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5-05-03 土地の秘密


 ここ2日のチェックで、外壁や躯体全体の傷みなどは多数見つかった。


 幸いなことにビル用の厚い網入りガラスは、ヒビが入った場所こそ何か所かあれども、割れてはいなかったため、内部に風雨は入り込んでいなかった。

 しかし、想像したように天井からの漏水跡は何か所か見つかった。


 それと、昨日見つかった、ここの土地の秘密であるが、それはここが埋め立ての際に行われた壮大な実験の跡地であることがわかったのだ。


 それは貰った沢山の資料の中の、一冊のファイルの中に隠れていた。

 その実験とは、この敷地の下には大きなフロートが埋まっているらしい。

 海に浮くメガフロートと言う浮島はあるが、この敷地の下には地面に埋まったメガフロートがあるようだ。


 高潮で海面が上昇した場合、このフロートが浮き上がり、建物が水没から免れる仕掛けであるようだ。

 例えるならば、巨大な浮袋が海岸に埋まっており、この建物は浮袋の上に乗っている。

 海水面がある高さを超えると、海水面の上昇と共に、一緒に浮き上がる浮島構造になっているらしい。

 この建物はそのフロートの上に固定されて建てられており、海面があるレベルを超えると、一緒に浮き上がる仕組みのようだ。


 しかし、それは実は後付けの話であって、そこにはさらに歴史的な史実が眠っていた。


 もともとの計画は戦時中に作られた事であり、少ない資料によると、それは伊勢湾沖合に浮島の滑走路を設ける為の実験であったらしい。


 横に長いこの建物は、どうやらその飛行甲板(かんぱん)を想定して作られた名残のため、このように細長く真っ直ぐな建物となったらしい。

 2階部分は艦載機の格納庫と居室を想定した空間であり、今の建物でいう3階の床部分が滑走路であって、3階と4階の部屋は無かったようだ。


 記録に残されていた内容では、メガフロートのうえに頑丈な2層の甲板だけが作られたが、終戦により巨大な床の建設だけで実験は終わったようだ。

 そして、戦後もかなり時間が経過し、沖合に有ったこのメガフロートは、陸地から延びてきた埋め立て事業により、陸地に接岸されてしまった。

 その時に、浮島の周りも埋め立てられて、埋め立て地の先端部分の一部となったようだ。


 その後、メガフロートに残されていた2層の床を利用して、上に建物を作ることで、この建物が出来上がったらしい。


 そんな過去の歴史はまだ良いとして、そこには更なる大きな問題があった。


 水谷さんの予想では、周りを埋められた状態で浮きあがった場合、大量の海水と周りの土砂が、フロートの下に一気に流れ込む事が予想されるという。

 流れ込んだ土砂を取り除く方法が無い為、一度でも浮き上がると元の状態に戻れるかはわからないらしい。


 これまでは幸か不幸か、その伊勢湾台風以降、埋め立て事業が完成してからは高潮に見舞われたことはまだ起きていなく、実験結果を待たずして売却となってしまったそうだ。

 何だそりゃ? 当時は実験だけのつもりであったので、それでよかったらしいが、その後ここが一般利用され、時代を経て忘れ去られたらしい。


 水谷さんからは、詳しくは分からないが、建物の柱は基礎としてフロートに固定されているため、柱を壊すと直結したフロートに影響が出てしまうのでは? という意見だ。

 あの建物1階部分の大量の柱は、建物に付随した物ではなく、そのフロートの一部が地上に延びていると言うのだ。

 フロートはさらに地下深く海面下まで伸びており、埋め立てが終わってしまった今、それを地中から取り除くことは無理ではと言っている。


 何ですと! だったらこの建物は、建て替なんて、最初から出来なかったって事じゃないですか!

 フロートは凄いが、俺としては普通の土地で良かったのですが……


 巨大な四角い形状のフロートで、建物の下に入っており、昨日探していた浄化槽の設備はフロートに含まれていない海側の土地に設けられているらしい。

 フロートが浮き上がった際にも共同溝との配管が切れないように、特別な接続が行われていると、その図面には記されていた。

 浄化槽の場所を探そうとしただけなのに、とんでもない物が出てきてしまった。


「これも大将の秘密ってやつですかい?」


「いやいや、これは本当に知りませんでした。

 これでは、お手上げですね」


 と言う事で、解体しての建替えという話は水に流し、今の建物を再整備するか、もしくは隣の土地を整地して、やはりフロートの上に建てるかの判断となってしまった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「ご連絡先に伺ったところ、皆様こちらにいらっしゃると言う事で、突然ですが訪問させて頂きました。

 あの、実は今回お引き受けしたここの登記の件ですが、申し訳ありませんが私ども事務所では出来そうにありませんので、そのお詫びに参りました」


 銀行から権利書の登記をお願いした司法書士の先生が、わざわざ埋め立て地にやって来た。

 建物内には打ち合わせ場所や椅子などがまだ置いていないので、マイクロバスの中で俺と唯華で応対する事に成った。


 何か登記で問題が発生したようだった。


「どうされたんですか?

