5-04-03 建物探訪
俺たちは埋め立て地に有る建物を中も見ないで買ってしまったので、これから初めて皆で建物の中を見る。
当初、解体して新たに建てる事を考えていたのだが、一級建築士!の水谷さん曰く、手直しで住めるかもしれないと言う事で、ちょっと真剣にチェックをすることになった。
さあ、いよいよ建物の中の探検だ。
入り口となる1階の玄関口は、大きなガラス張りとなっていて、そのガラス表面には海風により塩が白く吹いていた。
正面は自動扉のようで、封鎖中の看板をどけて、鍵を開ける。
鍵はステンレスなのでとりあえず動きは悪いが動くようであった。
俺と水谷さんで、滑り止めが付いた手袋をしてガラス扉を横に引くと、大きなガラス戸がなんとか動くことが出来た。
中は長期に渡り空気が動いていなかったのか、少しカビっぽく、少しムンとした感じがする。
入り口の隙間から入ったのか、床には靴跡が判る程度にうっすら砂ぼこりがたまっているが、この中は思ったよりひどい状態ではなかった。
カーペットや床材は剥がされており、コンクリートがむき出しの床が広がっている。
1階は入り口だけしかない空間であるが、この場所は営業時にはラウンジになっていたようで、天井は高くそこそこの広さがある。
その2階までには長いエスカレータが有るが、手前の鎖には、危険と書かれた札がぶら下がっていた。
1階の一番奥にはエレベータと階段があるが、当然電気が来ていないので、このエレベータも使えない。
まあ、電気が来ても、まずは安全であるかを点検しないと、エスカレータもエレベータは使えないけどね。
奥にあるエレベータと階段は海に面しており、昼間である今は、南東面のまばゆい光が大きなガラス窓から入り込み、とても明るかった。
全員が階段で2階に上がると、そこはガランとした何もない空間であった。
この階は柱以外に壁が全くないので、奥まで続く海側のガラス窓から直接光が差し込んでいるが、コンクリートの床はさほど反射せずに少し暗く見えた。
でも、2階は、先ほどの入り口よりも、かなり蒸し暑く、やはり少し埃かかびの臭いがする。
そして、2階の内部造作はすべて撤去されており、建物の内部は、かなり遠い奥まで、2列の柱が並んでいるだけだった。
それは建てた直後の、部屋割りや内装なども一切されていない、コンクリートがむき出しの状態にまで戻されていた。
水谷さんに言わせると、物件を買うにはこれが一番良い状態だと言う。
ヘタに内装や工作物が残っていると、それの撤去にも大きな費用が掛かるそうだ。
柱はの1階に並んだ柱から伸びているようで、同じような間隔で整然と奥まで並んでいる。
ただ、室内のためなのか、柱は屋外のように太くはないので、1階ほど視線を遮る事は無い。
今日は、まず全員で建物の中を、一緒になって巡ってみる事にする。
唯華はメモと写真で建物内部を記録しているようだ。
イザベラは、建物自体に興味があるのか、持ってきた大きな虫眼鏡で床や壁を覗いたりしている。
するとマリアが、
「ちょっと空気を綺麗にしょうか?」 と聞いてきたのでお願いする。
「皆さん、ここから先に行かないでください」
マリアがそう言うと、廊下の先何か所かで空間がもやっと白くなり、それが床にまで下がっていき、更に空間の中央に集まって塊になった。
「その床に落ちた塊は、空気中の埃やカビを集めたものです。 直接手で触らないことをお勧めします」
そして、また空間全体が靄のように白くなった。 その直後から部屋が涼しくなった気がする。
「もう進んでも大丈夫です」
そう言うと、マリアはストレージからスーパーの袋を出し、手を使わずにその塊を魔法で袋に放り込んだ。
「最初に埃や臭いを含んだ空気を、魔法で床に押し付けました。
その時、空気と埃を床に圧縮し、その時出る熱を床に逃がしました。
その埃を1か所に集め固めた後、圧縮していた空気をもとの範囲に一気に戻しましたので、床に逃した熱の分、空間の空気が冷たくなりました。
気のせいでなく、実際に気温が下がったようだ。
あ、サリー! 前に進んでも良いと言われたが、駆け出すのはやめてくれ!
床の状態も分からないし、釘やガラスなどが落ちていたら怪我をする。
とは言ったものの、建物内部はすべての工作物が撤去された後、マリアの魔法できれいに掃除されたようで、床にも何も落ちていない。
この階は本当にコンクリートがむき出しの状態で、柱や壁など、ところどころに処理された配管や配線が出ている。
皆にそれら、飛び出たものを踏んだり、ひっかけたりしないように気を付けるように最初に注意をしておく。
それに対して、返事だけは良い。
「加納君、これって? 今何が起きたんだい?」
あ、しまった。 水谷さん達は魔法を知らないか?
