5-05-08 摩導バングル
ここで、時間は少し前後するが、拠点を利用するのに大事な摩導具がまもなく開発されることになるので、すこし先に紹介しておこう。
この摩導具は、マナインクポットのように純金のリングに手彫りで摩導パターンを刻み込まれており、腕に嵌めて腕輪として使用する摩導バングルである。
イザベラの手作りであり、高倍率ルーペを使用してリングに微細摩導パターンを刻み、マナクリスタルを埋め込んだだものである。
宝石付き腕輪のように、マナクリスタルが小さな突起物となっている。
これは、一度装着すると、自分で自由に取り外しが出来ず、専用の摩導具でないと取り外すことが出来ない。
その為、1日中付けていることが出来るように軽く邪魔にならず、当然水に濡れても大丈夫だ。
なぜ、こんなものを付けることになるかと言うとこれは新しい国の国民一人一人を示すIDとなるからだ。
さらに、これら拠点に有る摩導具をコントロールする、そうリモコンみたいな機能を持ったものだ。
今作っている多くの摩導具には、人間に対する操作インタフェースが無く、せいぜいスイッチなど簡単な物しか付いていない。
この摩導バングルは、周りの摩導具を操作するコントローラになっている。
これも統一規格で作られているので、どの摩導具に対しても使用することが出来る。
そう、このバングルは摩導具の鍵であり、スイッチであったりする。
例えば、摩導バングルは様々な施設の入り口の鍵になっている。
自分の部屋に入ろうとすると、入り口の壁はバングルの装着者を検知して、入り口の壁の密度が低くなる。
これにより、指定のバングルを付けた者は壁を抜けて出入りが出来るが、指定した人以外は勝手にその部屋に入れない。
この建物のプライベート空間には、一般的な開閉するドアや鍵の概念はない。
部屋の明るさや、水を出したり、風呂に入ったり、温度を調整したいなどは、言葉でなくともバンドルにジェスチャすれば操作ができる。
ジェスチャについては各自が学習させるので、例えば風呂場や洗面台で蛇口をひねる動作を見せれば設定した温度の水が出るようになる。
後に、この摩導具を操作するパーソナルIDはもっと小型化された物が量産化される。
しかし、この時代の仲間には腕に着ける純金製のバングルが渡されており、これは初期の仲間のみが持つプレミアとなる。
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この摩導バングルが用いられる少し前から、マナクリスタルには特殊な加工がされて、使用される事となる。
その加工により、この摩導バングルという摩導具につながる事に成る。
特殊な加工とは、マナクリスタル自体が固有振動数を持った発信子として利用されるようになったのだ。
これで何が出来るかと言うと、マナクリスタルを摩導通信に利用できるようになった。
そう、摩導バングルを装着した人の意思を摩導具に伝えるリモコンとしての通信に利用されることになる。
実際には摩導バングルと摩導具が直接通信を行っている訳では無いのだが、互いにコミュニケートが取れるようになった。
マナクリスタルによる発信は、精密な時計や通信機、パソコンの中に入っている水晶発振と同じく、マナクリスタルにエターナルを加えると歪むのだ。
マナクリスタルの形状により歪むときの速度は決まっており、それによりマナクリスタルを連続して振動させることが出来るようになった。
ただし、その振動速度は水晶などに比べるとが出来ないくらい、ものすごく早い。
最初、マナクリスタルの振動によりエターナルが発生し、それを電波のようなエターナルの波として発信する事が出来た。
アーは、そのマナクリスタルの発信によるエターナル振動波を感じる事ができると言うので、それが通信に利用できないかと考えた。
最初は、マナクリスタルに与えるエターナルをON/OFFすることで、そのマナクリスタルを振動させたり止めたりしてみた。
すると、アーがそれを感じることが出来ることがわかり、それが摩導通信への第一歩となった。
