1-06-05 マリア
次はマリアさんの聞き取りですか?
「マリアさんも自己紹介をお願いします」
サリーはオレンジジュースをマリアとイザベラのグラスに注いであげると、マリアはそれを一口飲み、少し息を整えてから話し出す。
「あ、わたくしもマリアと呼んでください。
そうですね。 最初に、前触れもなくいきなり参りました事を、まずお詫び申し上げます。
わたくしの国の王族は、代々魔法を使いカルダシア国を統治してきました」
「えっ! 魔法だって!」
「慎二も言ってたけど、魔法って何?」
「はい。
わたくしも少し魔法は使えますが、残念ながらその力は弱く、それは王族としては決して十分といえるものではありません」
「いま、ここで見せてもらえる事ができる魔法ってあるの?」
「少し待ってください。
先ほどこの世界にきてから、何か変わった感じがしていたのですが、今それが何かわかりました。
この部屋ではなぜかエターナルをほとんど感じる事ができません。
どういうことなのでしょう?
この部屋は何か魔法を防ぐような特別な部屋なのでしょうか?
なぜここはエターナルがないのでしょうか?」
「はい、マリアさんも落ち着いて。
あ、マリアって呼んでよかったんだね。
急いで魔法を見せなくとも大丈夫だから、まずは落ち着いて」
「本当に、本当に私は魔法が使えるのです」
「ではマリアに聞きますが、その魔法っていうのは何ですか?」
「魔法は魔法ですわ」
「ちなみに、この世界には魔法という物はありません。
すみませんが、マリアが使えるという魔法について詳しく説明してください。
例えば、ここに柔らかい土で出来た粘土という物があります。
これを手で触れずに形を変える事はできますか?」
「それぐらいだったら簡単よ」
マリアはそういうが、粘土には何も起こらない。
「やっぱり駄目ね」
「あ、いいです。
この国にはもともと魔法というものがありませんので、使えないのかもしれません。
マリアの国では、どんな風に魔法が使えたか教えてください」
「私は今、この土をぎゅっと平らに潰そうとしたのですが、何故かできませんでした」
「では潰した土を、元の形に戻すことはできましたか?」
「私はあまり器用なことはできなかったのですが、大体の形に戻すことはできました」
ということは、多分記憶をもとに形を整えることはできそうであるが、壊れたものが元に戻るような魔法はないようだ。
「では、変身はできますか?」
「慎二さんが言う、変身とはどういう意味ですか?」
「自分の姿を別の姿に変える事です。
例えば見た目が他人と同じになったり、異性になったり、動物になったりです」
「この世界ではそんなことができる人がいるのですか?
それはすごいですね。
私ができるのは、せいぜいこれくらいかな?」
マリアはそう言うと、指で自分の両ほっぺをチョコンと押し、えくぼのような顔になった。
俺は、思わずそのかわいい仕草に、プッと吹き出してしまった。
姫様、お茶目だね。
「ありがとう。
魔法についてはとりあえず置いておきましょう。
使えるようになったら教えてね」
「わかったわ。
でも、わたくし本当に使えるのよ」
「うん、では君自身について教えてください」
「わたくしはカルダシア国の第三王女として生まれ、育てられました。
先ほど申しました通り、わたくしの国は周辺国とは異なり王族が魔法を使うことができる国です。
長きにわたり魔法が使えることにより国の成り立ちができていますので、王族たるものは高い魔法の力を必要とします。
わたくしも子供のころは、強い魔法を使うことができ、沢山の魔法を覚え、将来国を継ぐ可能性が高いと周囲から言われていました」
そこからマリアは一気に話続ける。
「しかし、ある時お供と共に城の外に出る機会があった際に、なぜか私は森の中で倒れていたそうです。
恐らく私の魔力を恐れた誰かにより、魔法なのか、呪いなのか、毒なのかはわかりませんが、それらが森で私に使われたようです。
誰が仕掛けたのかはわかりませんでしたが、恐らくは将来私が強い魔力を持つと困る人間ではないかと考えられますので、それであれば、沢山考えられます」
「倒れていたわたくしはすぐに宮殿に運ばれ、何日か寝込んだようです。
そして目覚めたわたくしの魔力は、王族としては認められない最低のものとなっていました。
私を調べた魔法医によると、魔法の力を吸収し阻害する黒いものが体に入ったように見受けられるといわれました。
