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6-04-06 帰化


 悩んでいたジャンヌから、その心の内が聞こえてきた。


「あれ? ジャンヌさんはそんなことを心配してたのですか?

 ここでは今のところ国からお給料が出ています。

 基本的に自由経済ですが、まだ民間企業などはありませんので、今のところすべてが国営と言っても良いかもしれません。


 私たちの国は衣食住など基本的な事はほとんどは気にすることは無いのです。

 個人へのお給料としてはさほど大きくありませんが、パラスと言う摩導通貨で払われます。


 これは、この世界で言う電子通貨みたいなもので、紙幣や貨幣と言った現金はありません。 その摩導バングルや摩導リングを介して使用します。

 ジャンヌさんのお仕事であれば、これまで沢山のお金を稼いでおられると思いますが、フランスフランによる沢山の給料が欲しいのであれば、私はお勧めしません。


 それと、この国から出国する事など、個人に対する行動に対する制限はありません。 今のフランスと同じですよ。

 ただし国から出る時は、自分の貯めたパラスを使って国外へ旅行されることになります」


「わかりました。 では、私にも摩導バングルをいただけますか?」


「摩導リングでなくてよいのですか?

 こちらは今付けると、自分で外せなくなりますよ?」


「はい。 それでお願いします。

 摩導リングに制限が有るのであれば、バングルを付けた博士と一緒に行動が出来なくなりますので、それでは意味が有りません。

 私が残るのは、大統領から博士を頼むと言われた事が一番目ですが、私としてもこの国が出来るのに興味があります。

 そして、私のこれまでの人生を捨てるわけですからには、今度はこの国にがっつりと喰い込ませていただきます」


 見た感じと異なり、結構しっかりした人だと思った。


「では、これをどうぞ」


 俺は摩導バングルをジャンヌさんに手渡した。

 この人まで巻き込んじゃって、本当に大丈夫かなぁ?


『ジャンヌさん。 聞こえますか?』


「あ、加納さん! あ、これがさっき言ってた摩導通信っていう物なのですね。

 確かに頭の中で聞こえました」


「ああ、これは超能力のように頭の中に伝えているわけじゃないんですよ。

 耳の奥には蝸牛と言うのがあって、それに鼓膜が接して音を伝えています。

 摩導バングルからの信号で、蝸牛の中の液体を直接振動させているので、外には音になっていない声でも聞こえるのです」


「おお、鼓膜じゃないのか?

 それはそうか。 特定の液体を摩導力で振動させる方が簡単か」


「さすがは博士ですね。 その通りです。

 鼓膜を振動させるより簡単ですし、幅広い音域を伝えることが出来ます。 音楽を聴くと良い音ですよ。

 頭の中を覗いているわけではありませんから、考えていることが伝わることはありませんからその辺は心配なく。

 摩導バングルへのコマンドは、音声やジェスチャーなどで可能となります。

 やりたいことを普通の言葉でバングルに話しかければ、バングルが理解します」


 摩導バングルでの通信は、神経信号を制御するスレイト通信とは異なる仕組みのようだ。

 感覚共有などは出来ない、簡易版のようだ。


「そんなこともできるのか? そうだな、別に音声を送るだけに限ったわけではないしな。

 でも、さっき慎二は摩導バングルに話しかけていなかったが、それはどうやったのだ?」


「良く気が付きましたね。

 それは、摩導バングルとは異なる通信手段がまだあり、そちらは限られた人でないと使うことは出来ません。

 まあ、今一度に説明はできませんので、そう言ったことは後日ゆっくりと話すことにします」


「まあ、まだまだ慎二達には秘密が有りそうだな?」


「まあ、その辺はいつかお話します。

 せっかく国民になって頂いたわけですので、生活の摩導具をちょっとご紹介します。

 これは、これから貴方たちが住んでいただく場所も同じ仕組みになっています」


 慎二は1枚の透明シートを彼女たちの前に差し出した。


「ほう、これは?」


 それを受け取ったソフィは、それを透かしたり曲げたりして確かめている。


 すると慎二は、ソフィが装着した彼女の摩導バングルを、彼女の服に触れてみてと話す。

 ソフィが着ていたのは、すこし幼さすら感じさせる、細かな赤い花柄が入ったワンピースだ。


「その状態で、腕のバングルを意識しながら、ソフィさんの服の柄を覚えるように話しかけてください。

 そして、今度はその透明シートを持って、覚えた柄を表示しろと話しかけていただけますか?


 あ、凄いですね。 一度にできましたね!」


「うおっ! 何だこれは、 透明なシートが私の服の布地に変わったぞ!」


 摩導バングルはスレイト通信のように思ったことを伝えることは出来ないので、最初は音声で意思を伝える必要がある。

 そのうちに、ジェスチャーなどの動作に合わせて学習していく事で使いやすくなる。


「博士、何をされたのですか?」


「これは、摩導バングルにしかできない機能です。 摩導リングでは出来ません。

 摩導バングルはほとんどの摩導具の持つ機能を制御できます。

 今ソフィさんが行ったのは、摩導バングルで布地表面のテクスチャをスキャンし、それを透明の摩導シートに再現しました」


「表面と言っても手触りも布であり、これは先ほどまでのプラスチックではないぞ!」


「博士、私も触っていいですか?

