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4-03-01 始まりの摩導具

 つい飲みすぎてしまった慎二であった。



 二日酔いによる厳しい朝であったので、サリーに言われてコテージの隣にある温泉施設まで行く事にする。

 というよりも、このコテージが温泉に併設されているわけだが。

 コテージ宿泊者は早朝からも温泉が利用ができるようである。


 俺はもともと長湯は得意ではないが、今日はちょっと長め目に湯に浸かっていると、昨夜のアルコールがようやく抜けてきたようで頭がはっきりとしてきた。

 いろいろな人からのお酌を受けて、ちょっと限界量にまで飲んでしまったようだ。

 富山の人たちは、ずいぶんとお酒のみが多いようだ。


 広い男湯の湯舟は俺一人である。

 このところずっと毎日たくさんの人と会うことが続いていたので、こうして一人静かに湯に浸かっていると、何かちょっとほっとした気になれる。

 温泉がある宿で良かった。


 ほんのりとしてコテージに戻ると、みんな俺たちのコテージに集まっており、松井姉妹が作った朝ご飯をいただくことに。

 すでに皆は、昨夜に続き、朝から2回目の入湯を済ませたと言っている。

 皆さん、朝からお元気ですね。


 早朝から真希の運転で、松井姉とサリーとで麓のお店に材料を仕入れに行ってくれたようで、お金は会計係のサリーが出してくれたようだ。

 朝早かったので、街道沿いのコンビニしか開いていなかったようだが、そこで売っている食材を使ってアレンジされた朝ご飯で、とてもコンビニの食材だけで出来ているとは思えなかった。


 食事が終わると、イザベラの様子がおかしい。


 マリアが話してくれたが、今朝温泉に入っているときに、なにげなくサリーとイザベラに、あの日の事を少し話したらしい。


 それって、俺とマリアのお城での話だよね?

 どうもそれからイザベラは何かを思い詰めているようで、ちょっと心配だ。

 俺は、サリーとマリアとはそういう関係になっちゃったけど、イザベラが悩むことは無いんだよ。


 すると、イザベラが俺に真剣な顔で話しかけてきた。


「慎二さん、私も、私にもそのマリアさんの体にできたと言う、その石を見せてもらえませんか!」


 マリアは、昨日の気功や丹田の話を思い出して話したと言っているので、思い詰めた事って、あの結石の事なのね?

 すみません。 俺の早とちりでした。

 それで、ストレージにしまってあった結石を渡すと、みるみるとイザベラの顔が赤くなっていった。


「それ、そんなに恥ずかしい物じゃないよ」


「いえ、こ、これ、ひょっとするとマナクリスタルの一種じゃないかと思うのですが...

 魔力、いやエターナルを貯めた結果に出来た石ですので、マナクリスタルに近い物じゃないかと思うのです。

 これは、私が知っているものとは、大きさや形こそ違うのですが、触った時に少しピリッとしたような感じがして...

 気のせいかもしれませんが、とてもそんな気がします。

 摩導具がないので、試すことはできないのですが... あぁ! なぜ摩導具は全て壊れてしまったの!」


「何か調べる方法は無いのか?」


「それにしても、そもそもこれほど大きなマナクリスタルを取り付けられる摩導具は有りませんので、やはりダメだったかもしれません。

 あとは私が摩導具を作ることが出来れば何とかなるかもしれませんが、摩導具を作る道具も全て壊れてしまっています...」


「あ、そういえば、もっと小さい石もいくつかあるよ」


 そういって、俺はストレージから残りの結石をすべて出す。

 これはお城の戦いの2回戦目以降にできたもので、小さ目のものが何個もあった。


「え! そうなのですか!?

