこのままゴーゴーねっ! 早く次の敵来ないかしら! 来たらもうぎったんぎったんにしてやるんだから!」
「ハチ、そんな遊園地来たみたいなテンションで……。まぁでも、確かに快感ではあるか」
「――『合掌:波動』」
「――火属性上級魔法『ガンズ・ファイア』」
巧が発動したスキルによって生まれたモンスターたち。
最初のあの1匹は何かに導かれるように瞬く間に姿を消したが、そのあとのモンスターたちは俺たちを攻撃しようとしてきた。
だが、面倒だが全てを相手にするしかないと思ったとき陽葵さんが慎二のスキル魅了を模倣。
俺たちは俺たちを殺そうとするモンスターを逆に利用してダンジョンを進むことになった。
結果行く手を阻もうとする脱獄犯たちはこの波に飲まれて行方知らず。
俺たちはもう手を出す暇もなし。ただ死んでいないことを横目で確認するだけ。
今も目の前で脱獄犯たちがスキルや魔法を用いてこれを止めにかかるが、その対象は俺たちよりも大きなモンスターにカーソルが合い、しかもこの階層のモンスターとなれば通常1発じゃ倒しきれないから進軍は止まらない。
「くそ! なんだってこんな……」
「こんなの俺たちじゃどうにもならない! そもそもなんであれはここまで来てくれないんだよ! こんなにもピンチだってのに!」
「こうなりゃ逃げるしかないな……」
その背を俺たちに向け走り出す脱獄犯たち。
でもその変化した蛇のような脚が原因か、それとも狭い牢での生活がたたったのか、その脚は遅い。
「だ、駄目だ……。奴ら速――」
対面してからものの1、2分呆気なく飲まれた。
まさに蹂躙。
別に自分がやってるわけでもないし、なんなら魅了がなくなれば危ないって分かってるけど、一方的な戦いってどうしてこう気持ちいいのかな。
ハチもこの後の戦いの不安とかそんなものより、今はこの光景を楽しんでみてるって感じだし、確かに勢いを殺すのはもったいないか。
「あ、遥様!」
「ん? どうした?」
「階段! 次の階層の!」
隠す気もそこを守護させる気もない剥き出しの下り階段が目に映った。
そういえば脱獄犯の人数とか聞いてなかったけど……もうそんなことをさせるほどの人数はいないってことなのか?
「ま、とにかく進軍。階段を下……ってここの階段ちょっと狭くないか?」
「確かに……」
「自分の縄張りにでかくて邪魔なモンスターが入り込まないようにここから先は少し狭めてるのかも知れないわね。そういえば私も似たようなことしてたわ。それくらいなら不思議と融通効くのよね。ただちょっとデメリットとかはあるけど」
「特別な存在って前に言ってたけど、そこまでできるのか……。なんか特別って言葉がより……。ってでかいやつらが俺たち抜いてったんだけど!」
少し話をしている間に数匹でかいモンスターが俺たちを押し退けるようにして階段を下り始めた。
急いで俺たちもそれを追いかけるが……恐れていたことが眼前で起きてしまった。
「こいつ……。詰まりやがった」
「遥様、これちょっとまずくない?」
「きゃっ! 後ろもつまって当たってきて……。こら、命令主のお尻を触らないで!」
完全に挟まれた。
ヤバい魔法を使うか?
でもここで使えば陽葵さんたちも巻き込んで――
『餌、通す』
「え?」
微かに声が聞こえると階段が横に一気に伸びた。
どういう風の吹き回しか分からないが助かっ――
「ってない! 押さて、前とぶつかって……落ち、る!」
「遥様大丈夫!?」
「いや、ちょっと……遥君そこ、手が当たって……」
幅が広がると同時に後ろのモンスターが一斉に転げ落ち始めた。
反対に前は変にモンスターたち踏がふん張ってしまっていたから俺たちは結局前後で挟まれる形になって一緒に階段を落ちることに……。
身体が変な風によじれたり、モンスターの匂いを直に嗅がされたり、陽葵さんの身体に触れてしまったり、もうめちゃくちゃ。とはいえ、俺たちはモンスターと共に階段を進み39階層の床に叩きつけられながら着地。
ようやく目標の階層まであと少しというところまでやってきたのだ。
「いったぁ……」
「あの程度でへばってるようじゃまだまだね、陽葵」
「俺もへばってるんですが……。でも、みんな大丈夫っぽ――」
「――やぁやぁ皆さん久しぶり。それにしても……。ふふ、みっともない姿だね」