9-04-04 島内周遊
「うわっ! 加納さんか? カートの内にいきなり人の声がしたので、ちょっと驚いたよ!」
佐藤が乗ったカートの中に、俺の声がいきなり話しかけてきたので、驚いたようだ。
佐藤は、俺の呼びかけに答えるように話しかけ、互いに会話ができた。
異なるカートに乗った二人であるが、まるで同じカートの中での会話のように普通に話が出来る。
「これって、カートの形状見本ではなかったのか?
駆動系を組み込んでいないけど、たったこれだけの構造なのに、こいつは普通に動くのか? これで本当に完成品なのか?」
「はい、それは完成品であり、バングルを腕に付けた佐藤さんが、カートに乗り込んだ時点から起動しています。
今、私のカートについてくるように指示しましたから、これから島内をすこしご案内します」
「信じられない!
本当に、このカートはさっき俺が組み立てただけの物なのか?
いや、なぜこの薄いシートだけで動く?
これじゃ、この島にうちの車は売り込めないな...」
「そうですね。
この島では内燃機関や電気を使っていません。
ですので、タイヤで走る自動車は1台もありません。
あと、この島にある施設、道路、更には住宅なども、さっき佐藤さんがカートに組み立ててもらったシートと同じ材料で出来ています。
もちろん材料はこのシートでなくともできるのですが、ポリエチレンのロールシートが安くて簡単に手に入り、取り扱いが楽なので、島の様々な素材として使っています。
ちなみにシートは日本の工業製品ですので均一で優秀です」
そう聞くと、佐藤はカートの壁やシートに手を触れる。
「でも、このカートの中は、とてもプラスチックシートの手触りではないぞ。
でも、さっき俺が組み立てた時は、確かにロール状のプラスチックから作っていたが。
ということは、このシートに何か秘密があるのか?」
「ある意味正解です。
このシートの中には、摩導チップと呼ばれる小さなチップがたくさん含まれています。
その摩導チップにより、薄いシートが摩導具となり、沢山の機能を持ったシートになります。
今このカートが動いているのは、地球に対して斥力を働かせることにより、重力に逆らって空中にすこし浮いています。
更にカートは引力で前方に引かれ、後方からは斥力で押されることで、強い推進力を得ています。
まあ、浮かんでいるので、ほんの小さな力であっても動かすことができます。
これは機械的の推進力ではないため、速度はかなり出ますが、現在は設定で最高を時速200キロメートル程度に抑えています。
ちなみにすでに設定最高時速で走行しています」
「その説明が本当であれば、現代の技術の根底を覆すのではないのか?
どうして世間に発表しないのか?」
「この摩導具と言う概念については、研究者たちに対しては既に少しずつ公開を始めています。
ただ、いきなり大々的に世間に発表をすると、受け入れられない人や、摩導具により今の技術が一気に失われてしまうものが出ますので、ゆっくりと時間をかけて浸透をさせる予定です。
しかし、この島は何もない、新たな島ですので、最初から摩導具を標準的に利用するつもりです。
この島では現代生活の基礎となっている、内燃機関と電気によるパワーを極力使わない世界を作るつもりです」
「エンジンや電気を使わないで、石器時代みたいなことをするつもりか?」
「いえいえ、電気なんて一般に普及してからまだ100年もたっていませんよ。
第2次世界大戦のあたりから急速に発達しますが、その当時でも日本では裸電球の時代ですよね」
「内燃機関を使わないってことは、加納さんはエンジン車も否定するのか?」
さすがに車屋さんとしては、加納の発言に大きなショックを受けているようだ。
「そうですね。
限りある地球の天然資源である化石燃料を燃やして、やがて使い切っていくことは、愚かな事です。
化石燃料もしくはそれに代わる資源が新たに補給がされない限り、やがて終着点を迎えることが誰にでも予想されることだと思います。
しかも、それはさほど遠くない未来にです。
この世界は、この百年ほどは産油国や資源を持つ国により、エネルギーという支配や呪縛によりしばられ、多くの搾取がされてきました。
俺は、この国は、現代文明の終焉を少しは延ばしていきたいと考えています」
「それは、今の技術を壊してでも、新しく替われるもあるというのか?」
「実際に、いま佐藤さんが乗っているこのカートはフォースという力で動いています。
まずはこの島では、エネルギーが生み出すパワーではなく、エターナルが生み出すフォースで動いています。
このフォースは宇宙から流れ込んでおり、それを使った社会を作ってみたいと考えています。
まあ、この地球では少し難しいのですが。
俺たちはこの島を、この国を立ち上げているところなのです。
そこでですが、もし今までにないこの技術を信じていただけるのであれば、佐藤さんにも、このカノ島を、カノ国を作る、いやこの世界を変えるお手伝いをいただけませんか?」
「それが、今回俺がここに呼ばれた理由なのか?」
「そうですね。
