7-01-03 実況解説
カオルチャンネルで、船上でのライブ配信による会見発表が始まった。
ネットキャスターの西野薫の司会による放送である。
いつもであれば、皆さーん! こんばんは。 カオルチャンネルライブのお時間です! といった、気軽なトークをする薫ちゃんであるが、今日はいつもと違ってまじめな雰囲気でカオルチャンネルが始まった。
「皆さん今晩は。
この時間のカオルチャンネルは、本日発見された新たなる島について、その状況をお届けします。
こちらは、時差の関係で日本より2時間ほど進んでおり、そろそろ周りも暗くなり始めました。
今、私は発見された島の沖に停泊しています、観測船 第三調洋丸の会議室からお届けしています。
本日発見されました新島につきまして、カオルチャンネルのライブ配信および録画編集でこれまでお伝えしてきました。
「私は地球科学を研究しています岡野と申します。 このたびの新島発見に際し、まずはお祝い申し上げます」
岡野教授は、石崎教授から紹介された国立大学の教授であり、我々と関係を一切持たない第三者として今回の発見に同行頂いている。
船のミーティング室に乗船した人たちが集まり、ホワイトボードの前には岡野教授と薫ちゃんがいる。
教授の前にある家庭用ムービーカメラは、三脚で固定されて正面向けて撮影している。
さらに部屋の横からは、フランスのニュースメディア配信会社の人たちが、教授と私を撮っている。
三脚カメラは実はダミーであるが、その映像はカメラの後ろに置かれたモニターに映し出されている。
しかし、本当の配信映像は小さな摩導ボールカメラからの映像で行っている。
それを、薫ちゃんは腕にはめたバングルで操作しており、教授達には正面のカメラで放送されているように見せかけている。
こちらのカメラは、薫が出す指令によりアーが操作している。
ボールカメラの摩導通信で受け取った動画を、アーが編集し、全世界に配信さる仕組みである。
ボールカメラは室内に何個かあるが、今は正面カメラにくっつけた球体カメラの画像を使っている。
プロであるフランスのテレビスタッフの人はライブ配信画像におかしいことに気が付くかもしれないが、彼らが持ってきている衛星インターネット回線装置を今は送信用にチャンネルをすべて割振っているので、ライブ配信のチェックはできない。
中継はまずは岡野教授の簡単な挨拶から始まった。
「先日、私は今回の新島を発見するというプロジェクトの海洋調査の依頼を受けました。
この調査に参加させていただくまでは、この科学文明が発達し、地球規模での海底調査や宇宙空間からの探査などにより、もはや地球上に未発見の島など有り得ないものと固く信じておりました。
そして、このプロジェクトはテレビバラエティ番組の未確認生命やUFOといったおふざけかと思い最初は辞退を検討しておりました。
しかし、私と同様に地学に永らく携わってこられた教授から頂いたご依頼でしたので、今回この第三調洋丸に乗船した訳です。
結果として、私を推して頂いた教授の慧眼には大変感謝しております」
そういうと、教授はカメラを通してここにはいない石崎教授へ頭を下げた。
「まずは、本日発見されました島の状況を纏めましたので、そちらの映像をご覧ください。
映像の解説は、本日観測隊に同行され、実際に観測を行ってきた、地球科学を研究していらっしゃる岡野教授にお願いしたいと思います」
「はい。
まず最初に私どもが採取したデータは、学会への発表前であり、大変貴重なデータであり私としてはまだ解析を続けて発表を控えたいのですが、このデータは今回のプロジェクトの主催者に権利が有りますので、先ほど中継いただいておりますカオルチャンネルの海洋調査隊のページに公開をいたしました」
その言葉を聞くと、薫ちゃんは画面下に準備したWebのURLのテロップに切り替えた。
このバングルは、一人で配信ができて、とっても便利にようである。
教授にはこの放送直前まで、公開することを待ってくれと強く頼まれたが、このデータ公開は乗船前に何度も教授に念を押したことで、いかなる理由があろうが発見されたすべてのデータを遅滞なくカオルチャンネルから世界に公表する念書が取り交わされている。
念書は、この岡野教授は手柄を独り占めする噂が絶えないので、そこは最初にきっちりと契約しておけと石崎教授から言われたのである。
