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1-01-02 退職


 ここは山手線沿線。


 夏が近いこともあり、天頂近くからアスファルトを照りつける太陽を遮るものはない。

 照り返しもあり、都内はすでに予報を超えて暑くなっている。

 駅前のビル群を抜けると、高いビルは急になくなり、そこからは閑静な住宅街があらわれる。


 住宅街に入って少しの場所に、目的の建物はあった。

 門から玄関まで石畳が敷かれた、いかにも高級そうな割烹料理店。

 その個室に、今4人の人間がいた。


 ランチ時間帯の駅前の喧騒は嘘のように、この店内には静かな時が流れている。

 上座には、分厚い座布団に座った俺の部の部長と上司である課長がいる。

 部長の前にいる俺の隣には、ぴったりとした黒いスーツジャケットの若い女性が座っている。


 黒塗りの座卓の上、課長の前には俺から先ほど渡された「退職届」と表書きされた、一通の封筒が置かれていた。

 今朝電話をして、部長と課長には無理を言って、会社からは少し歩くが、このお店まで来てもらった。

 周りに社員がいるような場所では、少し話しづらい内容だからだ。


 俺の名前は、加納慎二。

 IT系の企業に入社し、はや4年が過ぎた。

 この1年間担当してきたプロジェクトが終了したのが2週間前。

 今日は金曜日であるが、そこから週明けまで、久し振りの長い有給休暇をもらっていた。

 ところが、まだ休暇中である今朝、俺からの連絡により出向いてみると、いきなり退職届が手渡されたのだ。


 突然の辞表は寝耳に水のことだと思う。

 会社としては、すでに次の業務のアサインも終わっているであろうから、大変な事をしていることは良くわかる。

 何しろ、この突然の退職は俺自身も同じくらい驚いている。



 課長は静寂を崩すように、少し裏返った高い声で、


「加納くん、これは一体どういうことだね?」


 辞表を指さす課長の反応は、概ね予想していた。


「申し訳ございません。

 詳しい話はできないのですが、急遽退職をしなければならない事情ができました。

 ご迷惑をおかけしますが、これ以上は私からは申せなくて」


 そういった後、俺はちらっと隣の女性を見る。


「引き抜きですか?!」


 課長は、すこし強い言い方で、俺の横の女性を睨む。

 女性は、ここで初めて挨拶する。


「わたくし、外務省で特別外交を担当しております、西脇と申します」


 そう言って、首に下げたIDカードの紐を引き伸ばして、チラリとみせる。

 名刺は出さないようだ。


「ど、どういった、お知り合いかね?」


 外務省と聞いて、課長が怪訝そうな顔で俺に聞いてくる。

 答えようとする俺を手で制し、彼女が応える。


「加納様には、私どもの都合で、急遽お手伝いをいただくこととなりました。

 御社にも、加納様にも、ご準備いただく時間がございませんことをお詫び申し上げます。

 本案件は機密案件であり、これ以上お二人にはお伝えすることはできませんのでご了承ください」


 若い娘からの一方的な言い方に対し、部長がちょっとムッとし、威圧するような表情で、


「君は何を言ってるのだね!」


 少し凄んで、大きな声をあげた。


 すると西脇嬢の横の開き戸がすっと開き、黒服、黒眼鏡、耳にレシーバをつけ、手には特殊警棒のようなものを握った、ガタイの良い2人の男が部屋に入ってきた。

 男たちは動作こそ物静かだが、二人ともいつでも制圧ができるように、前の男は部長から視線を外さず、後ろの男も中腰で、後ろと周辺をゆっくりと警戒しながら身構えている。

 二人ともサングラス越しだというのに、視線が突き刺さるようだ。


「何か問題発生ですか?」


「いえ、大丈夫です。 しばらく下がっていてください」


 西脇嬢が事務的に言うと、後ろにいた男は襟元のマイクにボソボソと話し、部長への目線を切らさずに軽く頭を下げ、前を向いたまま振り返りもせずに、すっと部屋から消えた。

 戸が閉められても、張り詰めた空気はしばらく残った。


 ついさっきまで、襖の外には人の気配などは一切感じられなかった。

 部長の声に反応して、すぐに中に入ってきたということは、部屋の中の状態は最初から彼らに監視されていたようだ。

 部長はさっきまでの居丈高はどこへ行ったか、青い顔で黙り込んで、少し震えている?


「あのー、何があったのでしょうか?」

 静まりきった場を取り繕うかのように、赤ら顔の課長は恐る恐る西脇嬢に問いかけた。


「先程も申し上げましたとおり、機密事項にあたりますので、その類のご質問にはお応えできません」


「そ、そ、それでは、加納様はいつ退社なさるのでしょう?」


 ププッ、課長、へんな敬語になってる。


「今、この場でお願いします」


「へっ!?」


 俺も含めて、みんな驚く。


「あの…、引き継ぎが……」


 と、課長が言いかけた時、部長の携帯電話が鳴った。

 懐かしい2つ折りだが、未だに現役のようだ。

 部長は電話を無視しようとしたようだが、着信の表示を見ると、あわてて電話を取り上げる。


「すみません。うちの社長からです」


 そう言うと、口元を押さえながら後ろを向いて、いそいで電話にでる。


「社長、今取り込み中でして……」


 社長は、電話口で大きな声で叫んでいるようで、部長の携帯電話からここまで社長の声が漏れ聞こえてくる。


「いま内閣府から、加納とかいう君のところの社員について連絡があった!」


「内閣府?ですか?!

