108話 数、日?
「馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ! 私の、私のスキルが! こんな簡単に破られるなど――」
「お前のじゃないだろ。それは浦壁さんのスキルだ。浦壁さんのダミー」
「くっ、こんな奴がいたなんて……主に報告を――」
「逃がすわけないでしょ。『気刃十文字』」
俺たちに背を向けて走り出そうとする浦壁さんのダミーに対して陽葵さんがスキルで攻撃。
神水を使ってるわけではないが、威力は十分だったようでダミーは簡単に切り裂かれて影へと変わる。
それでもダミーの質が高いからなのかもにょもにょと動き、下層を目指そうとする。
追撃をしないといけないのは分かる、分かるけどやっぱりさっきのスキル、攻撃で身体に負担が……。
「大丈夫よ遥君。言ったでしょ、逃がすわけないって。それに多分こいつを倒せば経験値はかなり入る。その美味しい部分をいただくのは現状私の権利だったわよね。……。ふふ、レベルアップ前のこの高揚感って最高ね。さて、寄ってきなさいそこの影」
陽葵さんが体を丸めて腰を落とした。
そして剣を懐に移動させると同時に影は陽葵さんの元にゆっくりとだが集まる。
「そっちのダミーと本物の人! 多分今なら弱体スキルが有効! バフスキルをお願い!」
「「……。同行:スキル弱体効果付与」」
女性と女性のダミーは陽葵さん同様身体を力ませながらスキルを発動。
その間にも影は陽葵さんの間合いに、入った。
「――誘惑の居合」
一閃。
目にもとまらぬ速さで陽葵さんの攻撃が放たれた。
するとそれを受けた影は分断、されるだけでなく空気に溶け込むようにして消えていった。
おそらく女性の『スキル弱体効果付与』の効果で再生することが不可能となってしまったのだろう。
「や、やった。やった! 朝香……。朝香!」
「浦、壁様……」
らしくない声を上げながら浦壁さんは傷ついた女性、朝香さんのもとへ。
魅了の効果があるからなのか、朝香さんはぎこちなくしか話せいないが、それでもほほえましいと思える光景だ。
「……。並木遥。本当に助かった。ありがとう。生涯この恩を忘れることはない」
「あ、いや。それは流石に重過ぎてですね……。あ、でもさっきの条件の話はちゃんと――」
「勿論。私は今後低ランクも高ランクも関係なく探索者の育成に身を捧げよう」
「私も、手伝います」
「はは、お、お願いします。それでどうします? 俺たちはこの先に進みますが」
深々と頭を下げる浦壁さんと朝香さんにちょっと気まずさを感じつつ、俺は適当に愛想笑い。
質問を投げかけた所でようやく2人は顔を上げてくれた。
「流石に『数日』ダンジョンに籠り拘束されれば疲労も溜まってこれ以上は戦えそうにない。それにこの先にいる幸村慎二と朝香をまた対面させたくはない。申し訳ないが……」
「そうですか。それならしょうがないですね。……って、数日?」
「ああ。正確に何日経っているのかは、道具をとられてしまって分からないが……」
数日、その言葉の違和感に俺の額からはなぜか汗が噴き出た。
「遥様。ワープ中の『あれ』。それに数日経っているということは、間違いなく『起きてるわよ』」
「ハチやリンドヴルム以外の、竜か――」
「うっ……」
最悪の状況だということに気づくと、この和やかな雰囲気を壊すように今度は女性のダミーに異変が。
「スキルを貸し出している、その本元、が……。私も、消える。消えてしま、う……」
「そんな……。私の分まで、動いてくれて……。影だけど、初めて、友達にもなれると思ったのに」
「友達……。影はスキルの性質上本物以上を目指す。それに成り代わろうとする。人間になろうとする。なりたい。不安定な存在。でも、友達って言ってもらえたということは、私はその目的の一端を達成出来たのかもしれな――」
その目に涙を溜めながら朝香さんのダミーもその場から消えていった。
そしてそのあとを追うようにハチが倒したダミーも消える。
「……。この先で主と呼ばれる存在が死んだか、或いは誰かに盗まれたか、より強力な効果を発動するために一度影を消したか――」
「多分、後者ね。あいつの性格を考えると……」
「あの……。影を、ある意味奴隷を生み出すようなスキルをろくでもない人に持たせてはいけないと思います。魅了も影泥棒も。今回私は……いえ、それよりも以前から私はそれに苦しめられた、と思います」
俺の考察にハチが答えると、朝香さんが真剣な面持ちでありながら不思議な発言をした。
この言い方からして朝香さんも錦さん同様、記憶が混濁している状況なのだろう。
「……。我儘なことを言うのは分かってる。だが、並木遥とその仲間たちの強さを評価して依頼させて欲しい。私たちを苦しめた幸村慎二と影を操る者を確実に――」
「並木遥と仲間たち、ですか。俺を主体にした言い方をするなんて、大分評価が変わって驚きです。それとそんなお願いしなくて俺たちは確実に脱獄犯を捕縛します。ランク10の人の前で言うのもあれですけど……俺たちちょっと強いですから」
「ちょっと、か。あくまで自分では強さを誇示しようとはしないわけか。わかった。その武勇伝は私が広めておくとしよう。帰ってきた時にはおおよそ英雄扱いされるようにな。だから、死ぬなよ」