 これがマナクリスタルであれば、これはこれで使えそうですが、これでもまだ大きすぎます。

 マナクリスタルは、私の世界で最も硬い材料で、人の手では割ることが出来ませんでした」


 すると、マリアが


「これを小さく割れば良いのね?」


 マリアは小さな結石を両手に持ち、魔法を使うとパカッと2つに割れた。

 すると、割れた断面がしばらくキラキラと光りだし、とても綺麗であった。


「わたくしは子供のころ、叔父からもらった結石を魔法でこうして割って遊んでいました。

 このように、割れた断面がきらきら光って綺麗なので、最後まで割ったときは石が無くなって、ちょっと悲しかったです」


 するとイザベラは、何を思ったのか、俺に彼女の荷物を出してほしいと言う。


 ストレージに収納していたイザベラの大きなカバンと、先日の自由行動の日に、珠江とイザベラで行ったホームセンターの買い物袋をストレージから取り出して渡す。


 ここで、「ヒッ!」という松井妹の声が。


 忘れていた! ストレージ初体験者がここに何人かいた。

 後ろで服部さんが説明してくれている。


 あ、そうだ。 すっかり忘れていたが、スレイトメンバーであれば自分でストレージ機能は使えるはずなので、イザベラも自分でストレージは使えるはずだ。

 真希や珠江には説明していないので、今度説明が必要だな。


 カバンから道具を出したイザベラに対して、皆も興味津々でイザベラの作業を眺める。

 買い物袋からも、いろいろと買い込んだものが出てくる。



「慎二さん、すみませんが私にパラセルから買った金塊を1つ戴けないでしょうか?」


 どのくらいの大きさの物が必要かと聞くと、これくらいと、10cm角程度を指で作る。

 それだと、前回買ったものと形が違うので、新たにパラセルから寸法を指定して購入することにした。


 それに、以前購入したおバカ?な量の金塊は、唯華に預けてあり、すでに売却まで頼んである。



 そこで、アーに頼んで、10cm角を指定して金塊を購入してもらう。


 すると、ゴトン! と金塊が床に現れた。

 小さいのに、ものすごく重く、簡単には動かない。


 俺の部屋に有った体重計をストレージから取り出し、両手でフンショ! と金塊を持ち上げて、そっと体重計に乗せてみたところ、こんな小さな塊でも、なんと20Kg近い重さがある。

