1-03-02 起動
いきなり動き出した謎の黒い板、その正体は一体何か?
『ホァン』
微かな音とともに、液晶ディスプレイのバックライトがついた時のように、黒い板の表面が薄く光った。
やはりタブレット端末かな?
何が起きるかと凝視していたら、板の表面にチラチラと光の模様が現れだした。
ちょっとやばそうと思って、板をテーブルに置こうと思ったが、なぜかそのまま板は手にくっついて離れない。
さらに、どこからともなく日本語が聞こえた。
『言語機能の調整が完了しました』
慌てて周りを見渡すが、誰もいない。 方向に関係なく、頭の中に直接響いてきている。
部屋には、人工知能に接続し、勝手にしゃべるAIスピーカーなどは置いていない。
『マスターからのエターナルを検出しました。
エターナルのチャージを行います。
チャージが完了しましたら、一度再起動を行います。
チャージ中は、接続を切らないでください』
音声が聞こえてくる方向ははっきりしないが、セリフからこの板のものと思われる。
まだ、手のひらにくっつき離れない。
だんだん焦ってきて、「ワー、ワー」と叫んでいると
『チャージが完了しました』
その言葉が聞こえた後、手についていた板は、自然に手から離れた。
すぐにガラステーブルの上に黒い板をポンと放り投げ、少し下がった位置から眺める。
板の表面には、まだ何か記号のような記号が次々と現れては消えている。
しかし聞こえた言葉が日本語であったため、少し安心した。
新型タブレットの新しい販売方法かな?
誰が送ったのだろうか?
こんなのは見たことがない機種だ。
『初期起動しました』
さらにメッセージは続く。
『これより、スレイトのヘルパー設定を実行します』
相変わらず、音声は聞こえているのだが、どこから聞こえてくるのかわからない。
その時、黒い板の表面にフワッと明るい映像のような物が現れた。
10cm位の、人のような立体映像だ。
よく見ると、かわいい女の子の3Dアバターのようだ。
おっ、やはり新型タブレットか?
『ヘルパーを変更しますか?』
何かの設定かな?
何も答えないで女の子のアバターを見つめていると、次のメッセージが聞こえてきた。
『次に、名前の設定を行います』
えっ、次にって勝手に決まっちまったよ!
何も考えてなかったし、そんないきなり言われても……
名前なんて何も浮かばない……
あ~ あ~ どうしよう!?
『名前を、アーで設定しました』
なんだ、そりゃ?!
このユーザーインターフェースはかなりやばいぞ!
ほとんどバグってるぜ。
黒い板の上にいきなり表示された小さな女の子の立体画像がいきなり動きだし、俺の方向に向かってペコリとお辞儀をし、話しかけてきた。
お辞儀で挨拶するなんて、作ったプログラマーは日本人なのかな?
『はじめまして、アーと申します』
うううっ、この子 アーちゃんって名前になってしまったよ。
ごめんよ。 でも俺って、まだ一言も指示していないよね?
「あー、えへん。 では君をアーって呼んでいいかな?」
それに応答して
『はい。 これで確定しました。
マスターのことは、なんてお呼びすれば良いですか?』
え、まだ名前って替えられたの?
でも、ちゃんとレスポンスがあるよ。
会話AIが組み込まれているのかな?
「俺は、加納慎二、しんじって呼んでくれ」
『慎二をマスターとして登録しました』
えっ、これだけで登録するのね。
でも、これって登録すると後で年会費請求が送られてくるアレじゃないよね?
ヒッ、ヒッ、フー。 あ、こりゃラマーズか。
とりあえず、落ち着こう。
「きみって、ダレ?」
俺は、だれかがこのアーのバックにいて、リモート操作して笑っている奴がいるのではないかと思い、話しかけてみる。
『私は、アーです。
もうお忘れですか? 慎二ってばかぁ?』
な、な、なにこいつ、やっぱり やばいやつじゃないか?
「そうじゃなくって、なぜここにいる?」
『やっぱり、慎二ってオバカさんね。
あなたが起動したからじゃない。 ふふっ』
口が悪いヤツだな。
だめだ、落ち着こう。
深呼吸、ヒ、ヒ、フー。 だめだ、これしか思いつかない。
「ごめん。 俺の質問が悪かったようだ。
まずは、君への質問について何か制限はあるのか?」
『私は、マスター登録された慎二をサポートするためのヘルパーです。
慎二の疑問を解決するための存在ですので、質問に制限などはありません』
おや、喋り方がちょっと事務的になったな?!
「では、いくつかの質問をさせてもらう。
まず君は、俺の敵、もしくは俺に危害や不利益をもたらす存在なのか?」
『いいえ。
私は、マスターの質問に答えるために存在します。
同じ質問ばっかり。
慎二ってやっぱりばかなのね』
ここで怒っても、多分結果は目に見えている。 これは画像だ。 おちつけ俺。
それにしても、ひどいAIが入っているなぁ?
最も、本当に危害を加えるつもりだったら、正直に危害を加えるなどとは答えないよな。
やっぱり俺っておバカなのかな?