 あ、本当! これは博士のワンピースの生地そのものだわ!」


「ではその生地をくるくるっと丸めて、片側をテーブルに、反対の丸めた先を少し曲げて、このコップに向けてください。

 そして、コップ半分の暖かなお湯と話しかけてください」


「おお! 布の先からお湯が出てるぞ! 湯気が出ている! でも持っている手は熱くないぞ!」


「この研究室全体は、この摩導シートで出来ています。 そして部屋の中の物も多くは摩導シートで出来ています。

 このテーブルやソファーも摩導シートで出来ています。

 そのお湯は決して無から生まれているわけではありません。

 お湯の元が部屋の中の摩導シートの中を流れているのです。

 そしてその布地を出力口として、室内を取り囲んでいる摩導シートから水の成分を取り出して、その布地で温かく温度を調整して出しました。


 これらはソフィさんが付けている摩導バングルにより操作されたのです」


 そう、座っているチープなソファーすらも、実はわざとチープに見せかけた摩導具製のソファーであった。


「あの、それって私でもできるのでしょうか?」


「ええ、ジャンヌさんのバングルも同じものですので、同じように出来ますよ!」


「博士、それ私に少し貸していただいけませんか?」


「今私が見ているからあとでな!」


「そんな!」


「シートは沢山ありますから、はい、ジャンヌさんもどうぞ試してください」


「チッ!」


「博士、ダメですよ!

 お二人ともこの国の国民になった以上、この国での立場に上下はありませんからね!


 今見たのは、このシートの機能の一部であり、シート自体にはたくさんの摩導機能を盛り込まれています。

 今、俺達の持つ摩導具としては一番重要なアイテムの一つであると言っていいと思います。

 先ほどの摩導テクスチャと呼ばれる機能で、表面の見た目を操作すると、こんなこともできますよ」



 慎二がそう言うと、皆がいる研究室の中が一瞬で南国の島の、波打ち際にある砂浜となった。

 そう、一瞬で別の場所に転移したのかと錯覚するように、部屋の中の物は座っている応接以外はすべて消え去り、壁や床や天井がすべて屋外に見える。


「「ええっ!」」


「何が起きたんだ!

 ここは南の島か? 気温や波の音、潮風の香り、足元の砂浜も熱いいぞ!」


「ここは南の楽園ではありません。 先ほどからいる研究室です。

 そして、これは研究室の内側に施された摩導シートに再現された、南の楽園の映像や表面の砂の触感ですね。

 ですので、そこに壁はありますので、ここは映像に囲まれた摩導具の箱の中と言っても良いかもしれませんね」


「おお、本当だ。 床は焼けた砂浜に見え、手を当てると熱い砂を触った感じはするが、決してその砂はつかめない。

 そして、砂が手についてくる事もない...」


「ソフィさん、その通りです。

 目に見える範囲では、例え触っても触感は本物と区別がつきません。

 しかし、これはあくまで一枚のシートの表面であり、砂があるように見えているだけの物です」


「博士... 私はきっと今、天国にとても近い島に来ているのでしょうね。

 ああ、素敵... 私はきっとこのまま主の元に召されるのかしら...」


 ジャンヌがちょっと壊れたようだ。 主に召されるとは、彼女はクリスチャン? だったのかな?


「おい! ジャンヌ! しっかりしろ!」


「ジャンヌさん、大丈夫ですか?」


「すまない。 いつもは沈着冷静なやつなんだが、私もこんな彼女は初めて見たよ。

 ちょっと刺激が強すぎたかもしれないな。 このまま少しここで休ませてやってくれないか?」


「すみませんでした。 ここまで驚かれるとは思ってもみませんでしたので、ちょっと刺激が強すぎたのでしょうかね?

 でも、これは別に驚かすためのモノではなく、これが俺たちが今持つ技術です」


「そうだな。 私の様に、そのまま受け入れてしまえば楽なのにな。

 なまじ知識が有って、中途半端にそれを理解しようとするから、自分の常識が根底から壊れていくのでパニックになるのだ。

 ナポレオンが今の電気であふれた世界に現れたらこんな反応をするかもしれぬな」


 そう言うと、慎二は部屋を元の研究室の風景に戻した。


「いやはや、驚いたな。 部屋全体が画像システムになっているとは。

 このすべてが、先ほどのシートで出来ているのか? シートと画像表示装置か何かを組み合わせているのか?」


 そう聞かれると、慎二は先ほどの小さな透明シートを砂浜にしてソフィに渡す。

 確かに遠くに波音も聞こえるし、触っているとシートの表面からは砂浜から受ける遠赤外線も感じるようだ。

 斜めにするとシートから砂がこぼれ出しそうにすら感じる。


「このシートは君たちが開発した物なのか?」


「そうですね。

 最初は先ほどお見せしたパイプが摩導具の基礎であり、すべてはそこから始まりました。

 それをこの世界のパソコンや測定器、工具を使う事で研究をしました。


 そこに、この世界の法則を加えたり、先端機器の動作原理を組み込むことで、元あった摩導具の機能を超えた新たな摩導具的を作っています。

 このシートなど、俺たちが今作っている物は、摩導具が有るという異なる次元の世界にも無いようです。


 あと、この世界と摩導具の有る世界での一番の違いは、エネルギーに電気を用いていないことです。

 この世界とのインターフェースを必要とする場合、そこに電気との変換を挟み込むことはありますが、基本的に電気エネルギーは使っていません。

 博士はこれら摩導具がどのように動作するか思いつきますか?」


「そうだな...

