7-05-01 特別通商条約
独立宣言を行った俺たちは、カノ島の開発を開始した。
開発を開始と言ってもカノ島ではまだ何もない。
いや、島の周りには大量の海水はあるのだが、飲料水すらない。
摩導ベインが取水を開始していないので、給排水すら出来ないのだ。
これらについては、これから準備すべきものだ。
しかし、島で生産できずに、生活するうえで必要なもの、消費し不足する物資については島外から輸入する必要がある。
これから国として機能する為には、他の国との国際貿易を開始する必要がある。
カノ国独立宣言の後、唯華と俺はカノ国が存続するために重要となる、日本国外務省との間でいくつかの条約の取り交わしを行ってきた。
その中の重要な一つとして、特別通商条約の取り交わしがある。
日本国はカノ国の発展を支援するため、通商や防衛において、特別に優遇をする取り決めを結ぶものであった。
これは対等な条約と言うよりも、新たに出来たカノ国を、独り立ちできるまでの間、日本が保護して付き合ってあげるよと言う、いわば親子のような関係だ。
この取り決めでは、以下のようになっている。
・カノ国が、通商や国交については日本国1国に限定する場合、日本国はカノ国に対しブロック特恵関税制度を適用する。
・カノ国が、第三国との通商や国交を行うことに対して、日本国を経由して行うものについては制限を設けない。
・ブロック特恵関税制度を適用する二国間の通商に対しては、関税並びに動植物検疫を一切免除し、日本国内取引に準じた法律を適用する特恵国と認定する。
・カノ国以外の国民が二国国間を移動する場合、保安上、日本国における出入国の手続きを必要とする。
・カノ国の発展において、日本国以外との通商が必要となった場合、本特恵特約は失効し、普通取引に移行する。
これは、カノ国の自由な貿易や行動を制限するものであるが、言ってしまえば現在の名古屋に拠点を構えた状態をそのまま発展させたことになる。
カノ国への出入口が、必ず日本を経由したものとなり、第三国への貿易も日本を通じて行う事に成る。
カノ国としては、入国管理などに裂く人材や設備がなく、また日本との間で移動の度に関税が発生しないこの条約は、我々にとってメリットが大きい。
本来カノ国で行う必要がある入出国の手続きを日本側で行ってもらう事で、簡略化する事に成る。
当面は、日本国の庇護のもと、カノ国の発展は行われることになる。
しかし、この日本国との取り決めを行っている際に、少し難航した部分として、国籍の取り扱いの問題があった。
こちらとして日本からの人材が欲しいが、日本では成人の二重国籍を認めていない。
外国の国籍を取得すると、日本国の戸籍を失う事になるので、カノ国民になる事は日本国籍を離脱する事となる。
日本国籍を失うとなると、そこまでの決心はかなり重く、カノ国としては人が集めにくい。
もっとも、俺たちはすでに日本国籍を抹消されてしまっているが...
そこで、この問題については、1年間以内に日本に一度帰国することを条件に、カノ国の国籍に加えて日本国籍を維持できる特別な扱いをしてもらえることとなった。
逆にカノ国には一年以上の連続した滞在が出来ないと言う事が二重国籍を許容する妥協点となった。
二重国籍の人がカノ国へ出国する際は、日本国のパスポートに専用の出国スタンプが押される。
そして一年以内にカノ国から日本へ帰国した際に、出国と対になる入国スタンプが押されることで、日本との国籍を維持する。
但し、日本に戻らずに、カノ国から直接第三国へ出国した場合は、この取り決め自体が失効し、日本国の国籍は無効となるため、注意が必要だ。
まあ、当面カノ国から日本以外の海外路線は持つことは考えていないので、今すぐ問題は考えにくい。
今は公館である拠点から摩導コンテナで直接カノ島に出入りしているが、これは公館内がすでにカノ国となる為に特別枠であり、存在すら秘密である。
一般の人が公式にカノ国に出入国するために、航路や空路を設ける必要がある。
そこで、今回その正式な出入国が行えるための交通手段についての取り決めを行う事も行われた。
カノ島への移動手段について、船舶では時間がかかりすぎるので、航空機においての移動方法を選択することとなった。
また、出入国手続きの管理や、滑走路や採算性などから、まだ民間の航空路線を置くことは難しい。
その為、当面は日本国の航空自衛隊の協力により、輸送機や多用途支援機などによる定期便の運用をお願いする事に成った。
これにより、公式にカノ島へ行く場合、名古屋のカノ国大使館で入国ビザの発給を受けた後、同じく愛知県の小牧市に有る航空自衛隊の小牧基地からカノ国に飛び立つことになる。
そして、小牧基地で行われる出入国手続きにおいて、例の国籍維持の専用スタンプが押されることになる。
近年の空港では出入国の手続きは自動化され、出入国審査でパスポートにスタンプを押さずスキャンだけでも済む。
カノ国への出入国は、自衛隊基地において、外務省から出向した担当官による審査が行われ、出入国のスタンプが押される事になる。