この岡野教授は石崎教授からの紹介ではあるが、どうやら石崎教授からは、最初からあまり信用はされていないようだ。
俺達の立場を隠ぺいすると言う観点から、その方が都合が良いようだ。
昼間の映像に合わせて、岡野教授の説明が始まった。
「はい、まずこの島の形状ですが、この上空からのドローン映像のように、ここは細長い砂丘が南北に延びた島です。
島の東端に高さが海抜50メートルの小高い丘が数キロ続いており、その丘の東側は少し切り立って下は岩が露出した海面となっており、西側は砂浜が島に沿って1キロメートルほど広がっています。
この砂丘の丘が島の東端と言う事に成りますね。
海に見える岩礁と同じような物が、この砂丘の下にも有り、西から東へ流れる海流がここに砂を運び、その岩礁を覆うように西側方向に砂が堆積したような感じですね。
ですので、岩礁を覆い隠すような被服砂丘がここに出来上がったものと考えられます。
まず島の地表面についてですが、島となってまだ新しいのか、今回観測された全域に渡り植生は認められず、ましてや小動物や海生生物の存在も確認できませんでした。
まあ、今回人類が上陸したことにより、人に付着していた草など植物の種子が拡散した可能性はありますので、今後草なども生えてくる可能性はあります。
しかし、島全体が水を吸収する砂による台地ですので、今回島をすべて観測しましたが、川や泉など水の存在は見つかっていません。
更に地面自体に保水力が有りませんので、植物の生育環境としては大変厳しい物が有ると思われます」
「と言う事は、無人島にヤシの木が生えることは無いのですね?」
「ははは、無人島と言うとヤシの木と言うイメージが有りますが、流れ着いたヤシの実から、長い年月が過ぎれば生えるかもしれませんね。
何か所かの地面を掘ってみたのですが、1メートルくらいまでは砂のみで、砂の中に石や貝などは発見できませんでした。
ですので、生活できる水や食料の面からかなり難しいと想像されますので、ここでの無人島暮らしは難しいと思いますよ。
続いて、観測船による島周辺のソナー探索ですが、海底はこの丘を中心に隆起していますが、特に周囲に火山体は認められませんのでした。
自然隆起であると考えられますが、この周囲の過去の海洋調査ではこの周囲に他の隆起の観測は認められていませんので、造山活動については今後の調査が必要となります。
ただ、この海域は一般に深海と言われる水深二百メートルをはるかに超え、水深二千メートルありますので、詳しい調査は難しいと思われます。
また、無人深海探査艇の調査では、この島周辺の海底には特に目ぼしい反応はありませんでしたので、資源的には特に面白そうな物はなさそうです」
「岡野教授。 解説ありがとうございました。
教授、いくつか質問よろしいですか?」
「はい。 なんでしょうか?」
「教授、まずこの島の位置について教えてください」
「島の位置ですが、ここは東京から東南東に2000キロメートルを超えた場所。 奄美大島と同じくらいの緯度です。
ここから一番近い島は日本の東端とされる南鳥島であるが、そこからでも900キロメール程離れており、どこの領土にも属さない海域です。
地図で見ますと、日本以外では米国領となるウエーク島というのが一番近い島で、それでも1100キロメートル以上離れていますので、まさに絶海の孤島という島ですね」
「大きさはどれくらいですか?」
「島の大きさですが、海上に露出した砂浜が主ですが、干満平均時の最大範囲として南北に約10キロ、東西に1km、南北に細長い半月状の島です。
面積で、15㎢、島の全周で22km程度といった小さな島です。
これは、今回調査の干潮時と満潮時の、上空からのドローン撮影による画像からの計測です。
これは干潮時の写真ですので、この写真が島の最大サイズであると思っていただいてよいと思います」
「ちょっとピンときませんので、いま日本の島を面積で検索しましたが、瀬戸内海にある豊島というのが比較的面積が近いようです」 と、薫ちゃん。
「そうですね。 でもこの島は形状がものすごく細長いので、豊島よりは使いにくいかなと思います。
島の西側にできている海岸は、沖合に向けて非常に緩やかに続いているので、写真のように干潮時にはかなり沖合まで海水面から露出しています。