 電気を使っていないと言う事は、シートに電源がついてないことは判ったので、間違いないようだ。

 私は科学者としては肯定できないが、無から有を生み出すような魔法みたいなことでも起きているのかもしれないな。

 手品のようなフェイクではなさそうだし、無から有を生み出すことなどできぬはずだが...」


「これら摩導具はエターナルが生み出すフォースと言う力で動いています」


「それを使うと、さっきシートからお湯が出たが、無からでも水を生成する事ができるのか?」


「いや、違います。 これはこの部屋の中のシートに取り込まれた水の分子、いやシート内では水素と酸素だな、それが流れています。

 ここは室内のシートにリソースとして大量の水の成分を供給する設備が無いので、時折空気中の水蒸気を取り込んで水を生成し、それを分解してシート内に貯えています。

 ですので、一時的に出せる水の量には限界がありますので、室内全体を水で埋めることは出来ません。

 しかし俺達の拠点では、隣に有る海水を常に供給していますので、水はどれだけでも出すことが出来ます。

 もっとも、廃棄されるものはすべて分子レベルに分解されて、シート内に戻されて再利用されていますので、新たに取得が必要となるリソースはわずかですが」


「あと気になったのだが、ここはすべての周波数の電波が入ってこないようだが、完全なる密室なのか?」


「そうですね。

 この薄く見えるシートは摩導具で、光や電波や衝撃、熱、空気などを遮断することが出来ます。

 いや、通すこともできるのですが、この部屋では今シールドしています。

 空気などは、一旦壁に吸収され、分子として分解されて循環しています。

 そして、酸素濃度などの変化により、壁の内側で空気として再構築されており、逆に室内の二酸化炭素などは、同様に壁に吸収されています」


「ここのシールドを解除するとなにか問題が出るか?」


「特に何もないと申し上げたいのですが、博士同様、世界にはここの存在を探りたい方がいらっしゃるようですので、いまはシールドを解除できません。

 この国の最高権限を持つ俺が設定した事項ですので、これは皆さんの摩導バングルでも解除は出来ません」


「解った。

 とりあえず自由ではあるが、一番肝心な部分は慎二が握っていると考えればよいのだな。

 やはり慎二がこの国の国王なんだな。

 それにしても、既にここまでの技術差がついているとは思わなかったな。

 大きく出遅れたようだ」


「いえ、僕らも初めてまだ1年もかかっていませんので、博士ならばすぐに追いつきますよ」


「うっ! たった1年でこのレベルにまで達したのか?

 それの方が信じられないな」


「いえ、そう言う意味では、去年の夏からですので半年と少しですね」


「いやはや、では私も微力ではあるが、君らの力になれそうな部分があれば協力させてもらおうか」


「その言葉をお待ちしていました。

 実は、ソフィには博士としてご協力をいただきたいものが有りますので、住居などの準備が終わりましたらお願いします。

 あ、基本的にお住まいは、このシートを使って、ご自身で作るのがわが国の国民となった最初のお仕事となります。

 この後、拠点にご案内いたします」


「その前に、ホテルに置いた荷物のピックアップと、国で捜索が行われないように、国に連絡を入れておきたいのだが、それらは問題ないのだな?」


「どうぞ、まあこれからソフィも国民となったのですから、秘密の範囲はご自身で判断ください」


「その辺は、ずいぶんと甘いのだな?」


「まあ、悪い事にならない事を期待しています。

 あ、ジャンヌさんも戻って来られたようですね。 ジャンヌさん大丈夫ですか?」


 目の前で手を振ると、はっと気が付いたようだ。


「うっ! あら? 私は寝てたのかしら? 何か天国みたいな場所にいたような...  あ、すみません。 独り言です」


「では、このあとホテルのチェックアウトをして頂き、我々の拠点に向かうとしましょう。

 拠点に入ると、再び携帯電話は使えませんので、必要な連絡はホテルにいるうちに行っておいてください」


「わかった。 でも摩導バングルが有るからこれからの行動も筒抜けと言う事だな。

 まあ、ここから私の新しい人生が始まると考えよう。

 ジャンヌもその覚悟で退職届をフランスに送る事だな

 貴女まで巻き込んでしまって、申し訳なかったな」


 考えていなかったジャンヌまでも国籍離脱について、博士も少しは悪いと思っているようであった。


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本作パラセルと同じ世界をテーマとした新作を投稿中です。

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この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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