3-04-01 退職届けと西脇唯華
計画の砂時計は流れ始めました。
私は、西脇唯華。 外務省 総合外交政策局 特殊外交推進室 特別調査9課に所属しています。
最近局長に退職願を提出したので、受理されればはれてフリーの身になります。
でも、多分受理はされたとしても、そのままポンと辞めさせては頂けそうにありません。
私が勤めている総合外交政策局は極秘な局であり、いわゆる異世界人と言われる人との外交を扱っています。
異世界人と申しましたが、地球には外宇宙から訪問される、いわゆる宇宙人、我々の言葉では異星人と呼んでいますが多くいらっしゃいます。
当然、この宇宙空間を旅行されてくるだけの高度な科学力を持った知的生命体の方なので、発達した文明は我々辺境にある地球と比べることはできません。
我々は宇宙人と言うと来襲だ! とか、侵略だ! などと、地球以外の人をすべて野蛮人のように言い出す人がいます。
しかし、異星人の彼らから見ると、自分たちの力で地球外へ自由に飛び出す事すらできていない、遅れた文明の我々こそが野蛮人なのです。
異星人の方については、宇宙空間への観測設備やロケットなどを持つ文部科学省が最初の接触について担当されており、私たちは検疫後の、入国審査の対応となります。
異世界人の中には、人数こそ限られるのですが、異なる次元から訪問される異次元人と言う方たちもいらっしゃいます。
私たちの特殊外交推進室という室は、その異次元から訪問される方を対象にしています。
私のいる特別調査課は、主に来訪された異次元人の方とファーストコンタクトを取り、滞在目的やその後の日本での滞在について案内を行う部署です。
私はその中の9課ですが、出現がどこに現れるか分かりませんので、最初に出現された地域により、担当するかがあらかじめ決められており、私の課は関東エリアです。
以前は限られた来訪だったのですが、近年来訪されることが増えてきており、人数が限られる特別調査課は大変です。
何しろ、一度現れた兆候をつかむと、どこに現れたかを、その地域をしらみつぶしに聞き取り調査を行い探すのです。
そんなことをしてきたため、人数は全く足りずに、帰られるまでにファーストコンタクトがまだ一度も成功していませんでした。
ところがです、最近異次元人に接触したと思われる人物が特定でき、その方との接触に成功したのです。
そう、それが加納慎二さんでした。
私は舞い上がってしまい、加納さんの聞き取り調査をやっていたところ、うかつにも一緒におられた娘さんたちが、その当の異次元人でした。
私はファーストコンタクトの機会を、厚労省の宮守に奪われてしまいました。
我が外務省が、多くの人や予算を割き、これまでこの瞬間をどれだけ待ち望んだことか……
すみません。 私の勇み足で、すべてをふいにしてしまいました。
でも、それでよかったのかもしれません。
もし、宮守が異次元の方達とお喋りしていなければ、多分その後彼女たちが異次元人であるとは発覚できなかったと思います。
見かけは、普通の外国人の娘さん達であり、お友達かと思っていました。
質問により、加納さんは異次元人と接触したと言いますが、うかつにも彼女たちがその異次元人と考えていなかった私は、それについて確認をしませんでした。
なので、このまま別れていたならば、いつものようにすれ違いになるところでした。
どこで気が付いたのかわかりませんが、宮守は何か気が付いたのかもしれません。
彼女は厚労省で異世界人の検疫を担当しているので、何か雰囲気みたいなものを感じたのかもしれません。
彼女宮守珠江とは、宮内庁の同僚であり、彼女は厚労省、私は外務省に出向しています。
現在の局長は私の叔父様であり、やはり宮内庁から出向しています。
この出向は、日本の歴史にかかわってくることなのです。
古き時代から日本には異世界の人たちが来訪しており、皇族や将軍なども世話になってきたそうです。
私たちは陛下から、それらの方の中でも神と言われている異世界の方が、すでに1000年を超えて日本に住まわれているというお話を賜っています。
その方を探し接触することのために、私たちのような人間が、国の隠された外交や検疫部署に何人も出向しています。
1000年も生きている人がいるとは思えませんので、その子孫の人たちがいると考えています。
それと、私は加納様からとんでもない情報を得ました。
それは、たった一つの計算式です。
しかし、それは私たちが運用する異次元空間監視システムに多大なる影響を与え、私たちの自体の対応が変わってしまう物でした。
目から鱗なんて生易しいものではありません。 私たちにとっては天変地異な出来事です。
なんと、わが国が異星人から購入した、とても高額な観測システムなのですが、何だか使い方が間違っていたようなのです。
本来精密な使い方が出来る装置を、全く使いこなせていないことが、頂いた情報から判りました。
その監視システムでは、出現ポイントがピンポイントで表示されているにもかかわらず、その空間座標というものを理解していなかったために使われてこなかったのです。
そして、画面の表示されている、360度の方位をスキャンするアクセサリ的なレーダー画面ビューワだけ見て、光った点の方角を目測し、複数の施設でその方角を重ね合わした範囲を、人的に捜査すると言う、今となってはあきれたことをしていたようです。
本当にそのレーダービューワは、方角を直感的に見せるだけの簡易的な表示でした。
それを複数台も使って、画面の方角から場所を求めていたのです。
1台買えばよいものを、何台もの高額なシステムを購入し、大きなお金と多くの人と、多大な時間を無駄にして、しかも一度も成功していないと、とても残念です!
