106話 地獄絵図
「凄い数、でも――」
「駄、目。あなたたちじゃ、こいつらには、勝てない。私が時間作るから……。ここから出て……。そのためのスキルを、浦壁様の偽物を倒すスキルを、私は――」
モンスターに対してハチが殺意を向けようとすると、女性のダミーはその姿をまた変化させた。
広く薄く伸ばされた影。
それはモンスターたちの攻撃から俺たちを守りつつ、壁際まで運ぼうとする。
女性のダミーがその攻撃を受けたというのに動きを止めないのは、移動前に発動したであろうバフスキルの効果によるものなのだろうか?
「……命令と違う行動を影がとっているのはどういうことなのか、説明してくれるか?」
「……。私は慎二様の、直接の命令が絶対。間接的な、あなたの言葉には多少抗え――」
――ぴちゃ。
浦壁さんのダミーは躊躇いもなく女性の脚を剣で切りつけた。
他にも浅い傷がちらほら見え、血が滴っているところをみると、浦壁さんはこの女性を人質にとられ、挙げ句自身すら危うい状況にさらされたのだろう。
パッと見で判断するのは良くないが、ランクは低そうで……この女性のために動く浦壁さんなんて会ったばかりではあるけど想像がつかない。
案外優しい側面もあったりするのか?
「くっ……」
「これ以上は出血多量でどうなってしまうか……分かるだろ? 折角その手の傷が塞がって取りあえず命は助かった、というばかりだというのに……また命を危機にさらすのかい?」
「……。抵抗を止めて。私の影。ダミー」
女性が命令を発した。
すると俺たちをかばってくれていた女性のダミーはぷるぷると震えながら次第に小さくなっていく。
「この、命令には逆らえない。早く。スキルが活きている、うちに」
「うん。分かったわ」
ダミーの必死な言葉に陽葵さんは頷き、そして壁を攻撃した。
しかし、壁に傷はつくものの突破とまではいかない。
「そ、んな……。私のスキルを使っても、なの?」
「ふ。影の質がいくら高く、1人の間にその力を高め本人のスキルの効果を超えたとて、私の、本人以上に強固となった障壁はその程度の攻撃ではびくともせん。さぁ、いらない影ごと食ってしまえ! 腹を空かしたモンスター共!」
「――必死過ぎるから流れに乗っていてあげたけど、もういいわよね」
「あの、あんまり俺たちを巻き込むような魔法は……」
「分かってるって遥様!でも、このモンスターの中ナーガも混ざってるのよ。 最上級以上の魔法、神話級は使わせてもらうから。あ、その前にこれ使って遥様」
「お、助かる。よし、それじゃあ俺も派手にいかせてもらおうかな。でも反動のこと考えて2倍までに抑えてっと……」
「――『多重乗斬:2倍』」
「――『渦雨』」
速攻で適当だがハチに水の剣を作ってもらうと、俺はスキルを発動。生み出された24の腕を壁際に配置。
そしてそれを振り下ろすそうとすると同時に頭上に雨雲が現れた。
きゅるきゅると不思議な音を発する雨雲。
これは……ちょっと嫌な予感がするな。
「あ、ちょっとこれ範囲が広すぎてヤバいかも……」
「え……。陽葵さん! それとそっちのダミー?影?呼び方が分からないけど、とにかく壁が壊れたら急いで浦壁さんのもとまで走ってください!」
「壊せるって……私のスキルでも無理だったのに?」
「それは、あとで説明するので! それより、いきます!」
ハチのやっちまった顔が目に映ったせいで格好のつかない、焦りまくった状態で俺は攻撃を振り下ろした。
――パリン。
案の定壊れてくれた壁。それに驚く敵、浦壁さんと女性、そして走る女性のダミー。
この状況、自分の強さを分からせて気をよくしたいところだか、多分これ以上派手なことがこれから起きる。
――ぽと。
壁から出て振り返る。
すると雲から雨が落ち始め、モンスターたちに降り注いだ。
「ぐぎゃああああああああああああああああああ!!」
雨はよくみれば急速に回転。
単純に頭や肩に落ちるだけではなくモンスターたちの身体をドリルのように貫き続ける。しかもその数は無数。
阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前で展開されたのだ。




