9-01-07 財務大臣・中央銀行総裁会議
国際金融システムの議論を行う財務大臣・中央銀行総裁会議がオーストラリアのシドニーで行われていた。
各国の財務大臣と中央銀行総裁が一堂に会するこの国際会議では、食事会や夜の宴席等、会議以外の各国間のプライベートな顔合わせも大きな意味を持っている。
いや、議場という公の場で語られる当たり障りが無い発言よりも、各国の経済を担う人物同士が、直接プライベートで話すことができる場を作れる事こそが、この会議の大きな意味であった。
そして、今回いくつかの国から、その場を作りたいとされるターゲットとなっていたのは日本国であった。
これは、この会議の主催国であるオーストラリアの若い財務大臣が開くプライベートの昼食会での話である。
「田中さんは財務大臣をされて、2年ですかね?」
「そうですね。Mr.ゴードン。
今回の会議では、主催国としてご苦労様です。
私どもも、国の予算を大きく削り取る大災害がいくつも発生しておりますが、貴国もまた大きな災害に合われお見舞い申し上げます」
豪州の金融相であるゴードン氏は、まだ40代という若さにも拘らず、大臣の中でも特に重要なポストである蔵相になるところから、かなりの切れ者であると推測できる。
「お互い、突然の出費は厳しいですな。
国民は災害復興は国が当たり前のようやってくれると思っているようですが、国として多くの資産を失った事は、損害は国民とともに、その多くは政府がかぶっているわけですからな」
「そうですね。
私どもも経済が停滞していたので、温存された資金はすでに枯渇しており、このような臨時出費が繰り返されると本当に厳しさを感じております」
「そうですな。
でも日本は、最近何か大きなお宝を見つけたと聞いておりますが、とてもうらやましく思っております」
ここで、ゴードン氏はにこやかな表情の中でも、目が笑わなくなった。
「えっ? 何の事をおっしゃってられるのでしょうか? 大臣」
「田中さんは、おとぼけですね。 あの太平洋の小島のことですよ」
オーストラリアの財務大臣は、いきなり具体的な場所に、直球を投げてきた。
「えっ、あのカノ国のことでしょうか?
あそこは独立国であって、私共とは財務的にも関係がありませんが?」
「ハハハ、見かけ上はそうかもしれませんが、あそこは実質日本の植民地ではありませんか?」
「いえいえ、本当に。断じて植民地などという物ではありません。
我が国は純粋に後方支援という立場でお付き合いしているだけです。
とても小さな島ですし、特に何かの見返りを求めているわけではございません」
田中大臣は、最初の小さな島のイメージがまだ強いようである。
現在のカノ島は、8千k㎡よりは狭いが、これは東京都の面積の4倍くらいある。
国としても、シンガポールよりも10倍以上広い。
この大臣は、そのぐらいの認識しか持ち合わせていない人物のようだ。
「いま、あの国の国外にある大使館は、あなたの日本にだけであり、国交や特権などほとんど日本の管理した島といっても良いのではありませんか?」
「いや、そうは申されましても、それを希望されましたのはカノ国側であり、私からは特になんとも申せないです。
それよりも、貴国はカノ国を正式な国家としてお認めになられているのでしょうか?」
「先日からあの島の内容を配信されている内容をご覧になられていますか?」
「申し訳ありませんが、私はあの島にはあまり首を突っ込んでおりません。
どちらかというと外務省があちらとは太いパイプを持っているようですが...」
「先日、配信された島の紹介で、建設中の彫像があったのですが、私どものシンクタンクの分析では、その彫像の材料はすべて純金ではないかという研究レポートが上がっています」
「ほう、黄金の島ですな。 うらやましい」
「いや、これは笑っていられる状況ではありませんぞ。
この報告書が示す内容が非常に重要なのです」
「その像が誰かに似ているとか、そこで偽物の金でも出回っているとかですか?」
「だったら良いのですが、画像から得られた我が国の科学者の分析では、彫像すべてが、かなり高い確率で純金、すなわちで純度が高い24金あろうという結論に達しています」
「その彫像が純金だったら何か問題があるのですか? 何らかの呪いのようなものとか?」
「そうですね。 世界の金融界を金縛りにする、金色の呪いかもしれません」
「すみません。もう少し具体的に教えてもらえませんか?」
「田中さん、あなたは本当にご存じないのですか?」
「ですので、カノ島の件につきましては外務省の管轄でして...」
「Oh、縦割りという日本の文化ですか? いけませんね、それは」
せっかく日本との会談を最初にセッティングしたゴードン氏であったが、この田中という大臣には失望しか感じられなかった。
「であれば、彫像の素材について外務省経由で確認してください。
そして、私にだけその真実を教えてください。 Please」
「Mr.ゴードン。 カノ国の内政の話となりますと、私どもに真実を話してもらえるかはわかりませんが、出来うる限り協力させていただきます」
「Thanks、田中さん。
その結果によっては、我が国もカノ国と友好国を結ぶかもしれません。
カノ国に打診いただく際には、それを伝えて我々が真実を聞きたいと伝えてください」
この食事会は、話はここまでであったが、当然会議中の周辺は各国の諜報活動の場でもある。
何か国かの大臣に、この食事会での情報が漏れたことは明白である。
食事後、財務省の官僚から外務省へ内密な借問が投げられた。
その返された結果を受け、財務省が青ざめたのは、その直後の話である。
豪州の蔵相が心配したとおり、世界はすでに金本位制ではないといっても、いまだ世界の金融に占める金の存在は大きい。
金の埋蔵総量がそれほど急激に変更されないことと、それを互いの国で持ち合うことで、その総量こそが各国の為替バランスとなり、世界金融システムが保たれていることになっている。
しかし、世界で確認されている現在の金の保有量の前提が根底から覆された場合、金相場の暴落は必至であり、世界にどのような金融パニックが起きるかわからない。
カノ国からは金ぴかな彫像としか回答はないが、配信画像から推測される製造現場や、完成した彫像から推測すると、その像に用いられている金は、現在の地球にあると言われる金の総量の10倍以上あるのではないかという、驚愕な報告がなされた。
各国の金の保有量と言うのは、本当に金をどれだけ持っているかは問題ではなく、他国に対してどれくらい持ってそうだと思わせるブラフこそが、互いの為替バランスの基となっている。
豪州はまだ気が付いていないが、カノ国が世界に与える影響は、単に金相場だけではなさそうだ。
外務省から得られた分析レポートによると、石油という資源、電気というエネルギーを根底から覆すことになり、石油メジャーの崩壊をも意味していることが予想されている。
いやはや、よくもこれほどの事が、本当にあの小さな島に隠蔽されているのだろうか?
しかも、このリポートの情報は、すべてカノ国のカオルチャンネルという配信を記録解析したものであり、それはすべて世界に公開されている情報らしい。
今回我々がカノ国大使館に問い合わせて、回答を受けた内容は少ないようである。
外務省や厚労省ではカノ国にすでに人材を送り込んであり、レポートには書かれていないカノ国の情勢をある程度掴んでいるようだ。
しかし、実はすでに以前から財務省も日本銀行を通じ、カノ国とは強いパイプを既に持っていたのだが、この財務大臣はそのことすらも知らなかったようだ。
あぁ、何も隠蔽されていたわけではなく、単なる砂の小島と思っていたので、我々財務省が情報収集を疎かにしていただけか…
私は、遅ればせながら豪州大臣に秘匿回線による電話を入れることにした。
彼らは、既に同じ情報を持っているものとは考えられるが...