今後は、計算で地球上の場所を求め、すぐにその場に駆けつけることが可能となりました。
そのアドレスを訪ねて行けば、異次元からの来訪者はその近くにいるはずですので、これまでのように広い範囲を操作する必要はなくなりました。
言い方を変えると、訪問者を探し出す特別調査課というものは、これでお役御免となると思います。
来訪の検知後にすぐに到着できるよう、日本各地に支署が沢山配置されていますので、特別調査課は少なくとも1000人は超えているのではないでしょうか?
さらに、これこそ本当にたまたまですが、その異次元人の方とは関係なく? 本来私達が長きにわたって宮内庁から出向していた主目的である、陛下の祖先達が何度もお世話になったという神様自体に、なんと出会うことが出来てしまったのです。
しかも、いろいろ話まで聞けてしまい、その神様と言うのが加納様の御婆様? 幼女? 貴子様の黒妖のヘルパーであるシー様であることが判りました。
これで、陛下も肩の荷が下りたようです。
代々に渡り、その職を引き継ぐ儀式の主たる伝達事項がようやく達せられたことになります。
祖先に対しても、任務完了!って胸を張って言えますからね。
1000年以上続く多くの皇室の神式儀式は、シーさんに纏わる事だったらしく、今後はどうされるのかな? 止めちゃうのかな?
私はと言うと、1000年以上続いた一族の使命も達せられて、お役御免なのかなとすら思えます。
そこで、私の辞表に繋がるのですが、わたしは以前から考えていた私の夢である計画があり、それを実現できそうな状況になってきたのです。
申し訳ないのですが、それには加納様たちがどうしても必要であり、それは加納様たちにとっても必要な事であると考えています。
そうです。
異次元人である彼女たちを、この後この世界で暮らしていくための地盤を作り上げる事です。
次元が異なっても、次元を自由に移動できる地球人は、まだいないようです。
何らかのきっかけで、次元を渡ってきた異次元人たちは、この世界では生きて行く事が困難です。
お金も戸籍も職もなく、言葉も通じない人たちが何人もいるはずです。
今回出会った彼女たちは、たまたま加納様に保護されたため、何とか今日まで生きてこれました。
しかし、戸籍が無く、正式に働けない人を3人も抱えた加納様は、今後厳しい経済状況となっていく事は自明の理です。
あと一つ気になっていることは、加納様の黒妖、 そう彼らがスレイトと呼んでいる黒い板の事です。
何かものすごい事が出来るようで、なんと沢山の物がその中に収納できてしまうようです。
あと、彼女たちが日本語で会話できているのも、そのスレイトの機能だと言ってました。
このスレイトがあれば、多少のお金であれば彼らは困らないのかもしれません。
だって、今回みたいに、車が入れない山小屋にまで荷物を担いで運ぶ仕事ができますよね。
あ、それよりも観光地で手荷物を預かれば、人間コインロッカーのアルバイトとして、もう少し儲かるかもしれませんね。
いずれにしても、彼女たちを当面安全に確保するためには、出現地点から遠ざける必要があります。
私たちはピンポイントでの探索はできていませんでしたが、他国でもし同様のシステムを持っているのであれば、すでに来日して、出現地点周辺を探索しているものと考えられます。
いずれにしても、日本に来るまでの間に捜査範囲は広がっていると思うので、すぐに見つかることはないかもしれませんが、用心するのに越したこと事はありません。
そのためにも、異次元人とスレイトと言う、現代日本と異なる2つの物に接している、加納慎二と言う人物を世間から隠す必要があります。
いや、世間から隠すだけでは足りずに、存在自体を消しさる必要があります。
そして私は、彼を保護する役割を行うこととしています。
そうですね、加納様と呼ぶよりも、私たちの仲はすでに慎二さんですよね。
もともと、それに近いことが将来発生すると特殊外交推進室では想定していましたので、それを初めて実行することにしました。
それに基づき、慎二さんの退職手続及び存在情報の抹消にこれから向かいます。
朝一番で、慎二さんの上司の方のアポイントは取れましたので、今日のお昼に都内でお会いする予定です。
局長には、先方の社長に連絡を入れて話を進めて頂きます。
局長の命令により、いよいよ特殊外交推進室が動き出しました。
慎二さんに関する調査はすでに終了していますので、各地に担当者が出張していきました。
あと、各役所で持つ記録改竄が行われ、出生以降の記録が抹消されます。
私たちも何度も訓練はしてきていますが、実際の実行は初めてなので、ちょっとドキドキです。
退職届はあらかじめ準備してあるテンプレートを使い、名前を変更して作成しました。
内容は自己都合であり、詳しく書かないからこれでいいわね。
あとは、慎二さんには必要以外は何もしゃべらないように言ってあるので、後は私達が何度も行ってきた訓練のようにすればよいと。
いつものスタッフが、黒メガネをかけてちょっとカッコよく見える。 この人たちも普通の職員なので、見かけだけなんだけどね。
そして、私たちは予約しておいた割烹料理店に向かうことになりました。
ちょっと長い休暇のはずだった、慎二の2週間が過ぎ去ろうとしています。
これでようやく物語の最初の第2話で出てきた退職に結びつくことが出来ました。
いろいろな事が有って、あっという間に過ぎ去った、とても長い2週間でしたね。
でも、ここから第1話のシーンにつながるのは、物語としてまだ1年後です。 ふぅー。




