老人ホームの鈴木さんは多分タイムリープしています
「なあ、佐藤さん。朝食はまだかい?」
「鈴木さん。ちょっと待っていてくださいね。もうすぐおやつの時間ですから」
全国の介護施設で毎日何百万回繰り返されているありふれた会話。でも、私は彼がぽつりと呟くのを聞き逃しませんでした。
「そうか……この時間軸では、まだだったか」
ほら!!! やっぱり!!! 絶対タイムリーパーだ!!!
以前から怪しいとは思っていたんです。普段は物腰が柔らかいTHE好好爺なのですが、時折妙に眼光が鋭くなりますし、偶然目にした彼のメモ帳にはページを塗りつぶすように「もう失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない……」と何度も書き殴っていました。
たまに施設から脱走しようとするのも、自らに課した重要な任務を遂行するためなのかもしれません。一介護職員としては絶対に止めるべきだと分かってはいます。でも、彼の正体と目的を確かめたいと私のSF魂が叫んでいるのです。
Xデーは施設で開催される夏祭りの日でした。その日は入居者の家族や友人が大勢訪れます。彼は背格好と顔立ちのよく似た替え玉役にカツラと洋服を持参させ、祭りの喧騒に乗じてこっそり入れ替わったのです。おそろしく速い着替え、私でなければ見逃してましたね。
きっと時空を跳躍しながら何度も失敗を繰り返しつつ、入念な準備を整えてきたのでしょう。当然、すぐさま彼を尾行することにしました。別にただ好奇心に駆られて止めなかった訳ではありません。安易に妨害したところで、対策をして別の世界線にリープされるのがオチだからです。
だったら、バレないように見守りつつ、彼が無事任務を終えたのを確認してから連れ戻すのが一番合理的でしょう。そう自分に言い聞かせつつ、ワクワクしながら彼の後を追いました。バスと電車を何度も乗り継ぎながらたどり着いた目的地は……郊外にある小さな霊園でした。
彼と同じ名字が刻まれたお墓の前で、穏やかな表情を浮かべ静かに手を合わせる鈴木さん。
「生きてる間は忘れてばかりで散々叱られてたからな。せめて、これからはちゃんと約束を守るよ。そんなに長居はできんが、せめて結婚記念日には必ず会いに来るから」
私の壊れた涙腺の復旧作業が完了し、鈴木さんが奥さんとのお話しを終えたタイミングを見計らって声を掛けるつもりだったのですが、先手を打たれてしまいました。
「ずいぶん待たせてすまなかったね、佐藤さん。そろそろ帰ろうか」
「……ぎづいでだんでずが……ぞっが……だいぶりーばーだがら……」
「ん? だいぶり? なんだって? ……よく分からんが、すぐ近くであんな風に号泣してたら耳が遠くなったじいさんでも気づくさ。でも今回は見逃してくれて助かったよ。本当にありがとう」
「……わだじ……ぜっだいじぜづぢょうにべじゃぐじゃじがだでばず……」
「ははは、一緒に怒られるしかないだろうな。ついでに来年もよろしく頼むよ」
「いやでず! ぐびになりだぐないでず!」
予想通り施設長から大目玉を食らったうえに、肝心の鈴木さん=タイムリーパー説も立証できず、踏んだり蹴ったりの一日でした。
でも、私は諦めません! きっと来年こそは彼がタイムリープしている証拠を掴んでみせます!