「さっき魔法って聞こえた気がするが、サリーさん達は魔法使いなのか?」
「いや、そうですね。
魔法が使えるのは、そのマリアだけです。
いまのは、魔法で有る範囲内の空気を圧縮し、塵や臭いの分子を除いた後、元に戻しました。
圧縮した際、その熱を床に逃がし、断熱膨張したので、館内が涼しくなりました」
「確かにかなり温度が涼しくなったなって、いや、原理を聞いているのじゃなくって、魔法ってどういうことだい?」
「まあ、マリアはそう言う国から来たので、彼女の国の人の中には魔法が使える人がいるらしいのです」
「俄かには信じられないが、でも今実際に見せられたわけなので...
「この人も箒に乗って飛んだり、変身したりするのか?」
「わたくしは、そんなことは出来ませんですわ。 なぜかこの世界の方は、魔法と聞くと不思議なことに皆さんそうおっしゃいますわね」
「あ、どうもすみません。 ちょっと、いや、ものすごく驚きました」
「ふふ、正直な感想ですわね」
「あの、他にも魔法って使えるのですか?」 って、佐々木さん。
「あ、佐々木さんも、魔法については、絶対に秘密でお願いしますね。
秘密が漏れると彼女自身が危険にさらされますので」
「そうですよね。 了解です。 僕も許可なきものについての公表はしませんので、安心してください」
「すみません。お願いします。 魔法については、またお見せする事に成るかもしれませんので、驚かないでください」
そう言いながらも、すぐにまた魔法を使う事に成るのだが。
中央部から出発し、遠くに見える端までは、100メートルある事になる。
そのため、しばらく進むと、マリアはまた魔法を使い空気や床を綺麗にする。
やはり広いために、ある程度範囲を絞って魔法を使っているようだ。
両側の壁はガラス面が続き、そのはるか先の突き当りまでガラスになっているようだ。
この魔法で、ガラス面の内側もきれいになってゆく。
俺たちは、その奥に見える階段まで歩いていくが、綺麗になったガラス窓からは海や反対側の埋め立て地が良く見える。
反対側の窓からは、伊勢湾の奥に山並みも見えている。
両側はガラス張りで、奥に真っ直ぐ伸びた長い廊下は、空港の中の長い通路を歩いているような感覚である。
海が見える一番奥まで到達すると、佐々木さんが
「あっ、ここです。
ここに僕が昔来たことがあるレストランが入っていたんです。
今は何もありませんが、ここから見える景色には見覚えがあります」
ぐるっとガラス張りとなるので、ここからは伊勢湾の他に、その伊勢湾越しに愛知県の知多半島や三重県の長鳥温泉や鈴鹿山脈などが良く見えている。
正面は本物の太平洋の海であるけれど、ここは伊勢湾の最奥に当たる場所なので、両側からの陸地に取り囲まれたように見えるので、海と言うよりは大きな湖のように感じる。
俺たちは、食堂だった場所を見た後、階段を昇り3階に上がると、そこには壁による間仕切りが、廊下の一番奥までずらっと並んでいた。
この階は柱ではなく、基礎からの柱と同じ間隔で壁が並んでおり、真ん中の通路空間は、一番奥まで、ここからであると200メートル先までまっすぐの廊下として続いていた。
昔は、ここに幾つもの部屋の扉が両側にずらっと並んでいた事であろう。
ここも造作が無く、むき出しのコンクリートの壁だけが、海側と陸側に有り、奥まで並んで建っていた。
この階は、この間仕切りに中に2部屋か3部屋に区切られていたとようで、間仕切りの間の床には、何か所かの配管が出されている。
俺たちは反対側の階段まで3階の中を歩いていくが、中央のエレベータ部分以外は同じような構造になっていた。
この階の両端は階下のレストランと同じく、間仕切り壁ではなく、柱による広い空間となっている。
さらに4階に上るが、ここは3階と同じ間取りであったため、中央の階段まで行くと屋上にまで上がる事にした。
屋上には手すり以外何もなく、見えるのは両端の階段の登り口と、この中央のエレベータと階段と機械室だけであった。
埋め立て地だけあって、周囲に高い建物はガントリークレーンや積み上げられたコンテナや港湾施設しか見えず、ぐるっと周囲が見渡せた。
しかし、この場所は海や陸地を遮るものは何もないので、風は直接く当たるので、冬はきっと寒い事であろう。
そして、建物の縁に積もった土に雑草が所々生えており、そこから伸びた蔦が壁に垂れ下がったようだ。
これで、簡単ではあるが建物を一通り見た。 という事にする。
何せ距離が有るので、これだけ見るだけでもかなり疲れてしまった。
見た限り、何もないコンクリートの空間であり、これだけ見ると、ここに住めるのかと思ってしまう。
でも、水谷さんによると、時間はかかるかもしれないが、住めるんじゃない? って事になった。
最悪、建物の中にテントでも張ればよいか。 あ、コンクリート床じゃペグが打てないな。




