1-03-04 仕組まれたウィルス
『ここからは、パラセル内部の事情ですが、私が与えられている情報をお話します』
「アー、それって極秘情報じゃないのか?
後で、問題にならないのか?」
『私の知っている範囲のことは、マスターにお話ししても問題ありません。
私の知識範囲は、マスターの経験に依存します。
これは、パラセルの存在意義としての、重要な商品についての話です。
パラセルのシステム運営に重要なこととして、パラセルが注目している重要商品の販売が何らかの理由で困難となった時や、パラセルの内部システムに何らかの重大問題が生じた場合、パラセルはある特別な処置を取るそうです』
特別な処置? ということはウィルスはパラセルが仕込んだってこと?
『パラセルは問題の解決や不足した商品を供給できる可能性の高い人物を探し出し、その人物の審査を行います。
その人物がパラセルとしての基準を満たしていた場合、その人に新たなスレイトを交付します。
しかし、交付したスレイトについて、パラセルは一切の説明を行いません。
受け取ったマスターとなる人物が、送られたスレイトの存在に気づき、一定期間内に自らスレイトのマスター登録にまで至った場合、パラセルの試験に合格したみなされ、マスターとなることができます。
マスターとなることで、これ以降はパラセルでの取引が可能となります』
俺は知らないうちに、パラセルの試験に合格したのか。
「俺の場合、そんなに大変でもなかったけどなー」
『これは、ほとんどのスレイトは起動されまいまま終わってしまう、とても難しい試験なのです。
マスターの世界に、パラセルに似た装置やシステムが存在しているから、使い方の概念を持っていたのではありませんか?』
そう言われると、確かに江戸時代にこのスレイトがいきなり現れても、その時代の人がこれを使える可能性は低いだろうな。
「やや、面妖な!」
とか言って、お侍さんの刀ですっぱり切られそうだな。
いや、刃が毀れるか…
『スレイトは数多く発行されているようですが、実際にマスター登録にまで至ることは、ごく僅かなようです』
そこまで言うと、アーはホッとした表情をする。
アーはマスターを持たない野良スレイトとして消えずに済んだようだ。
『パラセル側の事情により発行される新たにスレイトですが、やはりマスターにはパラセルが何かを求めているなどとは一切伝えられません』
「だったら、スレイトを与える意味がないじゃないか?」
『条件が合いそうな複数の人物に対してスレイトが発行され、いずれかのマスターが目的にたどり着くであろう事を期待しているようです。
わたしも、それ以上の詳しい情報を持ちません。
風が吹けば桶屋が儲かる的な……』
「何だかわからないが、ひょっとして俺にもパラセルに何かを期待されているのか?
なんか、気が長い話しだなぁ。
で、ウィルスについてはどうなんだ?」
『今話しましたように、各次元世界には長い時の中、多くのスレイトが配布されてきており、各次元の世界を結んだ販売システムを構成しています。
パラセルで取引される商品は、各世界において巨大な富を築ける商品や、その世界規模の予算を多くつぎ込んでも買いたいとされるような商品が取り扱われています』
『従って、それらの商品を求めたいマスターの中には、様々な手を使い、他よりも有利に取引ができないかと考えています。
ある者はお金のため、ある者はどうしても必要な商品の為だったりします。
しかし、スレイトを使った商取引のセキュリティは高く、取引の途中を妨害したり、取引自体に割り込むことなどはできません』
『ここからは、パラセルのヘルパーから教えられた話です。
新規発行のスレイトを最初に届けるときは、受取る方はまだマスターにはなっていません。
そのため、スレイト自体の配送にはパラセルで利用するストレージ空間を使った交換を使用できません。
そのため、一番最初の配送の時のみ、異次元間で一般的に使用されている、異次元宅配便が利用されるとのことです』
えっ! 宅配便って、なんか現代っぽいな。
そんなのがあったんだ。
そういや、昨夜のスレイト配達もどこかの宅配屋の兄ちゃんだっけ。
『多くの場合、この配送途中の荷物にウィルスが差し込まれます』
『どうしても手に入れたい商品がある人間が、その目的で発行される新たなスレイトに対して、最初から優位に取引できるようにウィルスを仕組んでくるそうです。
まだマスターを持たない状態のスレイトに投資する為、青田買いみたいな行為ですね』
