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4-03-04 放浪する薬


 富山県のお隣、石川県にある大学病院の医師更衣室。


 何気に上着のポケットに手をやると、何か固い物が入っていることが判った。

 ポケットに手を入れて、その固い物を取り出すと、青いキャップがされた透明なプラスチックの試薬などを入れるサンプル瓶が入っていた。


 自分で入れたものではないそれは、確か昨夜富山で行われた高校のクラス会で、俺が大学病院で医師をやっていると話した後、由彦が見せてくれたものだった。

 奴から、もし出来たらでよいから、これの成分を分析してみてくれないかと言われたのだ。


 由彦は高校時代の同級生だが、奴は漢方薬屋の跡取りで、高校時代から金も持っていて、女子にも人気があって、ちょっと妬ましい奴だった。

 奴が社長になった時に大きな製造工場を建てたと新聞で見たが、でも聞く話だとうまくいかなかったようで、店が潰れてしまったと聞いている。

 昨夜のクラス会では、漢方薬店を再建するため今忙しいとか言っていたから、何か新しい薬草でも見つけたのかな?

 いずれにしても、医師をやっている俺から見ると、もう漢方薬の時代は戻って来ないと思っているがな。


 そのサンプル瓶にはラベルも張られておらず、瓶に何も書かれていないので、多分由彦が作った新薬の試作品ではないかなと思われる。

 その場で無理だと断ったのだが、あいつ勝手にポケットに入れやがったな。


 昨夜俺はすこし見栄を張って、勤務先は大学病院で、そこで医師をやっていると言ったが、その大学病院ではスポットで仕事をしている単なる非常勤医師だ。

 組織や血液ならば病院内でも検査出来るが、それすら俺が勝手に出来るわけではない。

 訳の解らない薬品を調べろと言われても、薬品の検査依頼を病院内でできるはずもない。

 成分分析は、どこか外の業者に依頼するしかなく、治療ではないので、当然どこかでその費用を捻出する必要がある。


 ちっ、めんどくさい物を渡しやがって... だから断ったのだがな。


 いまさら漢方薬の時代でもないし、まあ断ったのだし、俺には関係ないや...

 よく見ると綺麗な透明感がある薄い黄緑色をした薬品だな。


 そして、潰れた会社には下手に拘わらないほうがいいやと思い、由彦の試薬は更衣室の隅にあったごみ箱にほおり投げられた。

 しかし、すこしコントロールが悪く、小さな瓶はゴミ箱の角に当たって、その勢いで長椅子の下に転がり込んでしまった。


「ちっ、最後まで面倒だな。 ちょっと届きそうにないから、まあ掃除の時に捨ててくれるだろう」


 こうして、いい加減なアルバイト医師により、由彦が渡した貴重なサンプル瓶は捨てられてしまった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 捨てられ、そのまま消えゆくと思われたサンプル瓶であったが、直後に掃除に来た人が長椅子の下を掃除した際に発見される。

 薬の瓶のようなので、勝手に捨てるわけにいかないので、その長椅子の上に置いて部屋を出て行った。


 その長椅子の上には、サンプル瓶とは別に、書類が入った封筒が置かれていた。

 その封筒を更衣室に忘れたのは別の医師であったが、封筒を忘れた事に気が付いた時にはすでに診察業務に就いていた。

 そのため、忘れた封筒の書類を薬剤部にまで届けてもらうように、事務方に電話でお願いする。


 封筒の書類を取りに来た事務員は、その長椅子に置かれていたサンプル瓶を書類と共にどこかに持って行った。

 誰かが長椅子に座った際、お尻の下に合った薬瓶に気が付き、親切にも(・・・・)隣にあった封筒の上に置いてくれたようだ。


 この大学病院には特別な患者が入院していた。

 封筒の中の書類は、その患者に海外から取り寄せて試してみようと考えていた未承認薬についての資料であった。

 この特別な患者は、多くの臓器の細胞に既に転移が見つけられており、その治療のために世界でも高額となる医薬品が取り寄せられては投薬が行われていた。

 そう、保険適用外の高額な医薬品を、自費で投薬してでも治療を行う患者だったのだ。

 この封筒を置いた医師は、最近海外のネットでこの薬の情報を見つけ、薬剤部に成分や価格、入手先など検討してもらう資料として渡した物だった。


 処方指示などの書類とともに持っていかれたサンプル瓶は、事務室に一旦置かれる。

 そして薬剤部へ向かう別の事務員に渡された封筒とサンプル瓶は、次の事務員により、その封筒の中にサンプル瓶も一緒に入れられることになる。


 その特別な患者には、臨床研究という名目で、国内外では未承認の薬、いや非合法な薬すら、これまでにも投薬されることがあった。

 そういう薬は内容や出所を隠すため、あえてラベルが剥がされている事もあった。


 薬を受け取った薬剤部は、未承認薬の資料とその薬剤が渡されたものと誤認し、その患者の投薬として渡されることになった。

 そう、由彦から分析のために渡された薬は、周り廻って、誰も気が付かない内に、その患者に投与されることになってしまった。


 患者はすでに嚥下(えんげ)すら困難な状態であったため、緑色の薬は経口投与ではなく輸液に混合され、点滴として与えられることになった。

 そして、その日の午後、病院内にちょっとした騒ぎが起きる事になる。


 そう、ほぼ絶望視されていた状態の、その患者の意識が戻ったのだ。

 慌てて検査部に回される患者。

 様々な検査から戻ってくる結果、そしてそれらすべての結果が正常値を示すその原因が検討された。

 画像診断でも、すべての異常個所を見つけることが出来なくなっていた。



 数日前までに逆戻って、投与された薬と治療方法についての検討されたが、直前に投薬された薬が大きく影響するとは考えられずに全く検討されなかった。

 損傷を受けている全身の臓器細胞が再生するためには、それなりの時間を要すると誰もが考えたからだ。


 時間と共に検査結果が出ると共に、関係する各診療科でも騒ぎが大きくなる。


 ナースから点滴された薬の話も出たが、誰もがその言葉については気にしていなかった。

 いくらなんでも、投薬し終えたばかりの点滴が速攻で効き、完治したなどとは、どの医師も薬剤師も気が付かなかった。

 そもそも、何も記録が残っていない緑の薬の存在に気が付きようがなかったのだが。


 当然、院内にいた由彦の同級生の臨時医師にも聞き取りは行われたが、彼は薬の事も忘れており、薬の出所にまではたどり着くことは無かった。


 ただ、これにより一人の命が助かったことは僥倖であった。



 このサンプル瓶は、加納さんたちが昨日帰る際、サリーさんから由彦に手渡されたものだ。

 きっと何かの役に立つから、貴重な薬であるが、これは自由に使って良いと、手渡された物である。

 サリーさんは、良いことを引き寄せる事があると聞いているので、彼女がそう言うのであればと思いもらったものである。


 そして、それはいい加減な同級生の医師の元に渡り、巡り巡って誰かの命が繋がることになるが、それを由彦はそれを知る由もない。

 そして、偶然ではあるが、その患者さんはこの世界で初めてエリクサーで命がつながった患者さんとなった。


 まあ、結果オーライですね。



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この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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