しかし、その大前提としてこれを運用するためには、カノ島側に空港建設が必要となる。
さらに、使用する機体の航続距離を考えると、小型機の場合は片道分しか燃料が持てないので、帰りの給油をカノ島で行う必要がある。
その為に、空港には航空燃料の給油設備が必要となる。
カノ島ではガソリン系燃料を使用しないので、この空港専用の燃料基地の建設と燃料の輸入が必要になる。
大使館や空港設備などが完成した後、正式な国交が可能となり、それが出来ないと絵に描いた餅となってしまう。
国交一つ考えるだけでも、施設やシステム、そしてそれを運用する法律や人が必要で、とんでもなく大掛かりな作業が必要であり、一筋縄ではいかないと思ってしまった。
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その名古屋の拠点では2つの施設を作っていた。
1つは倉庫で、日本国内で調達した商品を、カノ島へ発送するために一時的に収納する倉庫である。
ここの倉庫は領事館内に置かれた特別な倉庫で、カノ国への輸出用の商品倉庫であり、日本国内でかかっている消費税は免税となる。
この倉庫に納品された時点で、カノ国への輸出とみなされ、消費税が還付される。
将来的にカノ国から輸出が始まった場合は保税倉庫となり、そのまま第三国への出荷される場合の経由地となり、日本での課税はされずに海外へ輸出が行われることになる。
その為に、この倉庫は厳密に管理されており、倉庫内の保税区域に許可を持たないものが立ち入ることは出来ない。
また、この倉庫の2階はカノ島へ商品運搬や移動する為離発着する摩導コンテナのターミナルになる予定である。
摩導コンテナの離発着はすぐに始まる予定なので、一番最初にこの作業にかかってもらった。
また、重要な施設としてカノ国の大使館を拠点内に設ける事を考えている。
この大使館であるが、こちらは唯華の希望を入れた設計を水谷さんが行った。
また、室内のデザインは服部さんが係っている。
この大使館はカノ島開発と同時に進行する必要があるため、水谷さんと服部さんはカノ島に行く余裕が無く、拠点での作業を続けてもらっている。
最初に拠点の空き地に摩導シートを敷き基礎を作る。 それにより、建物の位置と道路と駐車場を配置する。
そして、水谷さんが引いた設計図を基に、水谷工務店さんの息子さん達は摩導シートの上にキューブを積み込んでいる。
この上に、建物床形状に合わせて1メートルサイズの四角いキューブを積み上げていく。
最近ロール状の摩導シートを貼り合わせ、四角い摩導キューブを作る為の装置を作ったので、どんどんできてくるキューブを置いていくだけの作業である。
その配置についても、摩導力による吸着を使うので、大体の位置に置くとキューブはきちんとした形で結合していく。
建物の外形に合わせて積み上げるが、この際は建物の内側もすべてキューブで埋めていく。
空の段ボール箱を積み上げるよう、軽い四角いブロックはどんどんと積みあがっていく。
1日もあれば5階建て分の摩導キューブが積みあがった。
だんだんと高い位置への積み込みになるが、水谷さんには新たな安全装置を渡してある。
これは、摩導安全帯と呼んでいる腰に幕ベルトであり、現在の高さを覚えるとその高さより低い位置に下がることが無い。
設定することで、地面の高さがその位置のようになり、それ以下に落下することが無い。
また、摩導バングルの操作で上下を移動することが出来るので、何処でもエレベータに乗ったように上下に移動する事もできる。
このベルトは実際に拠点で用いている摩導エレベータと同じ原理で動作している。
キューブを運ぶ作業中は両手が塞がっていることが多いので、摩導バングルに話しかけても良いし、上や下を見ながら高速に何回か瞬きをすると上下するアイコンタクトで移動できる。
空中に浮いて作業が出来ると、落下事故と言う概念が無くなる。
とにかく作業中、安全には気を付けてもらいたい。
全体が積みあがると、後は摩導バングルで建物としての外観や内装を摩導バングルで設定していく事で建物として仕上げていく。
積み上げは単純作業で置いていくだけなので早いが、この作業は個別に作業となり、かなり時間を要する。
内側のキューブは希薄化を行う事で、中に入ることが出来る。
空間からは消えたように見えるが、実際にはそこのキューブは存在するので、後で内装を変更する場合であっても自由にできる。
今回1メートルサイズのキューブを用いたので、この建物の内装は基本スパンは1メートルで室内として設定していく事に成る。
これで、倉庫と大使館としての箱が出来上がった。
当然中身も必要なので、実際に活動が始まるまでには、いろいろ什器も必要となってくる。
時間があればパラセルからアンティークを選んだり、摩導具で作る事もできるので、最初にビザ発給の来客が考えられる部分についてのみ、取り急ぎ事務家具を購入する事にした。
カノ国として、日本側の施設は出来上がりつつあった。




