4-03-03 エリクサー誕生
始まりの摩導具と格闘するイザベラを宿に残し、俺たちは工場に到着した。
工場では既に皆さんは作業を始めていると思われるので、駐車場に車を停めると急いで工場に向かった。
すると、工場玄関の外でだれかが話をしている。
一人は由彦さん。
それと、もう一人は昨日PCの検索で素晴らしい能力を見せてくれた高校生、壮太君のお母さん、今井裕子さんだった。
昨日の食事会に参加してくれたので、俺達とも面識がある。
壮太君のお母さんは旦那さんを病気で亡くし、女手一つで子供を育てていると聞いていた。
なので、お会いするまでは勝手に肝っ玉母さんみたいな逞しい人を想像していた。
しかし、実際に昨日会ってみると、ほっそりとした綺麗な人であった。
今日はちょっと暗い顔をして、由彦さんと話をしている。
何か深刻な話のようだが、玄関脇で話をされているので、入り口を入るには、その横を通るしかない。
遅くなりそうであったので、俺たちは挨拶をして、横を通ることにした。
軽く挨拶をすると、今井さんは昨夜のごちそうに対して、お礼を言ってくれた。
お邪魔するといけないので、俺たちはそのまま工場へ入って行った。
工場に入ると、すでにいくつかの試薬が出来ていたので、それらの査定を行い、そのパラス額の数字をメモとしてそれぞれの試験管の記録紙に書き込んでいく。
これまで、貴薬草を各単独部位に分けての評価や、それらの組み合わせでの評価、それらに対して溶剤や高圧や蒸気など考えられる加熱や抽出方法などを変えて評価を続けている。
しかし、いずれの結果も、査定にそれほど大きな値を返すものは残念ながら無かった。
当然、一般的な漢方薬抽出に対して行う一連の作業も、すべて試してきたが、やはり良い結果は得られていない。
あとは、由彦さんのお腹の周りに巻いた、気を入れた試薬に期待かな?
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
今、富山にある漢方薬屋工場の休憩室で、俺たちは話し合いを行っている。
「サリーの国では、ここの世界のような難しい実験はできなかったよ。
だから薬師様はエリクサーを作るの時にも、それほど複雑な作り方は出来なかったと思うの」
「そうね、わたくし達の世界や、魔法が使えない国でもエリクサーを作ることはできたようですので、エリクサーを作るのに必ずしも魔法使いは関係ないわね。
まあ魔法があれば、温めたり冷やしたりは出来ますけど」
「この世界も、現在までに俺はエリクサーなどという薬は聞いた事が無いな。
でも彦左衛門さんの古い資料を見ると、今とは異なる薬草の抽出方法があったようなので、ひょっとするとそれがヒントかもしれないな。
でも、今となってはそれがエリクサーだったのかを確かめようもないな。
特に彦左衛門さんの店の丸薬は、大量の水で薬草を抽出して使っているので、強い薬効の薬草であったことは間違いないな」
「彦左衛門さんは、丸薬を薬草からどうやって作っていたのかしら?」
「この前あった、古い文献の薬草を壺に入れて気を与えるところまでは書いてあるらしい。
でも彦左衛門さんから聞いた話だと、文献には書かれていない、代々当主にしか伝わっていない秘密の製法の部分があると言っていたよ」
しかし、今回俺たちはその話を由彦さんと一緒にその話を伺うことが出来た。
彼らが求める薬草が見つからなければ、彦左衛門さんで伝えが途絶えてしまう事になるので、俺達には期待を込めて開示してくれた。
彦左衛門さんが語る、当主しか知らない話はこうだ。
彦左衛門さんの家は、富山の山奥に薬づくりの作業ができる小屋を持っていたと言っていた。
そして、薬草と壺をもって雪山に登り、周りに人がいない小屋で作業をしたらしい。
そこの小屋で壺に気を与える必要があり、強い気を発することが出来る者を薬草職人として雇い、その者を連れて雪山に登ったようだ。
小屋では、大釜で湯を沸かしておき、壺に周囲の雪と薬草を入れて壺ごと蒸すらしい。
薬草壺ごと気を与えた後、沸騰した大釜の上でしばらく蒸し、すぐさま雪で冷やす。
加熱と冷却を繰り返すので、普通の陶器の壺では割れてしまうので、特別に作った石のように固い壺を使うそうだ。
気を与え、蒸して冷やす。 そしてこれを何度か繰り返すそうだ。
蒸して冷やすことで、壺の中には綺麗な水が溜まってくるが、これを溢してはいけないらしい。
そうしているうちに、壺の中から光が出るようになると、薬の製造は成功だそうだ。
このわずかな光を見逃さないために、この作業は雪が残る時期の夜中に行われたと伝わっているらしい。
ここまでが、薬草の下処理と言う事で、この部分は古文書に乗っていないとの事。
そして、光を放った壺を溢さないように持ち帰り、大量の伏流水を汲んだ大樽の中に蓋をした壺を鎮めるらしい。