魔法医は魔法使いの病気などを専門に調べている魔法使いなのですが、その彼でも私の症状や治療方法は良く判らないようでした」
「それからも定期的に魔法医の診察を受けているのですが、わたくしの成長に伴いその悪い症状が強くなってきています。
大人になるまでは、成長に伴い魔力量は増えるのですが、その魔力を吸収した私の中の黒い力も強くなっているようです。
診察する魔法医のもつ診察具すら、その魔力疎外の影響を受けるほどになってきています。
そしてこのまま黒い力が増強すると、生命に対しても影響が出ると思われ、わたくしの命の保証はあと数年しか無いと言われました。
一縷の望みとして、遠い国で伝わる薬草から作られる[エリクサー]と呼ばれる最上級のポーションであれば、ひょっとすると治せるのかもしれないと言われました。
父とわたくし、それに魔法医などと、そのエリクサーなるポーションについて、我が国を超えていろいろ調べました。
その結果、エリクサーについて、いくつかの重要な情報がわかったのです。
しかし、わたくしの場合は病気というよりも、呪いに近いようなものであるために、エリクサーがその病に効くかどうかはわかりません。
我が国では、魔法という力を持っているために、最上級のポーションなどにはあまり関心がありませんでした。
そのために気が付かなかったのですが、どこの国の王室はエリクサーを強く欲しており、近年では全く手に入ることができないようです。
我が王をはじめ、多くの方が八方に手を尽くしていただいたのですが、エリクサーはおろか、その材料の薬草すら全く手に入りませんでした。
材料たる薬草が枯渇していることが原因で、エリクサーがこの世から消えてしまったことが分かり、結局わたくしはそれを試すことは叶いませんでした」
語るマリアの表情は、どんどん暗くなってゆく。
「また、極秘であるはずの私の体の事を聞いた貴族がいたようです。
私が生きているうちに、魔力が弱いことや命短かきことを隠し、私を他国に嫁がす事で、私を商品のようにすこしでも利益とすることを考えていたようです。
魔法が使える者は、どの国においても非常に価値が高いために、国外に嫁がせることは普通ありません。
もし、うまく魔法使いの子孫を残すことができれば、嫁がせた国の力となり、わが国の脅威となるからです。
わが国は常識ある国であり、私が王族であるがために、そのような子作りだけを目的に、人身売買的な利用はないと考えていたのです。
王は多くを私には語ってくれませんが、その、ある一部の貴族が他国と結託して、断れないような条件を付け、王に強引に話を持ち掛けているようです。
このまま何もできずに時を過ごし死を待つか、残されたわずかな時間を繁殖牝馬のように子を産ませるだけに他国へ渡すか迫られた王は、父としても苦悩しました」
ここまで、うつむき加減であったマリアは顔をあげ語る。
「そして、王の出した結論は、私を治す可能性がある薬草が存在するかもしれない異次元に、私をそっと逃がすことにしました。
たとえ、治すことができなかったとしても、王室に残された人生を縛られ続けるのではなく、残された時間を自由に生きることを私に与えてくれたのです。
王は国の宝物殿に1組残っていた次元を移動できる秘宝を私に与え、それを使い私はこの世界に来ました。
王は、父は私にこっそりと教えてくれたのですが、先日王にお告げみたいなものがあったようです。
それは、宝物殿に隠されている秘宝の事であり、誰も知らないその秘宝の使い方と、それを2日後に私に渡すこと。
それで、私が生き残ることができる、遠くの見知らぬ地に旅立たせられるという事でした」
「お告げを受けた父が、こっそりと宝物殿を調べると、そこにお告げで秘宝といわれた石が見つかりました。
すでに自分が娘にできるすべてを試した王は、そのお告げが唯一の残された道を示しているという予感がして、それに賭けてみたようです。
最後まで夢か幻かもしれないがね、と言ってましたが、父である王はそれを信じてみたいと話してくれました」
「父の予感は良く当たるのです。 それで、これまでも国を救ってきました。
そして、今回のお告げの予感も当たったようで、私はこの世界に来ることができました。
あとは、薬草で私の病気を治すことができれば、王の望みはかなったことになります」
マリアの重い話を聞いた俺たちは、少し黙り込んでしまった。
皆さんいろいろ思うものを抱えながら来日したようですね。