 今こちらは外務省の方とお会いしているのですが」


 隣にいる西脇嬢は、俺の耳そばで小さな声で


「宮内庁は内閣府に属しています。 同じ案件です」


 と教えてくれた。

 今回は外務省ではなく、宮内庁経由で内閣府も動かしたようだ。


「多分、君と同じ件だ。

 この件はわしが社として預かるから、君は後の処理を手伝ってくれたまえ!」


「あっ、社長!」


 社長はそれだけ言うと、一方的に電話を切ったようだ。

 ちょっと呆然としている部長に、西脇嬢は隙を与えず、


「社長様を通じ、御社にはすでに御了承をいただけたものと思っております。

 今のお電話で、お二方にお手伝いいただけるよう御指示があったものと思います。

 よろしかったでしょうか?」


「あのぉ……

 加納君には、まだ業務の引き継ぎがあるので、すぐには無理ですが……」


 少しごねた口調で割り込む課長に対し、西脇嬢はそれを完全に無視し、


「私どもの調査部からは、加納様のお仕事はすでに一段落されているものと確認をしております。

 本日部長さまにご同席を頂きましたのは、齟齬があとで発生しないよう、直接お会いしての最終的な確認と考えております」


 課長に、俺はそんなこと聞いていないよと、口元で手を横に降る。

 西脇嬢は部長に向き直り、


「この後、御社における加納様の全ての記録及び在籍を示す残存物を抹消させていただきます。

 作業には当方の専門チームがあたりますので、部長様は明日土曜日の0900にお立ち会いください。

 作業自体は私どもで全て行いますので、その場にお立ち会い頂くだけで結構です」


「そんなことをいきなり言われても、会社や私にも都合が……」


「御社の社長様から、ご手配は済んでいると思います。

 本日深夜から土曜・日曜は緊急ビルメンテナンス工事となり、同期間中はビル全館の立入禁止の指示が出ると思います。

 部長様からも、泊まり残業や明日以降の休日出勤は禁止するように、再度指示を徹底してください」


 さらに、西脇嬢は続ける。


「課長さんと部長さんには、この後私どもの機密漏洩対策担当からレクチャーを受けて頂きます。

 ご協力お願い申し上げます」


 そう言った後、少し首を傾げ耳に手を当て、小さな声で「了解」という。

 どうやらレシーバに情報が入ったらしい。


「あ、先ほどの会社通達ですが、すでに処理いただけたようです。

 御社の社長様は、なかなか行動が早いようで助かります」


 褒められたよ、社長!


「政府ぐるみだなんて……  いったい……」


 課長が下向いてぶつぶつ言ってる。


 課長すみません。

 西脇嬢は、さらに続けて、


「加納さまが退職されるという噂が社内に流れてしまいますと、社員の方々は加納様に対して今までになく関心を持たれると思います。

 そうなると、機密漏洩対策が大変難しくなります。

 今回は加納様が長期休暇中という良いタイミングでしたので、このまま静かに消えてもらいたいと考えております」


 更に続く


「すでに社長様からの指示で実行されていると思いますが、加納様の退職給与等はすみやかにご清算ください。


 明日には、御社内の記録抹消を開始したしますので、税金関係、保険関係など役所への退職届けを本日中に行ってください。

 その後、週明けまでには、すべての役所の記録抹消作業を行ないます」


 西脇嬢は続けて、

「社内に残っている加納さまの私物はつきましては、私どもで明日引きあげます。

 机やロッカーなど、物的な痕跡もこちらで処理を行います。

 それに伴い、一部内装や室内レイアウトも隠蔽のために変更させていただきます。

 部長様には、お立会いと最終的な確認をお願いします」


 ここまで、ほぼ一方的に喋った西脇嬢だが、だいたい伝達が終わったようだ。


「私達はこれで失礼いたしますので、あとはごゆっくりお食事ください。

 こちらの支払いは、私どで済まさせていただきますので、ごゆっくりと」


 と言って、俺を目で促し立ち上がる。


 さらに個室を出る際、


「今回の隠蔽処理が完了するまでの間、機密が漏えいしないように社長様とお二人には当方の職員が付き添いますので、くれぐれもお早い対応を頂けますようお願い申し上げます」


 入れ替わりに、さっきの黒メガネの職員2人が入ってきて、目線はそらさないが西脇嬢に軽く頭を下げた。


 可哀想に、せっかくの高級なランチも黒メガネの監視付では喉を通らないだろうな。


 俺は、戸口で最後に深々とお辞儀をして部屋を後にした。



 辞める時って、いきなり来るものなのですね。

 西脇さんですが、普段は唯華とか呼んでいますが、この場ではちょっと固く西脇嬢と呼んでみました。


 今回のお話も、本編に登場するのはしばらく後になります。 そう物語で2週間後ですね。

 でも、これからの2週間、慎二にはたくさんの経験をします。

 ですので、この続きは、しばらく待ってくださいね。


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この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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