更に、マナクリスタルから出る波と同じ振動数のエターナル波をアーが作り出すと、同じ固有振動を持ったマナクリスタルはアーからの振動に対しすべて共振して反応する。
これにより、マナクリスタルごとが持つ固有振動数のエターナルの振動波を使う事で、互いに通信が出来たのだ。
そして、そこにモールス通信のようにトンツー式で信号を送る実験が成功すると、あとは電波の進化のように振動波に情報を乗せる事で、データ通信が出来るようになった。
マナクリスタルの振動はエターナルを通じて伝わるが、エターナル自体が空間を移動していくものではない。
波紋の様な波の伝播であるため、エターナルが極度に薄いこの次元の地球であっても、弱い波であるが利用ができた。
エターナルはすべての物体の中を自由に通過するために、地球自体は通信の遮蔽物とはならない。
しかし、この世界の地球の周囲には、宇宙からのエターナルの流入を妨げる荷電粒子帯が取り巻いている。
荷電粒子帯による宇宙空間からのエターナル流の遮断により、この世界に転移して来たマリアの、魔法に使うエターナルが不足する原因となった物だ。
この荷電粒子帯によりエターナルが強く減衰されるので、摩導通信がここを通過する際には振動が大きく減衰されてしまうため、通信範囲は太陽系程度の通信に限られてしまう。
マナクリスタルを用いた摩導通信が可能になると、すべてのマナクリスタルにはユニークなIDが書き込まれ、摩導通信によるIDを供給する事に成る。
このIDにより、特定の摩導具を識別することが出来るようになり、また個人のIDとしても利用できるようになる。
摩導通信は、マナクリスタル同士で1対1の通信が行われるものではなく、すべて一度アーを中継して通信が行われることになる。
アーの処理能力がどこまで高いのか判らないが、スレイト通信に比べるとデータ量は圧倒的に少ないようなので、アーに摩導通信の中継をお願いする事にした。
アーは、『これくらい全然大丈夫!』 とは言っているが、摩導具の数が大きく増える事に成るので、近いうちにアーに替わる摩導通信の中継装置を作ってあげる必要がありそうだ。
ついでと言っては何だが、摩導通信以外でも力の発生源としてのマナクリスタルについても大きな進化があった。
ちょっとしたことであるが、この際なので紹介しておこう。
最初、マナクリスタル自体は超硬度であり、割る事や切ることは不可能と思われていた。
これは、イザベラの世界でそう言われていたから、俺もそう思い込んでいた。
ところが、マリアは体内で作られたマナクリスタルを魔法で割って遊んでたと言い、実際にマナクリスタルを分割して見せた。
と言う事は、マナクリスタルを割る方法はあると言う事だ。
それは、魔法でエターナルをマナクリスタルの一点に集める事で、石にくさびを入れるように、フォースで割ることが出来るようなのだ。
そこで、これを摩導具で再現したマナクリスタルスプリッターという物が作られた。
これは、エターナルを使いマナクリスタルの分子間にフォースを発生させ、そこの分子結合を解除することでマナクリスタルを割る道具だ。
マナクリスタルスプリッターと呼ばれるようになるが、マナクリスタルは高硬度であるため、切ると言うよりも、実際には割るための道具だ。
マナクリスタルスプリッターを使用して、マナクリスタルは細かく砕かれ、小さな粒状のマナ粒と呼ばれるものが作られるようになった。
最初細かくつぶされたマナ粒を、篩で大きさを選別し、摩導インクを基材とした液体にマナ粒を練りこんで、マナクリスタル粒液という物が開発される。
それまでは、工房で工女さんが小さなマナクリスタルを1個づつピンセットで挟んで装着していた。
しかし、摩導パターンのクリスタル接続位置に、マナクリスタル粒液をスポイドで1滴垂らし、摩導ドライヤーで乾燥させるとで、マナクリスタルの替わりとすることができた。
スポイドで垂らす作業であれば機械化することが出来たので、製造工程に人手がいらなくなった。
その後、マナグラインダーという物が作られた。
これは、マナクリスタルスプリッターを応用し、回転する細かな臼刃を作り、その臼刃でマナ粒を挽く事ができるマナグラインダーの試作に成功した。