 こんな大きさなのに、小さな子供分くらいあるな。


 作業台のテーブルを傷つけないように、イザベラがホームセンターで買ってきた厚手の耐熱性シリコンのシートを置き、その上に金塊を置いた。

 このシートも、イザベラは良い物が買えましたと、帰った後嬉しそうに俺に見せてくれていた物だ。

 美人なお嬢さんなのに、彼女は素敵な洋服を見つけるよりも、初めて見た便利なシリコンシートを見つけたほうが嬉しいようだ。



 俺もすっかり麻痺しているが、この金塊を普通にこの世界で買ったら1億円を超えるのだよね。

 パラセルでの価格を知っているので、どれだけ大量の金塊を見ても、鉄の塊を見るように、心が既に動かない。



 一緒に行った珠江によると、イザベラは、ホームセンターに行ったとき、お店の店員さんに相談して、いろいろと買っていたらしい。

 今取り出した物は、彫刻刀セットと沢山のビットがセットされた電動のハンディミニルーターだったようだ。

 あと、磨くための道具が並んでいる。


 それと、これは材料かな? 何種類かの素材、アクリルや塩化ビニールの薄いシートと塩ビ用の接着剤を買ったらしい。

 また、塩ビのパイプなど、沢山の素材も買い込んだようだ。

 これって、将来摩導具を作るつもりでいろいろと買い込んでいたようだ。



 イザベラは、細い彫刻刀とデザインナイフなどをケースから取り出し、テーブルの上にすぐに使えるように工具類をずらっと並べた。

 彫刻刀で金属が掘れるのかなと思ったが、金塊の角を削って試している。

 金塊は鉄より柔らかいので、簡単に彫れるようだ。


 最初に金塊の角を、手で持ったミニルーターで削り角をなくす。


 次に金塊の表面を細かな目のサンドぺーパーで磨く。

 イザベラにはちょっと重いので、金塊の向きを変える時は俺が手伝った。


 何回か順に細かいペーパーに取り替えながら磨いた後、なめし皮で手磨きを仕上げる。

 最後はコンパウンドを着けたミニルーターのバフで全面を磨き上げ、ピカピカの金のサイコロ状になった。

 金塊は表面がまるで鏡のように、最初と比べると別物のように黄金!となっていた。


 これで金塊の準備が出来たようだ。

 カバンからノートを取り出し、手慣れた様子でページを開くと、そこにはいくつかの模様が書かれていた。


 イザベラは、おでこに跳ね上げ式のルーペを装着し、指先を拡大しながら作業を行う。


 開いたページの図案を写すように、最初に金塊の表面に鉛筆で下書きをする。

 1面ごとに下書きを行うと、その下書きに沿って、彫刻刀で溝を切っていく。

 柔らかい金塊は、鋼で出来た彫刻刀で簡単に彫れるようだ。


 松井妹が、彫った金から出る屑を口惜しそうに見つめている。 これ集めれば何グラムかになるな。

 まあ、後で拾っておくから心配しないで。


 順に6面全部に彫刻を施したあと、四隅に彫刻が無い面を上に向け、四隅の空いた部分に彫刻刀で丸く円を描く。


「これで、摩導パターンの掘り込みは終わりました。

 あとは、この四隅にマナクリスタル?を埋め込みます。

 摩導パターンを刻んだ金塊に、この石が沈みこんだ場合、やはりこの石はマナクリスタルと考えられます」


 イザベラは、先ほどのマリアからもらった小さな結石の中から、比較的サイズが揃った物を4個選びだした。

 そして金塊の丸く円を描いた位置に、マリアの結石を押し当てる。


 すると、イザベラが話したように、その石は金塊の中にズブズブと入り込んでいく。

 バターやワックスの塊の中に、熱した石を押し付けた時のように、石は金塊に簡単に入り込んでいく。

 この石は決して熱いわけじゃないけどね。


 金塊の表面に結石の一部を少し残すくらいまで金塊の中に入り込んでいる。


 イザベラが4つ目の石を差し込むと、金塊全体が一瞬キラッと光ったように見えた。


 そして、イザベラは黙ったまましばらくそのまま見ている。

 すると、石を付けた中央の彫刻部分がプクッと一度丸く膨らみ、すぐに今度はその部分がポコッと丸く沈みこんだ。


「ああっ! 成功です! やはり、マリアさんの結石は、マナクリスタルで間違いありません!

 それも飛びっきり良い物のようです。 これだけ早く結果が出ると言うのが、その証拠です!

 質が悪いマナクリスタルですと、なかなかブロックの中にも入らずに、この作業には一日くらい必要です。

 マリア! ありがとう!」


 涙目で、珍しく興奮して声を荒げるイザベラ。

 この世界で摩導具を作るための摩導具ができあがった、最初の瞬間であった。

 そして、これでイザベラの成すべき道がはっきりとした。


「これでマナインクの準備ができました」


「え、マナインクって、金塊なの? 摩導具なの? インクなの?」


 なんか凹んだ部分の金塊の中が解けていて、金色のバターのようだ。


「いえ、これは周りの彫り込んだ薄い金塊部分だけが摩導具であって、溶けてできた内側のマナインクは摩導具ではありません。

 この溶けたマナインクを使っていくと、最後には周りに薄い金の壁が残ります。 その残った部分が摩導具となった部分です。


 この摩導具は、自身の内側の金塊を溶かし、金をマナインクに変える特別な摩導具なのです。

 金に高温を加えると、金は溶けますが、それは単なる溶けた金であり、それで書いても摩導具は作れません。

 マナインクの主成分は確かに金からできていますが、摩導具によってはじめて、金がマナインクに変化します。

 あと、マナクリスタルを単なる金塊に押し着けても、このような状態にはなりません。


 師匠などは、このマナインクポットを、始まりの摩導具とも呼んでいたのですが、普通に工房に有る物なので私は今まで特に気にしていませんでした。

 しかし、こうして摩導具が何もない世界に来ると、何故これが始まりの摩導具などと呼ばれていたのか良く分かりました」


「良かったねー」

「良かったですわ」



「それで、ここからどうするんだ?」


「よろしければ、このままいくつか試したいことがあるのですが、本日私はここに留まって作業していてもよろしいでしょうか?」


「ここは1週間借りてあるから、問題ないよ」


 すでにイザベラの頭の中ではいろいろと考えが始まったようなので、俺たちは彼女をそっとしておくことにした。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 イザベラの作業を見ていたため、すっかり漢方薬屋さんへの出発が遅くなってしまった。


