1-06-02 踏んじゃった
サリーが登場する土曜日の朝から、すごく長い時間を過ごしたように感じますね。
でも、まだ月曜日の朝なんですね。
当初の予定もあるのだが、サリーと長い休暇を2週間、このままだらだらと過ごすのも悪くないな、なんて思っていた。
サリーは部屋の中のソファーにチョコンと座り、昨夜いっしょにコンビニで買った何冊かの雑誌を目の前に並べ、写真が珍しいようで真剣に眺めている。
スレイトの翻訳機能はすごいもので、雑誌の日本語も普通に読めるようだ。
俺の知識をベースに翻訳されているので、俺が読めるものであればサリーも同じように読めるってことだ。
まあ、何も翻訳機能だけがすごいってわけではないがね。
1ページずつ、それも隅々まで、書いてあるすべてをまるで暗記でもしそうな雰囲気で読み込んでいる。
ブランチ後からすでに1時間以上読み続けなので、少し休憩させた方が良いかと思い、声をかける。
「何か冷たいものでも飲むかい?」
俺の呼びかけに、ハッと気がついたように顔を上げ、
「あ、サリーが持ってくるね!」
そういって、サリーはソファーから立ち上がろうとしたが、その際、思わず小さく「痛い!」と叫ぶ。
サリーは足元のラグマットを覗き込むや、その中から何かをつまんで拾い上げた。
サリーの手を覗くと、その指には白っぽい小さな石があった。
サリーが怪我をしていないか、すぐに足の裏を診てあげたが、少し凹んでいるだけで、特に足の裏に傷は無さそうだ。
普段からよく歩いているようで、足の皮膚は強いようだ。
俺が足の裏を観察しているとき、
「あ、もう一個落ちているよ! 裸足の部屋に硬い石は危ないよ!」
俺が持ち上げていた足をはなすと、サリーは床からもう一個の石もサッと拾い上げ、その2つの石を俺に見せてきた。
何? この石? 以前には床に落ちていなかったと思うが、何だろう?
半透明で、キチンとした角ばった形をしているから、何かのアクセサリーから外れて落ちたのかな?
でも、これって最近どこかでみたような気もするが……?
あ、思い出した!
サリーの出現ですっかり忘れていたが、受け取ったスレイトの黒い袋を開けた時、たぶんコインと一緒に袋からこぼれ落ちた石だ!
袋から出た後に、テーブルから落ちてしまったようだ。
そうだ、あの時は気になったが、サリーの事ですっかり忘れていた。
よく見せてもらおうとサリーに手を出すと、サリーは持っていた2つの石を、どうぞと俺の手の平にコロンと乗せてくれた。
「えっ、慎二! その石、光ってるよ!」
サリーはそう言うが、朝の明るい室内で俺にはよくわからない。
サリーは俺の手の上の光を両手で覆い、少し隙間を作って見せてくれた。
すると、確かに石は半透明で、その中心がボォッと青白く光っているように見えた。
また2つの石の光る明るさは少し違うようだ。
サリーが少し暗くしてくれたおかげで、俺もそれをようやく認識することができた。
「本当だ! 確かにこの石は光ってるな」
俺がそう答えると、サリーはニコッと満足げに微笑み、手の覆いをどかしてくれた。
一度光っているのがわかると、覆いを外しても光はわかるようだ。
「慎二、それさっきより明るくなっているよ!」
言われてみると、2個とも先ほどよりも白っぽく光り出している。 のかな?
なんだ、俺も見えるような気がしたのではなく、さらに明るく光っているから、サリーが手を外しても判ったのか……
しかし、そんなことを思っている余裕はなく、見ている間に石はさらに明るく光りだした。
部屋の周が明るく見えるくらい、それは俺の手の上で強く白い光を発し始めた。
俺はかなり危険を感じ、思わずサリーがいない部屋のスペースに、光る石を投げた!
転がった石は、そこでまばゆい光を発しながら、更に明るさが強くなった石を中心とし、部屋の空間 全体が真っ白く光った。
一昨日のサリー登場の時の事が、デジャヴのように脳裏をよぎったが、それよりも光は強い。
俺とサリーが顔を見合わせると、一瞬、光が縦横十文字に広がると、そして音もなく光はすっと消えた。
気が付くと俺たちは、手で頭を抱えてしまっていた。
強い光で周りが暗くなったように感じたが、少し目が馴れてくると、本当にそこには人がいた。
しかも、今度は二人もいる!
「何か良い香りがするね」
と、香りに敏感なサリーがとぼけた事を言う。
今はそんな場合じゃない!
まばゆく輝いていた光が消えると、二人は はっ と気が付いたように動き出し、二人ともなにか叫んでいる。
一人は重厚なドレス、そう姫様のようなドレスを着て、すこし濃い化粧をした金髪の女性。
サリーが気になった香りは、この人の香水のようで、動くと強く香ってくる。
彼女は、両手で鞄を抱き抱えている。
身長はサリーよりも少し高いかな?
もう一人は何か仕事着のような、厚手で無地のグレーの服を着ている。
姫のお付きの人なのかな?