『スレイトを通じ、マスターとパラセルとの契約が履行された後であれば、第3者からのスレイトへの侵食行為は違法とされます。
しかしこの場合、契約前にウィルスを差し込まれているので、これは宅配業者の管理の問題であり、パラセルとしては違法とはみなされず、グレーな方法です』
『通常はスレイト起動直後に契約文書が表示されるのですが、このウィルスはそこに仕組まれていて、ウィルスを感染させた後にスレイトを再起動させて実行するようです。
このタイミングではスレイトはまだパラセルに接続していませんので』
『スレイトがパラセルに接続した後であると、スレイトは強力なセキュリティ機能が動作するので、スレイトへの改ざん行為は難しいのですが……
さらに、初めてのスレイト起動中では、新たにマスターとなる人は、そもそもスレイトの事を知りませんし、スレイトが再起動することなど、それがおかしな動作である事すらわかりません』
『このウイルスにより、口座残額の確認を行わずに、商品の発注が行われ、注文が確定しています。
そして起動した時点では、スレイト自体は初期化されますが、マスター登録と同時にウィルスにより行われたパラセルとの注文が有効になるという巧妙な方法です』
『この手のウィルスは、パラセル規約に引っかからないように計画されており、特にマスター権限を奪うものや、パラセルの販売活動に対して実害は与えるものでないため、今のところパラセルの排除を免れています』
『システム側ではこの裏手法を認知しているようですが、なぜか取り締まってはいないようです』
『さっきのパラセルのヘルパーさんがここだけの話って言ってましたが、パラセルって面白い事に対してはかなり寛容で、変な機能や裏ワザみたいな事もたくさんあるのよ!って言ってました』
アーは、俺のところで生まれたばかりのAIであり、初期記憶としての基本的な情報以外は、まだ多くは知らないようだ。
どうやらマスターと一緒に知識を学習していくようである。
『話を戻しますと、ウィルスを仕掛けられたスレイトの到着時に、一緒に送られてきた有価値財、この場合白金貨ですが、これをアカウントの口座に入金することで、ウィルスにより購入された商品が送られてきます』
「じゃあ、その注文をキャンセルしちゃえばいいじゃない?」
『パラセルにおいて既に取引が成立した商品ですので、システム的に解約はできません』
『すでにスレイトは起動していますが、取引途中で止まった状態となっていますので、早急に入金されることをおすすめします』
そんなこと言って変な物を送ってこられてもなぁ。
商品送り付け詐欺みたいだな。
なんか送った奴の良いように使われるみたいでやだなあ。
『相手が何を求めているのかはわかりませんが、慎二の損になったり、慎二がその後の取引を嫌がるようであれば、莫大な費用を払ってまで慎二に裏技を仕掛けること自体、非論理的行為ですので、私は大丈夫であると思いますが……
慎二がご判断ください』
「わかった、じゃあ買い取りをお願いしよう」
そういうと、俺は白金貨をストレージに入れた。
『買い取りを実行します』
アーではない、お姉さんのちょっときれいな声が聞こえた。
『今のは、パラセルの声です。私じゃありません。
いま、きれいなお姉さんって想像しましたね!プンプン』
やべぇ声にしなくとも聞こえてるんだっけ。
『まあ、良いですけどねー』
少し突き放した感じでアーが告げる。
『ストレージ内の買い取りを実行しました。
フッ、私だってこれくらい言えるのよ』
アー、全部聞こえてるよー
作業が始まると、俺のストレージから白金貨が消えていた。
『お客様のアカウントにパラスの入金を確認しました。
買取商品の不足金額に充当しますか?』
きれいなお姉さんに聞かれたので
「ハイ」と答える。
きれいなお姉さんが
『今回の商品は、自動払出しが設定された商品です。
決済が完了した商品から順に払出しが実行されます』
という。
自動払出しという設定は、標準機能にはないようで、アーもまだ知らないらしく、再びアーのヘルパーに聞こうとするが間に合わず、
『ご注文の商品が届きます』
と、アーは言う。
え、そんなにすぐ来るの?
大きいものだったら困るな。
「そういや、何が届くの?」
大事なところを確認してなかった。
『商品は、奴隷です』
えっ、奴隷って?
がんばれ!アーさん!
ついに奴隷の登場ですか? 奴隷とはちょっとファンタジーっぽい展開でドキドキしますね。