マナグラインダーの完成により、マナクリスタルスプリッターは短命でレガシーデバイスとなった。
そう、マナグラインダーにより、マナ粒よりもはるかに細かなマナパウダーと呼ばれる粒子状のマナクリスタルの作成に成功したのだ。
例え小さくとも、大きなフォースを蓄えていたマナクリスタルである。
それまでの摩導具では、実は無駄に大きなマナクリスタルを用いられてきていた。
それはマナクリスタルの微細加工が出来なかったことに由来する。
しかし、粉状となったマナクリスタルにより、摩導回路が本当に必要とする適量のマナクリスタルを用いることができるようになった。
そして同様に、マナパウダーを摩導インクで練りこんだマナパウダー液が開発され、マナインクと称する事に成る。
これは、それまでのマナクリスタル粒液に置き替わる事に成る。
なぜならば、マナインクは摩導インクと同じように、印刷技術を用いて利用ができるようになったのだ。
今までは、工女さん達の手作業により、ルーペで取り付けられたり、スポイトでマナクリスタル粒液が垂らされていた。
マナインクが出来た事で、摩導パターンと同様に印刷技術で刷られ、摩導回路を構成する事が可能となった。
しかも、微細粉としたことでマナパウダーの表面積が大きくなり、元のクリスタル状の98%程度までの効率でエターナルを取り出すことが可能となった。
さらに、それまでのマナ粒などと比べ1粒が極度に小さいため、摩導回路の完全平面化が可能となり、これにより摩導回路が大きく進化した。
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話を摩導バングルに戻すが、装着した人の意思を感じ取り、摩導具のコントローラとして機能するほか、いくつかの機能を持たせてある。
特に、設定された人以外では機能しないので、本人を特定することが出来る。
例えば、電話のように通信機能。
これはアーを中継することで、バングルに話しかける事で、通信したいIDを持った相手と1対1で会話ができる。
スレイト通信は言葉に出さなくても互いに通信できるが、これは音声を用い、そのような機能はない。
これにより、スレイトメンバーに入っていない人との通信も可能となった。
また、摩導バングルの大きな機能としては、実はこれは財布である。
そう、新たな国家で使う貨幣システムなのである。
新たな国家では紙幣や貨幣は発行されない。 すべてが、この摩導バングルなどからアクセスする電子通貨 新パラスで行われる。
人も増えてきたので、新通貨によるお給料の支払いを考えている。
この通貨もアーの中で管理してもらう事に成るが、仕事に対して新パラスで支払われる。
この通貨単位であるパラスとは、忘れたかもしれないが、そう、あのパラセルでの通貨単位だ。
我々の新しい国は異次元でと同じ名称の新パラスを用いる事にした。
そして、日本円が使用したい場合は、通貨両替を行い、わが国の新パラスを日本円と交換する事が出来る。
まあ、そこでは交換手数料が必要となるので、必要以外の通貨交換を行わない方が良い。
それと、新パラスから日本円への交換レートはあまり良くない。
新しい国では日本から商品を輸入しており、それが交換や新国の国内ではパラスで買えるため、あえてレートが悪い日本円を使用することは無い。
欲しい商品があれば、サリーに頼めば新たの輸入品リストに追加される。
この辺の新パラスや輸入は、新たな国が出来てから行うつもりであったが、人数も増えてきたので実験として先行して行う事にした。
なので、まだ開国していない今の状況での輸入とは、どこかの近くのスーパーやショッピングセンターでサリーが買ってきて、拠点の売店に並べる事になるのだが。
パラセルのパラスと比較しているので、我々が使うパラスをあえて新パラスと呼んだが、普通は我々の通貨単位も単にパラスと呼ぶことになる。
これら個人としての利用の重要性が高まったので、摩導バングルは特定の摩導具を使ってしか、装着や解除が出来ないようにしたのであった。




