1-03-03 残高不足
スレイトのヘルパーであるアーさんの登場により、これまでの疑問も少し解け、慎二は不思議なパラセルの一端に触れることができたようです。
「アーさんよ、スレイト表面に
【支払い金額が不足しています。 至急パラスをチャージしてください】
って表示がでているが、俺は何かする必要があるのか?」
『慎二はパラセルで価値が付く物を慎二のストレージに入れ、私にそれを販売依頼を出すことで、パラセルに販売して得られた金額をマスターのアカウントにチャージします。
そこにある白金貨をストレージに入れますか?』
アーは、スレイトと一緒に届いた丸いコインを指さして言う。
ストレージというのは、パラセルへ販売する際に、商品を一時的に保管するスレイトの空間らしい。
「不足金額ってパラセルの利用料金なんだよね?」
ストレージに入れながら、なにげに聞いた俺のセリフに対して
『いえ違います。パラセルには利用料金はありません。
これは、注文済み商品に対する支払い代金です』
「えっ、俺まだなにも買ってないぞ!」
『でも、マスターのアカウントを見ますと確かに注文が行われ、その注文はすでに成立しています。
現在のステータスは、[入金待ち]になっていますので間違いありません』
アーによると、取引状況の履歴を確認することができるようなので、残っている過去の取引履歴を確認してもらった。
『マスターは開設直後なので、アカウントにはパラスが全くチャージされていません。
そもそもパラスの残額がない状態では、注文はできないはずので、決済が完了することはありえません』
「じゃあどうなってるんだよ?」
『少々お待ちください。
パラセルのヘルパーに確認します』
そう言うと、アーは自分のポケットから、小さなスレイトを取り出し、その上にいるさらにチッチャなヘルパーと会話を始めた。
「おいおい、何だそれ!」
『すみませんが、ちょっと黙っていてください』
「すみません」 と、俺は謝る。
しばしの沈黙の後、アーはこちらを振り向きながら、
『おまたせしてすみません』
「おい、それはなんだよ?」
『ああ、これはパラセルのヘルパーです』
「えっ? お前がパラセルのヘルパーだろ?」
『ブブブー、傷つくなー。
私は慎二のスレイトのヘルパーだよ』
「それって違うのか?」
なんか、ヘルパーとしてのプライドがあるらしい。
『ゼーンぜん違うよ。私は言うなれば慎二専用の家庭教師みたいなもの。ワ・カ・ル?』
「はぁ?」
『そしてさっきのは、家庭教師派遣会社のオペレーターのお姉さんみたいなものよ。
私は初期情報としてパラセルの基本的な事しか知らされていないから、知らないパラセル情報については、パラセルのヘルパーに教えてもらうの』
「また、それはまた具体的だね」
『私は、パラセルの事は良く知らないけど、自分がいるスレイトの情報や使い方、マスターである慎二の情報は知ってるわ。
パラセルのヘルパーは、このスレイトや慎二の事は知らないけど、パラセルの中で起きていることは知っているの。
なぜだかわかる?』
「そこでパラセル側と、スレイト側で情報が分離・遮断され、互いが持つ情報の範囲が限定されているってことかな?」
『ピンポーン。
正解です。さすが情報エンジニアです。
パラセルのヘルパーである彼女は、各マスターそれぞれに対する個人情報は持っていません。
慎二のことや、このスレイトに蓄積された情報のことは、私しか知りません。ヘヘ。
彼女は各スレイトのヘルパーからの問い合わせを受付け、パラセルの中でそれを対応しています。
今、私は今回の件について、過去に同じような質問や事象が他のスレイトでなかったかを調べてもらいました』
「それで、それで?」
『確認ですが、慎二がスレイトを初めて起動したとき、私がまだ目覚める前に、一度スレイトが再起動をしませんでしたか』
「ん、そういえばしたような。
というか、何かチャージしたので、再起動するとか聞こえたよ」
『起動後に契約文の表示はありましたか?』
「いや、再起動後はすぐにアーの設定だったよ」
『そこの白金貨は、スレイトと一緒に送られてきたものですか?』
「ああ、そうだ」
これって、メダルでなく、白金貨なんだね。
『はい、そのようです…… 了解しました』
まだ、オペレーターとの会話は、続いていたようだ。
『ありがとう!』
そう言って、アーは、ちっちゃなヘルパーが消えた小さなスレイトを、彼女のポシェットに仕舞った。
そしておもむろに
『このスレイトにウィルスが仕込まれていたようです』
「えぇ! なんだそれ!
やばいじゃないか!?
すぐにリセットして、ワクチンで除去しなきゃ!」
『お静かに願います。
今パラセルヘルパーから聞いた話では、このウィルスでは慎二への生命活動に直接的な危険性は低いと判断されます。
悪性のウィルスではないとのことです。
マスターは、まず落ち着いてください』
「そ、そうだね。わかった」
『白金貨。
まず、パラセルにおいても、今回の様な件にこれが用いられる事は珍しいそうです』
「珍しいって、どういう事だ?
聞いたことを教えてくれるか?」
『了解しました』
ここから、アーの説明が続く。
『このウィルスを仕掛ける側の目的は、新規にスレイトを手に入れるマスターに対して、何かを送りたいときに利用されます。
初期化前のスレイトにウィルスが侵入することにより、スレイトの初期化時にパラセルに注文を行うコマンドが埋め込まれます。
同時に、送りたい物品をマスターとなる相手がパラセルから買うことができるように、パラセルで買い取り価値が付く物品をスレイトを発送する荷物に混ぜて送りつけます。
勝手に注文を発行し、その商品代金をも払ってしまう事で、買ってもいない商品がマスターに届けられる変なウィルスです。
そのため、プレゼントウィルスと呼ばれているようで、大くの場合は危険性はありません。
このウィルスを仕掛けるには、かなり大きな額のお金が必要です。
その為、新規マスターに対して、危害を加える目的だけに、高額なウィルスを使うことは考えにくいです。
さらに、スレイトを受けた人間が、必ずマスターになれるかはわかりません。
この方法は失敗率が高く、仕掛ける側のリスクが高いので、近年はあまり使われていないウィルスであると報告されました。
しかも、今回白金貨を用いたということですので、かなり高額なプレゼントを計画していると思われます』
「パラセルって、こんなことがよく起こるのか?」
『この方法は、以前には裏技的に使用されたことがあるようです。
しかし、先ほど申しましたように高いリスクを侵してまで行う事例は少なくなったようで、最近はあまり使用されていないとヘルパーから聞きました』
なぜ、そこまで高額な白金貨が俺などに送られたのだろうか?
パラセルは、このような行為を認識しているらしいが、それは黙認されていると言うことなのか。
謎は深まるばかりであった。
システムにトラブルはつきものですよね。