長いスカートに前掛けのような物をしており、頭には頭巾のような布でできた帽子をすっぽりかぶっている。
肌や髪の毛などを包み隠した服は衛生上の配慮か?
こちらは背が高いスリムな体形で、帽子で顔しか見えないが、雰囲気からこちらも女性と思われる。
こちらは俺とさほど身長は変わらないな。
残念ながら、二人とも何を言っているのかわからない。
念のために、サリーに「お知り合いかな?」って聞いてみたが、首を横に振って、両手はノーのポーズ。
これはどの世界でも共通ポーズなのか?
それと理解できる言葉か? って聞いたが、サリーもわからないらしい。
もしや、もしや と思うが、また違う世界の人たちがここに来ちゃったの?
この部屋の防音性はそこそこ良いと思うが、これ以上室内で騒がれるとちょっと心配。
困ったときは、アーさま頼み!
ポンッ! と現れたアーは、さっそく重厚ドレスの金髪娘に向かってしゃべりかけ始めた。
30秒ほど彼女と言葉のやり取りをしていると、アーから、
『言語の確認及び変換調整が終了しました。
変換を実装しますか?』
アーがそう聞いてきたので、「お願いする」と言うと、
その直後から、ドレス娘の話す言葉が急に聞こえる様になった。
アーが続いてもう一人の背の高い娘さんに声をかけると、彼女は頭巾をはずし、首をぐるっと振る。
すると、どこかのシャンプーのCMのように、中からバサッと長く美しい銀髪が現れた。
化粧こそしていないが、こちらも美しい女性であった。
言葉が解るようになった金髪の姫さんドレスの訴えかけを、まず俺が引き受け、アーは銀髪さんとゴニョゴニョ始めたが、今度は少し時間がかかっている。
時間がかかり、少し苦労したようだが、
『言語の確認と変換調整が終了しました。 フゥー。
変換を実装しますか?』
アーがそう聞いてきたので、「お願いする」と言う。
「今回は時間がかかったようだが、どうかしたのか?」
『こちらの方は、少し離れた次元から来られたようです。
言語の基本的となる言語書式が、慎二の世界とは異なっていたために、前処理用の変換モジュールを挿入し、その後言語変換を実装ました』
銀髪さんの叫びも、普通に聞こえだした。
いきなり言葉が通じたので、二人とも驚いている。
サリーに、二人が喋っている言葉が理解できるのかと確認すると、サリーも今は聞き取れるようになったと言う。
ということは、たぶん全員で話が普通にできそうだ。
しかし、俺が集中して話を聞いていない時には、その時は言葉がわからなくなるらしい。
つまり、俺に中に翻訳機があり、俺が話を聞いて会話に介在するときのみ、互いに言葉が翻訳されるようだ。
あ、それと最初に、恒例ですが、お二人には靴を脱いでもらうことにしましょう。
金髪娘は舞踏会にでも出れそうな、裾の長い姫様ドレスなので、足元の状況はわからない。
職人風の銀髪娘は、革製のぺったりとしたヒールのない底の、サンダルのようなものを履いている。
俺の部屋に、椅子はパソコンラックの前にある一脚しかない
なので、靴を脱ぐ際には、俺のベッドに腰掛けてもらう。
二人とも知らない人の前で靴を脱ぐことには抵抗があるようだが、俺とサリーの足元を見せ、同様に脱いでもらった。
銀髪娘を見ると、サリーが手に持つグラスに目が釘付け。
どうやら現れてから叫んでいたので、喉が乾いたようだ
サリーにグラスを指差し、二人の分を持ってきてと言ってキッチンを指差す。
「オレンジジュースでいいよね!」
オレンジジュースのペットボトルと2つのグラスを持ってきて、目の前でグラスに注ぎ、どうぞと言って二人に手渡す。
じっと見つめていたが、サリーが自分のグラスにも同じものを注ぎ、それを飲んで見せると、二人とも恐る恐る飲みだした。
そして二人共一気にグラスが空いた。
「なんですかこれは! わたくしは、色々な飲み物は飲んだことがありますが、このように甘くて、味が濃いものは初めてですわ!」
「冷たくって、甘くって、酸っぱくって、とても美味ですね!」
お褒めを頂いた。
サリーがもっと飲みますかと聞くと、どちらももちろんという事で、再びサリーに注いでもらう。
この部屋の物は既にサリーがしっかり管理しているようで、この先輩娘は、すでにこの世界に馴染んでいるなと思った。
「まず、気分は悪くありませんか? どこか痛いとか、大丈夫ですか?」
と聞くと二人とも大丈夫という。
「サリーはさっき足が痛かったけどね」
それは、そのおかげで二人が出てきてしまったのだが、今となってはどうでも良い。
ん? この娘たちって、石の中から出てきたの?
ちょっとあわただしくなってきたので、聞きとったことを忘れたり間違ったりしないように、俺は再びノートパソコンを取り出して会話の記録だ。
ふと思い出したのだが、誰かがまた踏むと危ないので、さっき彼女たちを呼び込んだ石を探したが、すでに床から無くなっていた。
ワンタイム型の石なのか?
いよいよ、新たな娘達が登場しました。
残念ながら、サリーと二人の蜜月はおしまいのようです。