まだ、お見せしたものはほんの一部でしかありませんが、技術屋さんとしては、既に理解いただけたのではないかと思っています」
「加納さんは、本当に世界を変えられるなんてことが可能と考えているのですか?」
「いや、何も私が世界を変えたいなどと望んでいるわけではありません。
しかし、この島が出来上がる事で、その技術や思想は、これから自然と外部に流れていくことでしょう。
本音を言ってしまえば、今後石油メジャーやその利権を生業としている大金持ちたちの反感を買うことは必至であると考えています。
そのような世界のほんの一握りの人たちの思惑で、この世界は流されています。
そのために、この国はそれら黒い力に対して、常に対抗できうる手段や対策を講じておく必要があると考えています。
中にいると見えませんが、この地球は、他の次元の地球と比較して、とても変わった歴史を進んでいます。
そして、限りある資源を食いつぶすことに対して、あまりにも無頓着であると考えます。
蒸気機関も、電気も、真空管も、トランジスタも発明された当初は、これほどに世の中を変えて成長していくなどとは考えていなかったと思います。
しかし、それらの夢物語を、SFを世の中に語る者がいたからこそ、多くの人たちもそれを夢見て、現代の文明がここまで育ったのだと思います」
「どうして、そんなことが思えるのだ?」
佐藤はかなり興奮してきたようだ。
「今一緒にいるサリーは、地球人ですが、但しこの次元の人間ではありません」
「それって、どういうことだ?!」
「さっき会ったマリアやイザベラも、それぞれ異なる次元の地球人です。
我々の地球ではありませんので、我々が使う電気のように、彼女たちの世界では魔法や摩導具が有る、そう言った次元もあるのです。
逆に彼女たちの世界には電気が有りません。 また石油や石炭など化石燃料を単なる燃料として燃やして消費している次元もありません。
化石燃料はリサイクル、リユースが出来る貴重な材料です。
燃料としての使用は、最後の利用方法だと思っています」
「それより、その異次元人と言うのは本当なのか?
どう見ても普通の地球人に見えるけど」
「宇宙人ではありません。
同じ地球ですが、並行宇宙の異次元の地球なのですが、次元ははるか昔から何度も分裂を繰り返して来ていますので、進化や文化、地球の環境にも差異が出ています。
俺からすると、まだ行ったことが無い外国と変わりませんね」
「そうか、同じ地球なんだよな...
俺は自分では偏見は無い方だと思っていたが、異次元人などと言われると、自分でも身構えてしまった。
確かに、知らない遠くの国と思えば、特にそれほど変な感じではないな」
「ご理解いただけてありがとうございます。
そしてその知らない国からは、俺たちが知らない幾つかの文化や技術が入ってきました。
まあ、鎖国していた日本へ海外からいくつも知らない技術や文化が入ってきたと考えればよいのかと。
最初は、魂を吸い込まれると嫌った写真機もあります。
煙を出す蒸気機関車を町に誘致しないと毛嫌いして時代遅れになった町もたくさんあります。
自分たちにない物はとかく排除されるものです。
新たな文明が必ずしも幸福か?と言われると、俺にはわかりません。 でも、少なくとも俺は今の文明が無い世界に住みたくはありません。
そして、カノ島では摩導具による文明の発達が始まっています。
今は、この小さな島の中だけですので、それを受け入れていくのかはこの世界次第であると思っています。
まあ、化石燃料を使う国が少なくなれば、その分残量は永く持たせることが出来ると思います」
「俺は、自社の車の事しか考えていませんが、加納さん達は、なんか、大きなことを考えられているのですね」
「いえいえ、それは副次的な事で、本来の目的は、彼女たちのような異次元からこの地球に流れ着いた人が暮らしていける為の国を造っているだけです。
ただ、その為に彼女たちが持つ技術も取り入れていると言うだけです」
「あの、俺達のこの地球は、まだ鎖国状態なのですか?」
「いや、当然多くの国の政府は異世界の存在、そう宇宙人や異次元人と言った世界の認識は行われていますが、まだ発表をしていません。
そして異次元人の存在については、我々の国から発表を行う予定です」
「俺、この島に来て、ちょっとカルチャーショックがでかいな」
「まあ、その為に島にまで来ていただいたので、その甲斐があったようですね。
実際に自分が体験してみると、それまで見えていたものが変わって見えると思います」
「確かにそうだな。
実際に自分が体験してしまうと、信じるかなどはすでに遠くの話であり、今はもっと知りたいと言う気になっているな」
「まあ、本音で言うと佐藤さん個人として加わって頂けますと俺は助かります。
何しろ、こちらの技術方面は私が面倒を見てきたのですが、カノ国が動き出してから、思うように時間が取れなくなっており、そこで思い出したのが佐藤さんです」
「確かに面白そうではあるが、まだそれだけで今の会社を辞める事もできません。
加納さんがこの国でされているお仕事などについて、もう少しお話を聞かせてもらえますか?」




