6-03-01 横槍
フランス訪問中の総理、外交中なので| 首 相 《Prime minister》と呼んだ方が良いかな? は、昨日までにフランス大統領との2カ国会談を終え、本日は大統領のプライベートな別荘で、親交を深め合う催しに誘われている。
余人を交えず、会話は互いに通訳が不要な英語で行われている。
これまで、日本の首相がここに呼ばれた事はない。
南仏までプライベートジェット。 そして、リゾート地の一角にある大統領が使用する専用の別荘には、フランス国内屈指の一流シェフが招かれて調理を行う。
もちろんフランスの国として最高の食事やビンテージ物のワインなどが惜しげもなく振る舞われた。
「ここは、我がフランスがぜひとも成功したい案件があるときにご招待する特別の場所さ」
「おやおや大統領、露骨に何をおっしゃいますやら」
「はははは。
日本人は遠まわしにいろいろ言おうとするが、僕は単刀直入に言うね。
いや、是非あなたにお願いをしたい。
うちも、一緒に参加させてもらえないかね?」
「はて? なんの件でしょうか?」
「とぼけたって、ダメダメ!
忙しい君が、急遽多くの予定をキャンセルして、自ら会議に足を運んだことも知っているよ!」
ピクッと首相の眉が少し動いたことを大統領は見逃さない。
「はて! なんでしょうか?」
そう聞くと、大統領は首相の目前に手を出してくる。
彼が手をぐっと握って、パッと開いたその手の中にはお子様ランチの旗が2本握られていた。
手品のようだ。
小さな旗は日本とフランスの国旗であった。
「僕と君の国はよく似た国だと思っている。
お互い、自然と文化を心から愛し、大国と呼ばれるエゴの強い国からは一歩引いたところにいる、謙虚な国だと思っている。
我が国は、いや僕としては、今君の国の中で生まれようとしている、新たな世界の常識というものに、一緒に立ち会いたいと願っているのさ」
「はて、何のことかよくわかりませんな?」
「時間が惜しいから、はっきりと言っちゃうと...」
首相の耳元で、「プロフェッサー石崎の件だよ」
と、コソッという。
「大統領が、彼について、どこで何をお聞きになられたのかはわかりませんが……」
「否定はしないのですね」
何か言いかけた首相の耳に、小さなイヤホンが押し当てられた。
それを聞いた首相は、しかめっ面になる。
「こんなもの、よく入手されましたね。
これは、まだこれから確認作業をと考えている段階で、そもそも民間で行っている事であり、わが国として公表するわけには行かないのです」
それは、先日の摩導具セミナーの当初で、首相が苦言を呈した部分の音声だった。
「どうやったかわからないが、確かにこの会場での映像は見事に1コマも残っていなかったよ。
まあ、わが国としては、この秘匿技術だけでも欲しいところだがね」
これは会場内にCCDやCMOSの画像撮影素子に共振するエターナル波が流されており、会場内で写した画像がすべて真っ白になっていたのだ。
昔の銀塩フィルムを使ったカメラであれば写ったのだが...
その後、大統領はその後行われたいくつかの実演内容についても、首相に語って聞かせた。
「それをその目で実際に見ることが出来た君がうらやましい。
君は帰ってしまったようだが、その後の参加者達の話も個人的には実に興味深いね。
しかし、公演自体よく考えられており、内容はどれも素晴らしかったようだね」
カマをかけられているレベルではなく、しっかりと細部まで情報が漏れてしまっていたようである。
大統領は続けて、
「あなたが心配するように、僕もこれがもし本物であれば、世界の根底に関わる、あまりにも大きい事であるとわかってます。
僕は、これを本物と考えて、内容は最大レベルの秘密案件としたうえで、僕の知り合いの科学者にこの音声をきかせました。
この説明に話されている器具を実際に見たわけではありませんが、録音からその驚きが伝わってきています。
実に素晴らしい! トレ、トレ、トレビアーンです。
これを聴かせた以降、その科学者は自分もそのプロフェッサーの講座に参加させろとすごい勢いでした。
ところが、ところがです。 ここからが問題なのです。
あなたがここにいらっしゃる前に、その科学者が音信不通になりました。
これは僕の想像ですが、多分私と首相の交渉が待てずに、追跡できる通信をすべて切って、多分あなたの国へ発ったのだと思います。
本当は、私から先にお願いするべきなのですが、事後承諾をお願いする事となってしまいました。
パルドン、ムッシュ」
そう言うと、申し訳け無さそうに、大統領は日本式の深いお辞儀をする。
「大統領、頭をあげてください。
そちらの事情は解りました。 その件は私から連絡させてもらいます。
ところでつかぬことをお聞きしますが、フランス以外の国で、これに気がついている国は、いくつくらいあると大統領はお考えになりますか?」
「私の国では、各国の首脳及びその側近の方について、その動向、特に面会相手や訪問相手に対してほぼすべてを確実にチェックしています。
私たちも最近まで本件については気がついていなかったのですが、今回のあなたの特別な予定変更が引っかかり、ちょっと調べていたら大物に当たりました」
「今回の参加者はあらかじめ厳密に調べており、フランス政府につながる方は招待はしていないと思うのですが?」
「この時代だよ、小さな装置をくっつけてしまえば、例え中に入れなくとも、中の情報を送信したり録音することは簡単だよ。
もっとも画像はすべて真っ白で、会場から通信もできなかったが、唯一この録音データが残っていたよ」
そう言われると、総理は自分の服を急いで見た。
「ここは紳士協定。 大丈夫ですよ。
先日の録音で、あなたの国でなにかが起こりつつあることを感じました。
そして、驚きました。 いや驚くしかできなかったですよ。
日本のアニメはフランスでも人気が高いですが、その魔法の様なファンタジーが、実は現実だったとは気が付きませんでした。
僕も日本のアニメは大好きです!」
そう言うと、大統領は魔女っ子のポーズをとってみせた。
残念なことに、首相は自国のアニメをほとんど知らなかったようだ。
「さっきの質問ですが、私の国の諜報は大国に比べるとさほどお金をかけられておりません。
しかし、その僕たちですら、こうしてしっかりと情報を得ています。
ですので大国が気づいていない確率のほうが低いのではないでしょうか?
私としてはムッシュ石崎と、その関係されている方の周囲ガードをもっと厳重になさることを提案することが今日の話の一つです。
これも事後承諾となりますが、我が国の重要な科学者1名が訪日しますので、警護の意味で我が国のインテリジェンスが動いています。
多分他国の諜報との小競り合いが予想されますので、本来エージェントの身元は証したくないんですが、予めそのエージェントについての情報をお渡しします。
誤って、その者があなたの国から排除されないようにお願いします」
「大統領、そのエージェントは何名ですか?」
「とりあえず、公式には一名とだけ言っておきます。 これが資料のアドレスです」
と言って1枚の紙を提示した。
首相がスマホを操作すると、別の部屋から首相の秘書官が現れ、その紙を受け取るとすぐに部屋を出ていった。
大統領は、フランスが世界をリードするためには、今と異なる新たな技術が登場した時、最初からそれに係われる事に可能性を掛けていた。
そのための情報網の確立と、専門家を周りに置き、速やかな対応ができるよに常日頃から備えていたとのことである。
ここまでの話をするということは、大統領はすでに今回の技術は本物であるという結論を得ているのだと思う。
「最後にこれは私個人からのお願いです。
私も一度本物の摩導具というものをこの目で見てみたいです。
今度は私が日本に行きますので、是非お願いしまーす」
この後、フランスとの会談がうまく進んだことは言うまでもない。