 いきなり登記できないって、何かこの土地に問題が有るのですか?」


「えぇ、私どもで登記に先立ち、この土地の登記状況の写しを取ろうとしましたところ、ちょっと、いや大変申し上げにくいのですが登記が出来ないことがわかりました」


 ハンカチで汗をぬぐっている。


「どういうことですか?」


「あの、この土地がないのですよ」


「え? 今いるこの土地がないのですか?」


「あ、無いと言いましても、国の登記上、ここは存在しない土地なのです。

 ですので、住所や地番もありませんので、登記が出来ないのです」


「え? でもこうして実際に有るじゃないですか? ここも埋め立て地ですよね?」


「これをご覧ください」


 司法書士が出したのは、ここの場所の法務局の土地台帳の写しであった。

 すると、そこには本来あるはずのこの土地が載っていなかった。


 俺は、さっき水谷さんと見ていた資料を はっ!と思いだした。

 そこで唯華に水谷さんを呼んできてもらい、いっしょに話を聞いてもらう事にした。

 ここに来るまでに唯華から事情は話してくれたらしい。

 すると水谷さんから、


「俺の推測だが、戦時中この施設は軍の秘密基地だったんじゃないのか?


 今でこそ埋立地の一部になっているが、その頃はまだここは伊勢湾の沖であり、ここはちょうど三重県と愛知県の間の海の中だよね。

 そこに浮かんでいた浮島だから、陸地ではないので、土地としての登記はされていないんだろうね。

 海の周りを見ると、今でも海苔養殖の筏が周囲に多数あるから、当時ここは漁業権的に三重県の所有であったと思うよ。


 多分であるが戦争中、この浮島は軍部が密かに所有していた。

 終戦を迎えると軍部は解散し、それからかなり時間がたち、公的な所有者があいまいとなっていた。


 そこに、愛知県側から埋め立て工事が沖まで行われ、この浮島にまで達してしまった。

 だから、そのまま堤防でこの場所も一緒にくるんじゃったので、あくまでもここは埋め立て地ではなく、ここだけ所有者不詳で今まで来たんじゃないかな?

 まあ、推測の域は出ないが、ミステリーだな」


「私どもは、ここを売りに出された銀行さんに確認を行ったのですが、知らぬ存ぜぬで何も教えてくれませんでした。

 そこで本来の司法書士の業務からは逸脱しますが、これも受けたお仕事ですから、法務局以外に私どもでも戦前や戦中などからの資料を調べさせていただきました。

 その結果、こちらの方が今申されました事に近いような お話なのです。


 どうも、(おおやけ)にしたくない、いや、出来なかった土地の様でして」


「そんな土地ってある物なんですか?」


「境界となる川などを埋め立てて、そこの上に建物を建てると、似たようなことが起きることはあります。

 特に戦後には時折起きていたようです。

 有名な話では、東京の銀座の川を埋め立てて造った高速道路の下のビルなど、未だに住所がはっきりしない土地も存在します。

 大きな利権が絡むと、皆さん譲れずになり、今に至るのでしょうね。

 いやはや、このような土地がまだ名古屋の近くに存在していたとは 私どもでも驚きです。


 登記する為には、法務省としてここが所属する町を決める事に成ります。

 その時、所属すべき行政区が誤っていたと分かると、そこに接続する埋め立て地の所有権もおかしなことになります。

 多分ですが、ここの住所を確定させますと、行政上の県境が多分ずれる事に成ります。


 すると、ここに至るまでの埋め立て部分の土地は、県境を越えて開発を行ってきた事になりますので、問題が大事になります。


 もともと、この一帯は扇状地であり、大昔から川の流れ自体も良く変わってきたようです。

 そして、流れが変わるたびに中州が出来ては、消えていたようですが、それが消えないように輪中と呼ばれる土手で囲われた集落となっていたようです。


 この土地は川に沿って埋め立てて来ていますが、沖にすでに誰かの所有地があったとすると、そこが県境の基準となります。


 行政も実は気が付いていたようで、土地論争になる事を避けるために目をつぶり、所有された皆さんも、あえて土地の登記はされてこなかったようです。

 そのため、登記簿上では、ここは埋め立てられていない海の中なのです。

 いっそのこと、ここが日本ですら無ければ問題はすっきりするのですがね。 あ、これは冗談ですから。

 私どもが、その県境論争の火種とはなりたくありませんので、本日はお断りしようかと思って参りました」


「事情は解りました。

 でも、登記しないと俺達の土地にはならないんではないですか?」


「そうですね。

 いずれにしましても番外地ではありませんが、所有権はあるわけですので、それまでの所有者との1対1の売買契約書は作れます。

 そこで、新たに所有権を得た宣言を示される、これは宣言文書を公告されるのが良いかもしれません」


「なんですか、その公告って? 宣伝広告の事ですか?」


「いえ、公告と言うのは多くの人にとって公となる場所に掲示し知らしめることです。

 近年は電子公告って言う方法もありますが、本件は政府が発行する官報へ掲示する公告をお勧めします。

 お金を出せば加納さんも官報に掲載ができますよ。

 但し、この方法を行ったからと言って法的根拠は何もありませんが、きちんと官報に掲載しておけば、後々何かあっても所有権を宣言した証拠の1つとなります」


 さっきまで、一言も発せずに聞きに回っていた唯華から、


「水谷さんは、どう思われますか?」


「そうですね。 司法書士の先生も良く知らべて頂いており、確かにその方法が波風立てずに良いかもしれませんね。

 すみません。私もあまり詳しくなくって」


「あ、いや、この件に詳しい人なんて、日本中探してもいないと思いますよ」 と司法書士さん。


 いろいろ考えてくれた司法書士さんに間に入ってもらって、銀行との土地と家屋の売買契約書を作る事に成った。

 しかし、銀行は多分気が付いて売りに出したんだろうな?

 少なくとも、貰った資料の中にはメガフロートの事は書いてあったからな。

 いや、でも本当に気が付かなかったから、あの資料を俺にそのままくれたのかもしれないし、まあ細かな事(....)は気にしないでおこう。


(むし)ろ、その方が都合がいいわね」


 最後にぼそっと唯華がつぶやいていた。


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この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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