1-06-01 甘美なる朝
二人は新たなる幕開けとなる朝を迎えました。
起きようとするベッドの隣には、1枚のタオルケットにくるまれ、可愛い寝顔を俺にむけたサリーが寝ている。
昨夜までに聞いた彼女の話から想像するに、彼女も、彼女の家族も、日夜ぎりぎりまで、皆が精神的に追い詰められた生活をしていたと思われる。
そんな寝れぬ夜が続いたようであったので、この朝はいろいろな意味で幸せな朝を迎えられたと思いたいが……
若い娘とひとつ屋根の下、俺もどのように生活していけば良いか悩んでいたのだが、一歩境界線を跨いでしまったことで、問題ではなくなってしまった……
これって、本当に問題解決なのだろうか?
いや、確かに同居については、問題? こそ無くなったが、俺はこれからどうしたらよいのだろうか?
サリーを、元いた世界に戻してあげる方法など俺は知らない。
これは、アーにも確認した事だが、スレイトで人間を別の場所や別の次元に送ることは、通常の方法では無理だそうだ。
例えサリーのお父さんが使ったという、通常でない裏技がわかったとして、どこか別の場所へ人間を送ることはできるかもしれない。
しかし、サリーが元いた正確な次元がわからないので、元居た世界に返せるわけではないらしい。
いい加減に別の先に送ると、そこは人が全く住んでいない世界かもしれないし、空気がない場所かもしれないし、とにかく悲惨な結果が予想される。
まあ、サリーも戻れないことを前提に、覚悟した上で、(彼女からすれば、見知らぬ世界に)飛び込んできた。
そして幸いにも、求めるべき物は昨日見つけることができた。
なんてチャレンジャーな娘だろう。 俺にそんなことができるかな?
しかし、たとえ無事にこの世界に着いたとはいえ、サリーがこの後、日本で生きていくには、とても厳しい現実が待っていると考えた方がよい。
なにしろ、この娘には日本の戸籍がないし、パスポートもない。
サリーの世界の事は知らないが、今この日本で、戸籍を持たず、身元を証明できないような人間が生きていけるような甘い世界ではない。
しかし、例え入管法違反で逮捕されても、彼女には強制送還される国などこの世界にはないので、その場合はどうなるのだろう。
この国で生まれたわけではないが、初めてこの世界に現れた場所という意味では、ここ日本こそがこの世界での出生地であり、その場合戸籍は日本になるのだろうか?
それとも、映画や小説に出てくる、裏世界のどこかで非合法な偽戸籍を買うこともできるのかな?
そんなのどこの店で売ってるんだ? 通販か? いくらするんだ? でも、本当にそんなことができるのだろうか?
そもそも、そんな後ろ暗い戸籍を持つことを、この娘は望んでいるのか?
考えていても答えは出そうにない。
サリーから聞いたように、まずは二人で新たな薬草を探す必要はありそうだ。
そうすれば、お父さんに薬草を再び送ってあげることができるかもしれないし……
そういえば、サリーの登場ですっかり忘れてしまっていたが、もともと今回の休みは、俺は出かける予定であった!
それは、この間見つかった薬草に関係した俺の婆さんに起因する事である。
婆さんというと、俺が子供の頃の話を思い出す。
俺は、夏休みの時に何回か、遠くの田舎の山の中にある祖母の家で預けられ、世話になっていた。
とても狭い家だったので、親父は俺だけを置いてすぐに帰って行った。
じつは、婆さんは父に連れて行ってもらった小さな家以外に、山奥にも作業小屋があって、俺もその山にも何度か連れて行かれた。
その婆さんであるが、住んでいる村役場から、長い間連絡がつかなくなっており、村で山の捜索等もしていただいたそうだ。
婆さんの家に親父からの手紙が配達されたことで、その郵便物を見た役場の方から、親父に行方不明の連絡が届いたようである。
その時はすでに秋も深く、またそれまでに何度も捜索を実施されていたので、春まですでに捜索は難しい時期であったとのことである。
親父はすぐに村に向かい、俺から山に小屋があった話は村は伝えてもらった。
その場所を探そうとしたようであるが、婆さんも、その山小屋も見つからなかったらしい。
婆さんの失踪時、俺は受験の時期の真っ最中だったので、気にはなっても冬山に探しに行くことは許されなかった。
そして大学に受かり、雪解けを待って捜索に向かったが、やはり婆さんは見つからなかった。
村の捜索では見つけられなかったという、婆さんの小屋を俺は見つけたが、その周辺で見つけた残留の品が、先日サリーに渡した1束の草のようだ。
ようだというのは、1つの草なのでよく覚えていなかった。
それから学生中には、東京から何度か山にまで向かった。
しかし、すでに普通失踪となる7年間以上過ぎており、戸籍上婆さんはすでに死亡となっている。
社会人となってからは山には一度も行ってなかったので、今回の休みで行こうと考えていたところだ。
どう考えても、俺も既に生存は無いと思っているが、会社に勤めるようになってこれ以上の山への捜索も、多分もうできないと思う。
もしかして遺留品でも見つかれば、拾っておいてあげたいと考えて、最後の山の訪問を計画していたのだ。
更に、今回そこで拾った薬草がもう少し見つかれば、これからのサリーの役に立つのではないか?
すでに送ってしまい手元にないが、あの薬草を縛っていた紙の印鑑は、加納と書いてあった。
どう考えても、あの印は恐らく祖母の印だと考えられるので、何らかの形で祖母が薬草にかかわっていたことは間違いがない。
ひょっとすると、そこが薬草の生育地であり、婆さんがそこで薬草を生産していたのではないか?
ちょっとした希望もあり、あきらめかけた、婆さんの小屋を目指す旅に出ることにした。
そうこう考えているうちに、サリーが目を覚ましたようだ。
その日はすぐにベットからは出ずに、互いに親交を深め合ったあと、朝昼兼用のブランチを作ることにした。
厚切りトーストと、皿にはベーコンエッグとコンビニの密封パックに入ったポテサラを盛る。
ブラックコーヒーとサリー用にホットミルクを簡単に準備する。
肩の怪我が痛むのか? 服を着たがらない彼女に、ゆったりした俺のTシャツをかぶせたら、それは気に入ってくれた。
「慎二の香りがする!」 などと言ってる。
それ、ちゃんと洗濯してあるぞ。
サリーは、久しぶりの素敵な朝の目覚めのようです。
二人だけの静かな朝っていうのは良いものですね。