そうして、何日かすると大樽全体に輝きが出ると、これでようやく完成との事だ。
あとは、その大樽には一切手を加えてはいけないらしい。
これが、当主に伝わる薬の製法の秘密だと教えてくれた。
しかし、ここ何代もが薬草が手に入らなかったので、この作業は彦左衛門さんですら実際にやったことは無く、話でしか知らないと言っていた。
「ふーん、山に行ったりと大変そうだったのね。
確かに、サリーの国でも急に冷やすと言うのは大変だったわね」
「サリーの世界では冷蔵庫が無かったんだよね? 薬師さんはどうやってエリクサーを作っていたのかな?」
「すみません。 サリーは薬師さんの作業を見たことが無いのでわかりません」
「わたくしだったら魔法で冷やせますわ」
「でも、彦左衛門さんは良く秘密を慎二に話してくれたよね。
だって、これって商売の一番大事な秘密だよね?」
「そうだね。 そのおかげで俺たちも一歩ずつ進んできているからね」
「サリーが言うように、俺も冷やすことは難しいと思う。
山に登った理由としては、雪から取ったきれいな水と、冷却作業が大きいのかなと思っている。
それでね、俺は温度よりも、薬草に気を与えると言う部分が引っ掛かっているんだよ。
マリアの様な魔法が使える世界は少ないと思うんだ。
でも、この世界でも気という概念はある。
何も変な超能力や気功とかいった専門的な話でなくとも、普通に気は使われてきている。
例えば、気を失うとか、元気だとか、病気なんていうのは気を扱った言葉だ。
なので、この世界でも昔の人は気という物をはっきりと認識していたのだと思う。
あと、気とはちょっと違うかもしれないが、体や周囲の気配を感覚的に取らえる虫なんて言う概念もある。
そう、虫の知らせや、悪い虫、虫の居所なんて言われて、子供の夜泣きも癇の虫なんていう虫がいて、虫封じで退治したようだ。
あー、腹の虫がおさまらないって言うのもあったな。
確かめることは出来ないが、昔は気を強く発する事が出来る人がいたのじゃないかと思っている。
俺たちはまだ試していないが、彦左衛門さんの資料に書かれていた気の代わりに、マリアからエターナルを貴薬草に与えてみようと思うんだ」
「そうね。わたくしもそれはやってみる価値はあると思いますわ」
「ただ、残り少ない貴薬草は無駄にできないから、まずは小分けした粉末を使ってみようと思う。うまくいくか解らないがな。
それとも、粉末ではなくって1株全体を使ってみる必要があるかな?
やっぱり温度変化もさせた方が良いのかな?」
「慎二、 悩むより先に、まずやってみろ。 チャンスは待ってくれない。 と、いつもサリーは父から言われたわ」
確かに悩んでいても誰も答えが解るわけではない。 過去の富沢漢方薬店で丸薬はそれで出来たらしいが、それがエリクサー製法の正解であるかはわからない。
いろいろな世界で作られていることからも、エリクサー製造への正解はいくつもあるのであろう。
そのサリーの言葉により、俺達は悩むのをやめ、適当でよいから、まずやってみる事にした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
俺達は、研究室から貴薬草の粉末が入った試験管を何本かもらってきた。
俺の仲間は全員で休憩室に集まってもらう。
今ここには、俺とマリアとサリー、貴子と真希がいる。
服部さんと松井姉妹は市場に食材の買い出しに、イザベラはコテージで研究中だ。
貴子には時計の秒針を見て時間係を、真希には記録係をお願いする。
最初、マリアの手から粉末が入った試験管に魔法でエターナルを流し込んでもらうが、中の粉末には特に何の変化もないようだ。
やはり魔法と気は違う物なのか? これには誰も答えは判らない。
次に、俺とマリアとサリーの3人が、それぞれ粉末の入った試験管を握りしめ、手に気を集めてみる。
古文書の気という言葉に従って、それっぽい事をやってみようかと思ったのだ。
しかし、やはりこれも何の変化もない。
そこでさらに、3人とも椅子に座ったまま、しばらく試験管を握りしめながら時間をかけて試験管に気を送ってみる。
しかし、気功師でもないので、本当に手に気が集まっているかすらも誰も判らない。
「ねぇ慎二。 エリクサーって液体だよね? サリーがどれだけ握っていても、これが液体にはならないと思うわよ」
無駄に1時間を過ごしてしまった。 まあ、休憩にはなったかな? なって無いって。
休憩室に話もせずに1時間もじっと座り込んでいる俺たちを、由彦さんが少し心配して声をかけてきた。
「加納さん、大丈夫ですか?」
「あ、由彦さん、俺たちも気を与えられないか、手で握って見ていたのですが、やはり無理ですね...」
「私達も気は試しているのですが、誰もまだ成功しません」
そういうと、由彦さんは服をめくりあげて、お腹のベルトに差し込まれた試験管を確かめていた。
