1-05-01 初めての朝
慎二君はいろいろとお疲れだったようですが、ゆっくり寝れましたか?
「キャッ」
日曜の早朝 俺は遠くで聞こえる女性の悲鳴で目が覚めた。
声がしたトイレに向かうと、扉を開けたままの状態で、サリーが便器にすっぽりとハマっていた。
そういや夜、俺が最後にトイレ使ったっけ。
ついいつもの感覚で、便座を跳ね上げたまま忘れてた。
昨日トイレの練習をしたときに、便座の使い方の説明はしたのだが、その時は便座は最初から下に倒してあったので、今朝そのまま座っちゃったらしい。
目をそらしつつも、サリーの手を取って便器から救出する。
朝から、あられもない姿を拝見させていただきました。スミマセヌ。
とりあえず、トイレはこれから使われるようなので、今度は便座を下げて、トイレの扉も閉めて、俺はベッドに戻る。
ベッド脇の目覚まし時計で時刻を確認するが、まだ朝の6時すぎだ。
テレビをつけるが、日曜日なのでニュース系の情報番組は少ない。
サリーがトイレから戻ってくると、俺が見ているテレビに驚いて騒いでいる。
そういえば昨日のサリー登場から買い物まで、あっという間に過ぎ去って、テレビは一度もつけていなかったな。
「なに、これは!
狭い板に人が入り込んでる。
笑ってないで、早く助けてあげて!」
「大丈夫だから。
これはテレビといって、離れた場所が見ることができる道具で、そう、鏡みたいに中に誰か入っているわけじゃないから」
俺がリモコンでチャンネルを変えるとさらに驚く。
良かった、トイレの失敗を忘れている。
「このテレビというものは、放送局というところで、鏡、本当は鏡じゃなくカメラって電気で動く機械だけど、そこに写したものが、この世界にたくさんあるテレビに同じもの映るのさ。
放送局はいくつかあって、それを選ぶのがこのリモコンってもので、リモコンは放送局を選ぶほか、声を大きくしたり、テレビを見たり見えなくしたりすることができるんだ」
多くの家に、普通にテレビがあることも説明した。
「これって、慎二が昨日話していた魔法っていうものなの?
えっ、違うのね。
私も、そのリモ... そう、私にもそのリモコンって道具を使うことができるの?」
「これは、俺でも、サリーでも、だれでも使うことができるよ。
ほら、この赤いボタンを押すとテレビの電気が入ったり切れたりするから、テレビを見たいときは赤いボタンを押すとテレビが灯いて見られるよ。
テレビは電気を少し使って動いているので、電気を使うとお金がかかるから、見終わったらもう一度赤いボタンを押して切っておいてね」
サリーは俺からリモコンを受け取り、さっそく何回かON/OFFしている。
「あとこれで放送局を選べるチャンネルってボタンで、数字は、数字はわかるか。この番号で放送局を直接選べるし、この△と▽で順番にチャンネル、放送局を切り替えることができるよ」
サリーはテレビの画面のにらみつつ、次々とチャンネルを変えてザッピングしている。
「このボタンはなに?」
そういって、+のボタンを押していると、ボリュームがどんどん上がっていく。
あまりにも大きな音になり「キャッ!」と言ってるが、ボタンを押した指が固まってしまっていて、そのままどんどん音量が上がってMAXになってしまった。
慌てて、リモコンを取り上げて-ボタンで音量を下げる。
「大丈夫だよ。
このボタンでテレビの音の大きさを変えることができるのさ。
+で大きな音になり、-で小さくなるよ」
「あー、驚いちゃった。
人って、あんなに大きな声でしゃべることができるのね。
中の人に叱られているのかと思っちゃった。
すごいわね、このテレビって。
あと、香りや臭いはどこから出てくるの?」
「えっ、テレビからは匂いは出ないんだ」
「ええ!どうして?
こんなおいしそうなお料理なのに、どうして香りはしないの?」
そういえば、絵や音は出るのに、匂いや味はでないな。
「この食べ物は、絶対に良い香りがするのでしょう?
だから、それが知りたいわ!
香りを出すよりも、動く絵を見せるほうがよっぽど難しそうなのに、変なのね」
テレビの料理を指さしながら、サリーはテレビから香りがしないことに残念がっている。
そういえばサリーは匂いを特に気にするようで、よく鼻をクンクンしているな。
確かに動物などは、音や匂いからの情報が、自分の身を守るために大きな役割を持っているな。
「それじゃあ、このお料理ではないけど、今日も夜は何か食べに行こう!
今夜はどういった感じのお料理を食べてみたいかな?」
「えええ!