また、島の東端には起伏が南北に形成されており、東側はほぼ南北の海岸線に沿って丘は急角度で海にまで降り立っています。
標高を計測する正確な基準点がまだありませんので、今回発表した数値はGPSによる簡易計測による高度です」
「私も歩いてみたのですが、島の一番東端には鳥取砂丘の馬の背みたいな感じで、丘と言ったくらいの山があり、私でも歩いてすぐに登れる高さでした。
てっぺんまで登ると、向こう側はすぐに海でとってもきれいでした。
この丘の上から見渡すと、裾野の幅は西側に百メートルくらいで、西に向かって緩やかに下ってました。
また、南北には数キロメートル続いているようです。
山の向こう側はすぐ海で、島はここで終わっていていましたね」
「上陸前に1週間かけて調査船のソナー探査で調べた結果では、この島を中心とした直径百キロメートル程度の円状の浅瀬になっていました。
島の東側の山の向こうは浸食により崩壊し、海面下は岩礁になっているようで調査船はあまり近づけませんでしたが、こちら側も浅瀬になっていると思われます」
「島は狭いとはいえ、そこそこ面積はありますよね。
これまで今までよく発見されませんでしたね?」
「先ほど言いましたように、浅瀬に近づくと船舶は座礁しますので、大型船などはこの島を中心とした100キロ程度の範囲は海底の浅瀬により航行ができません。
そのため、長らくこの海域は船舶調査がなされてこなかったものと考えられます。
今回私どもの調査船により、島周囲の海底調査を行いましたが、通常航行の範囲からでは肉眼で島の観測はできませんでした。
上陸には座礁しない安全な水深が取れる距離まで島に近づき、観測船に搭載した上陸用のボートを用い、島の西側から浅瀬へ上陸しました」
「飛行機はこの島の近くを飛ばないのですか?」
「長距離を飛行する飛行機の場合、特にこのような給油地がない太平洋上を飛行する場合、最短距離で飛べる用に飛行航路は決まっています。
それで、この付近に航路は通っていなかったのではないかと思います」
「でも宇宙からの監視衛星はどうなのですか?」
「浅瀬の影響なのか、この海域には上昇気流が発生しているようで、私たちがこの海域に到着したときも島の上空高くまで積乱雲が発生していました。
富士山の上にできる傘雲のようなのが、この海域にスポット的に発生して島を隠しているようです。
この場所の衛星写真を見ると、最近はほとんどの写真も雲により、下に有るはずの島が隠れています。
また地表からの熱気流で空気の密度が異なる層ができているようで、赤外線撮影でもここはうまく映っていないようですね。
積乱雲の下は悪天候であった様で、我々の観測船は波が落ち着くまで1日ほどを外洋で待機していました」
「なるほどですね。
それでたまたまこの現代でも発見されなかったのですね。
ところで、島の東側が浸食されているとのことですが、どうしてこのような形の島ができたのでしょうか?」
「簡単に説明しますと、この太平洋の下には大きな太平洋プレートというものがあり、プレートの西側は日本方向へ流れており、その端は日本海溝に潜り込んでいます。
プレートと呼ばれていますが、一枚板ではなく、場所により幾つもの層があり、ちょうどこの島の位置で性質が異なる層がぶつかり合っていたのでしょう。
プレートが押されるとき、弱い層、柔らかな部分に力が集まり、そこが盛り上がります。
プレート内部のこの島の海底が盛り上がり、山なりのお椀状に海面にまで持ち上がったと思われます。
まあ、海底面に出来た皴がこの隆起の正体でないかと想像しています。
隆起した島を中心に、約100キロの程度の範囲で、緩い傾斜のプレート隆起が発生したと考えます。
山の東側にあたる部分は、脆い地層であったため、長年の海からの浸食により、地層を形成していた岩盤は崩壊し、水没したものと考えられ、山の東側は垂直に切り立った崖になったと考えられます。
そして、島の西側では固い岩盤層は残り、その上に東側の浸食で出来た砂が堆積し、遠浅の砂浜が形成されたと考えます。
今回の上陸の調査において、山の頂上付近では岩盤が露出している箇所があり、地層のサンプルから、両方の成分がそれを示していました。
帰航しましたら、サンプルの年代鑑定を行う予定です」
これが島の成り立ちについて、観測に基づく現時点での私の推測です」
まあ、真実とは全く違っていますが、これが教授が出した結果のようです。