 このコテージがある施設の温泉に一般客が来る時間になるので、そろそろ売店や食堂が開く。

 昼は、食堂で食事ができるので、昼食は自分でお金を払って食べるようにイザベラに言って俺達は出発する。


 でも、彼女の性格だと、きっと作業に没頭し食事抜きになりそうだな。

 今ストレージの食糧庫は空なので、食べ物を置いて行く事はできない。

 一度昼に陣中見舞いに来た方が良いかもしれないな。


 おっと、食べ物と言うことで忘れていた。

 松井姉妹との話がまだ残っていた。


「それで、君たちの話し合いは終わったのかな? これからどうしますか?」


「はい、よろしければ私たち、もう少し加納さん達と一緒にいても良いですか?

 さっきの実験? もそうですが、何か加納さん達といると面白そうなことが沢山ありそうです。

 お姉ちゃんもお料理できそうで、お願い出来るのであれば、ぜひ同行させてください」


「うん、わかった。

 それと、キッチンカーなんだけど、まもなく車検が切れるとの事なので、しばらく移動販売は休業になっちゃうね。

 それに、商売するには移動先の保健所の営業許可が取れる新しい車の必要があるけど、それもこれから相談だね。

 ただ、販売ではなく自分たちの御飯を作る分には許可は関係ないから、まずは俺たちの御飯を作ってください。

 あとは、車検が取れるキッチンカーをどうにかしよう。 一緒に来るのが無理そうになったら、その時自立すればよいから。

 とりあえず、これからよろしくお願いします」


 俺はしっかりと二人と握手した。

 服部さんの時もそうであったが、人の縁という物は実に不思議なものである。

 こうして、俺たちに新たな仲間が2人加わった。


「よろしくね!」

「わたくしも歓迎いたします」

「やったー! これで毎日おいしい物が食べられる!」


 おいおい、そっちかよ。


「サリーはうちのお財布係だから、これからの食費や経費はすべてサリーからもらってね。

 あと、すまないが俺たちは当面生計が一緒になるので、お給料みたいなものが個別に出せないので、お小遣いや欲しい物が有ったらサリーに言ってくれればお金は出ます。

 遠慮はいらないから、必要な物はどんどん買ってほしい」


「はい。 では、これからよろしくお願いします」


 すっかり遅くなってしまったので、イザベラを宿に残して、俺たちは急いで漢方薬屋へに向かうことにした。


 2台のレンタカーで漢方薬屋へ向かうが、珠江は用事があり東京へ一度戻るらしい。


 そこで、真希の運転で空港まで珠江を送り、真希は車を一度レンタカー屋に返して、大きなワゴン車に替えてきた。

 これであれば、一度に全員が乗れる。

 松井姉妹も運転できるので、キッチンカーは調理時のみに使用し、乗用車の方が移動しやすい。


 サリーがいれば、スレイトメンバーとしてストレージを利用できるので、サリーと、服部さんと松井姉妹には、食材の大量調達に行ってもらう事にした。

 富山は、目の前に富山湾があり、立山から流れ込むミネラル豊富な水と、その深い海で美味しい魚が沢山取れる。

 富山を離れるまでに、富山の美味しい物をなるべく買い込んでおいて欲しいと、サリーには多めに食材を調達してもらうように頼んだ。

 それとサリーにも、人目に付かないように、うまくストレージに仕舞うことに慣れて欲しい。


 永らくお待たせいたしました。

 いよいよイザベラの摩導具が登場です。



 本章に関する外伝があります。


 パラセル テクニカル外伝M - イザベラの摩導具日記


 外伝M3-09-01 生み出されたもの

 https://ncode.syosetu.com/n3132gf/3/


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本作パラセルと同じ世界をテーマとした新作を投稿中です。

太陽活動の異変により、電気という便利な技術が失われてしまった地球。

人類が生き残る事の為には、至急電気に代わる新たな文明を生み出す必要がある。

ルネサンス[復興]の女神様は、カノ国の摩導具により新たな文明の基礎となれるのか?

ルネサンスの女神様 - 明るい未来を目指して!

https://ncode.syosetu.com/n9588hk/

こちらもご支援お願いします。 亜之丸

 

この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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小説家になろう 勝手にランキング

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