アンダーシャツを着ているので、服をめくってもお腹が見えるわけではない。
「今日は、気を与えた時、溶剤に成分が溶け出さないかの試験も行います」
そういって由彦さんが持っていたバットの中には、液体が入った何本かの試験管が入っていた。
「今回は粉末だけではないのですね?」
「そうですね、粉末に溶剤を加えたものを試験に追加します。
水溶性や油溶性など、溶剤によって溶け出す成分が変わりますから、それも確かめます。
これから幾つかの油、アルコール、これは蒸留水を加えています」
「それ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
そういって、サリーは粉末と蒸留水の入った試験管を取り上げ、俺にも見せてくれた。
サリーは俺に見せると、次に後ろでマリアに見せて何か話している。
俺は、それをサリーに任せて由彦さんとの会話を続ける。
「なかなか結果は出ませんね」
「ははは、加納さん。 薬の研究なんて、長い年月とても地道な作業の繰り返しで、いつもこんなものですよ。
富山の県民性は堅く辛抱強いですので、こういう研究には向いているのでしょうね。
数日で結果が出るようじゃ、研究員は必要なくなっちゃいますよ」
「確かにそうですね。 ハハハ」
1時間気を込めていてすこし疲れた俺は、ちょっと乾いた笑いをする。
由彦さんと話しながら、俺はマリアが持った試験管を受け取ろうと、座ったまま後ろも見ずに手を伸ばすと、後ろにいるマリアの胸のあたりに手が触れてしまった。
すると、「あっ!」 っと、マリアが小さな声をあげる。
「ごめん、また変なところ触っちゃった?」
そう言って振り返ってみると、マリアの大きく見開いた目は、手に持った試験管を見つめていた。
「あの、これ...」
試験管は、俺には何もわからない。
「今、これが一瞬光ったような気がしまして...」
「何かしたのか?」
「サリーに言われて、この中にエターナルを流し込んでいるとき、慎二さんがわたくしに触れたら、一瞬光ったように見えました」
「えっ! それが光ったの!?」
そういえば、古文書にも薬のできる時に光ると書いてあった。 もしかすると?
「もう一度続けてくれるか?」
マリアの胸を指でツンと突くと、一瞬試験管がふわっと光った。
「これですわ! この光です」
面白くって、ちょんちょんとマリアの胸を何回か突ついていると、マリアに「慎二!」と叱られてしまった。
俺はマリアの後ろに立ち、後ろから彼女の背中に両手をそっと添える。
すると、試験管が再び光った。
「わー! 綺麗だね!」
「凄いですわ!」
「おぉ! 加納さん、これ本当に液体が光っています! 大発見です!」
しばらく手を当てていたので、俺は添えていた手を離すが、薄黄緑色となった試験管の中の液体はまだ弱い光を放っている。
皆で観察していると、数分ほどでその燐光はすっと消えていった。
透明であったはずの液体は、光った後は透き通った薄黄緑色になっていた。
あのお風呂に入れるなつかしい入浴剤をすこし薄くしたような色だ。
そういえば、あの入浴剤の会社も、元は漢方薬会社の製品だったな。
「由彦さん、これ、もしかすると...」
「そうですね! 加納さん、ぜひ調べてみてください!」
その時の俺は、頭がすっかり飛んでいた。
「あー、査定してくれ!」
『了解です! 慎二、おめでとうございます。 最高査定記録の達成です! 査定額は...』
「「「あー!」」」
みんなの叫び声で、最低金額がかき消されてしまった。
それは、いろいろな意味のあーという声だった。 多分やっちまったあーだな。
いきなり目の前に現れて査定するアーに、由彦さんが驚いている。
あーあ。 いろいろ一度にバレてしまったようだ...
それは、由彦さんが俺たちに巻き込まれる事が決定した瞬間でもあった。
「あ、後でいろいろ説明します。 でも、うまくいったみたいですね...」
ついでに、バットに入っていた溶剤の油とアルコールを調べるため、マリアと俺が接触して同様にエターナルを流し込んだが、そちらでは反応は無かった。
やはり貴薬草と水との組み合わせが必要なようだ。
どうしよう、由彦さんにはどこまで話しても良いのだろうか?
いきなりで、何も考えていなかった。
「加納さん、出来たこの薬って何に効くんですか?」
「実は俺も良く知らないのですが、これまで聞いてきた話だと多分万能薬でないかと思います」
「ははは、いいですねそれ」
冗談だと思った由彦さんは楽しげだ。
「確認するために、あと何本か作ってみたいのですが、まだ貴薬草の粉は残っていますか?」
「そうですね。 あとどれほど残っているのか分かりませんが、それほど多くは無かったと思います。
これでうまくいくのであれば、残りを全部持ってきましょう。 加えるのは蒸留水でいいですね?」
こうして、我々は新しいステップに進むことが出来るようになった。