『マスター慎二は、会話モードの初期設定が気に召されないものと判断します。
会話モード設定をフレンドリから、ほめて育てる太鼓持ちに切り替えます』
「何だよそれ? 普通でいいから」
『いよ、旦那太っ腹だねえ。普通で良いのかい?
じゃ、あっしはこれでおさらばゴメンなすって。
会話モード設定を太鼓持ちから標準会話に切り替えます』
おいおい、標準モードがあるのかい? なぜそれを最初に使わない...
『私のモードは、マスターの深層意識を解析し、初期モードが設定されています。
マスターはツンデレが好みと推測されましたので、フレンドリを初期値として設定しました』
ほんとに、失礼なやつだ。 俺が悪いのかよ。
最初から言語モードは標準にしてくれていれば、変な印象を持たなかったのになあ…… ま、いっか。
「君って、どうやって表示されているの?」
そう口に出しながら、タブレットの上に表示されているアーが立体画像だと思っていた俺は、深く考えずに指を近づけてみた。
そして、俺の指がアーに触れた瞬間、
『キャー』
えぇぇ、なんとアーには実体があり、突き抜けるはずの指は、小さい女の子の胸の位置をつついてしまっていた。
「えっ!ごめん、ごめん。 アーって実体なの?」
あわてて指を離し、素直に謝った。
胸を押さえて、その場にしゃがみこみヘルパーさん。
『いきなり触ってくるなんて、マスターはマナーを知らないのですか?』
強く怒られてしまった。
「本当に御免ね。てっきり画像が投影されているものだと思っていた」
『失礼ですね。
ヘルパーは表示などではなく、普通に体はあります。
だから物を触ることだってできます』
何とかアーの機嫌を取りもどすことに成功し、その後は俺は時間も忘れアーと話し込んでいた。
気が付くと、既に1時間以上話し込んでいたようで、結局この黒い板は新型のタブレットではないようだ。
そしてスレイトやパラセルという言葉があることが、朧気ながらわかった。
俺はその後、アーからそれらシステムの基本的なことを教わった。
アーの話す単語は俺の知識をベースに組みたてられたとのことで、同じ趣味レベルの仲間と話しているようで、とてもわかりやすい。
嘘か本当かわからないが、俺の頭の中をのぞかれているということらしい。
その証拠に、実際の言葉には出さなくともアーとの会話が成立している事から、どうやら本当の事らしい。
その話によると、この世界の発音では、[パラセル] と呼ばれる通販? 販売システム?があるらしい。
この黒い板は、[スレイト] と呼ばれ、販売システムであるパラセルとの取引を行う為の専用端末装置みたいなものとのこと。
アーは、パラセルとの取引やスレイトの操作についてサポートをする[ヘルパー] という存在で、パラセルとの売買は、全てヘルパーに依頼して行うとのことである。
俺は、そのスレイトに[マスター] として登録されたらしい。
スレイトはパラセルの販促ツールであり、パラセルからマスターに無償で支給されるとの事である。
大事なことを忘れるところだった。
アーが『この世界』といったように、驚く事にパラセルはこの世界のものではないらしい。
本当かどうかはわからないが、アーの説明によると、パラセルは[次元] を跨いだシステムであるとの事。
次元とは、並行宇宙のようなもので、パラセルはこの世界も含め、異なるいくつもの次元の世界を相手に商いを行う売買システムとのことであるとの事だ。
各次元にはそれぞれの世界があるようで、この次元でも地球以外に文明がある星は無数にあり、それぞれの星ごとに[異なる世界] が存在するという。
パラセルにとっては異なる次元の世界との取引は普通の事であるらしい。
他の次元どころか、他の星の世界との交流すら全く無いこの地球の世界からすると、異次元や異世界というものの理解はまだできない。
異世界間の取引には、当然ながら日本や地球のお金が使えるわけがない。
パラセルでの売買については、パラセルが持つ[パラス] と呼ばれる仮想通貨を使用しているとの事。
最初の取引は、誰もがパラスなど持っていないので、何かをパラセルに売ることで、その代金としてパラスを稼ぎ、その売上げたパラスを使ってパラセルから商品を買う事ができる。
パラセルでの売買を支援するために、スレイトはいくつかの機能を持っている。
スレイトを用いたマスターの活動は、すべてパラセルの販売活動につながるとみなされるので、基本的にスレイトの機能はすべて無償で利用できるとのこと。
アーの会話モードについては、その後フレンドリーモードにしてもらった。
フレンドリーモードの良い所は、普段はフレンドリーだが、大事な事を話す時にはきちんと答えてくれる。
最初のうちは、フレンドリーモードは横柄な喋り方になったり、ちょっと失礼な言い回しになったが、学習効果は高いようで、空気も読めるようだ。
今はまさにフレンドリーに会話ができている。
悔しいがツンデレ初期設定の選択は正しかったようだ。
もう少し知りたいパラセルの秘密。
特にアーさんの個人情報にも興味がありますね。
スレイトやパラセルについてはテクニカル編で紹介しているらしいですよ。
でも、あーあー言っててアーとは、ひどい命名になっちゃいましたね。