この世界には、後どんなお料理があるのですか?」
キラッ、キラッとした目で俺を見つめてくるサリー。
俺は、マンション近くでサリーが食べられそうなハンバーガー以外のものを考えるが、それを言葉で表現することができなかった。
「また一緒に街に出かけて、今日はサリーが食べたいものを選べばいいよ」
「約束だからね! 絶対よ。 ワーワーどうしよう、何にしよう!」
テレビのことを忘れて、今度は食べ物に頭が切り替わったようだ。
「あとね、この国ではご飯を食べるときに箸という道具を使うので、サリーもお箸の使い方を練習したほうが良いな。
この国のいくつかの食べ物屋さんではお箸が使えないと食べられないものがあるからね」
俺はラーメンや饂飩などの麺類などを思い浮かべながら、そういう話をした。
「うん、わかった!」
「ではお昼のお楽しみということで... とりあえず朝ご飯は昨日買ってきたパンを食べよう」
テレビ事件で、とうに夜明け時間は過ぎており、カーテンの隙間から朝の光が漏れてきている。
「外は、すっかり明るいよ!」
そういって、思いっきりカーテンを横に引っ張り開ける。
(う、まぶしい)
普通のカーテンでよかった。
縦に開くロールカーテンやブラインドだったら、きっと壊されていたな。
目が朝日に慣れてくると、まばゆい陽射しの中に、昨日買ったかわいいTシャツを着たサリーがいる。
寝るときにブラはしていないのね。
朝からとてもまぶしかった。
「私はちょっと寝すぎちゃいましたよ」
というサリーに
「まだ早くない?」
と、俺は答える。
「私の国では、明るくなるときに外に出て、仕事が始まり、暗くなる前に家に帰り、食事を始めるわ。
家の明かりとなるものは、油や蝋などいくつかあるのだけど、どれもお金がかかるので、なるべく無駄に使わないように皆が節約しているのよ」
「この世界の電気も同じさ。
明かりはそれほど高くはないが、電気を使うとお金がかかるよ」
俺もすっかり目がさめてしまったので、まだ少し早いが起きることにした。
俺はシャワーを浴びるが、サリーは傷口がもう少し良くなるまで、今朝はやめさせておこう。
それよりも、サリーはリモコンを握りしめて、テレビに夢中だ。
俺はシャワーを浴びると、昨日買っておいた食パンをトースターに。
それから、昨夜再び満たされた冷蔵庫からいくつか取り出す。
フライパンを火にかけ、油をひかずにベーコンをそのまま焼く。
ベーコンを焼いている間に、大き目の皿を2枚だし、袋に入ったサラダ用のカット野菜を皿の端にすこし盛る。
フライパンの上で十分に油を吐き出し、カリカリになったベーコンを皿に取り、そのベーコンから出た油で目玉焼きを焼く。
卵は4個だ。
目玉焼きが焼ける短い時間で、しばらく使われていなかった折りたたみ式のテーブルを取り出し、サリーにトップを拭くようにお願いする。
ガラステーブルではなく、床に座って使う、低いテーブルだ。
こちらの方が少し広いので、2人の食卓にはよいだろう。
卵は半熟で食べさせたいので、目が離せない。
塩コショウした焼けた卵を、フライパンの上で2つに分け、皿にのせる。
サリーにはオレンジジュース。 俺はいつもの牛乳派だ
俺にとっては普通の朝ごはんのつもりであったが、サリーには驚きであったらしい
柔らかな四角いパンが珍しい。
しかもバターが塗られ、とても良い香り。
サリーの世界にも、生ハムのようなものはあるそうだが、スモークもせずに、基本的に塩漬け肉。
卵はあるが、高価とのこと。 さらに食べる場合であっても、当然よく熱を加えて食べる。
さらに生野菜というものは、そもそも食べないそうだ。
葉野菜は寄生虫を殺すために、かならず茹でるらしい。
この国の卵や多くの野菜は生で食べられるように管理されていることをサリーに説明する。
僅かな時間で、男の俺が一人で料理を作ってしまったことと、それがとても美味しい事に驚いている。
サリーの世界では、家族で男の人が食事を作ることはほとんど無いらしい。
テレビに夢中になっていた自分が恥ずかしいと言っている。 大丈夫だよ。
女の人は、火の準備のために、夜明け前から食事の準備を始めるらしい。
それに朝食は、もっと質素なものらしい。
せっかくの朝ごはんが冷めるといけないので、いっしょに食べるように言う。
洗っただけの野菜をそのまま生で食べることはちょっと怖かったようだが、ドレッシングをかけてあげると美味しい、美味しいと感動している。
「ベーコンと卵を、パンの上に載せて一緒に食べるのもおいしいよ。
卵は半熟に焼いてあるから、黄身がこぼれないようにお皿の上で食べてね」
昨日から思うが、この子は食に対して物怖じしなくて積極的だ。
そして、なによりも沢山食べる。
食べ物が口に合うことは幸せだ。
これからの生活での不安材料が少なくてよい。
俺はいつも食後にコーヒーをいれる。
サリーは商売の旅をしていると、コーヒーを飲む国があるが、サリーは苦くて苦手とのこと。
せっかく2人分入れたので、サリーの分は多めに砂糖を入れ、さらにミルクをたっぷりと入れてみる。
「まあ、大人の味をすこし飲んでごらん」
と言って、勧めてみる。
カップを傾け、カップの端にちょっと口をつけ、「ンッ」っていい、すこし嫌な顔をする。
どうしても過去の苦いコーヒーのイメージが思い出されているようだ。
しかし、すこし味に違いを感じたようで、口の周りに付いたコーヒーをペロッと舐めてみる。
すこし頭をかしげ、再度カップを持つと、今度は直接コーヒーを舐めてみる。
「アチッ」 と言いつつ、
「あまーい。
コーヒーってこんな味だったんだ。
以前飲んだのはものすごく苦い味だったのよ」
「そのとおり、これは砂糖とたっぷりの牛乳に少しのコーヒーが入っている、初めてコーヒーを飲むサリー用のスィートミルクコーヒーだからね。
それにコーヒーもさっき密封パックを開けたばかりだから、香りがよく美味しいのさ」
それでも、甘さの中にまだ苦さを感じるのか、コーヒーを飲むというよりも、チョビチョビと舐めるように飲んでいる。
まあ嗜好品だから無理はしないようにね。
熱を加えた卵の黄身って、なぜあんなにおいしいのでしょう?
少し大人の世界に、舌を突っ込んだサリーでした。