5-03-04 物件
俺たちは面接事件がようやく終わり、検疫施設に向かう9課の人をパーキングエリアから見送っていた。
このパーキングエリアはインターチェンジを併設しているので、ここで一度高速を降りることが出来、そして再び東京方面に乗り換えて帰るようだ。
まあ、長鳥温泉に遊びに来る人が多く使うので、事前にトイレや食事などを済ますには都合が良い。
彼らは長鳥温泉には寄らずに、ここまで来た道を名古屋まで戻り、今度は東名ではなく、中央道経由で検疫施設を目指していくとの事。
ちょうどその頃、1本の電話が唯華の携帯電話にかかってきた。
その電話は、午前中に埋め立て地に有る物件を、一緒に見に行った不動産屋さんからであった。
俺の携帯は秘匿回線なので、不動産屋さんには唯華の電話番号が伝えてあった。
すでに秘匿回線である必要はないと思うのだが、スレイト通信があるので電話自体不便していないので、そのままとなっている。
また、何か新たな物件が見つかったのかもしれない。
しかし、かかってきた電話は、新たな物件紹介ではなかった。
この面接の連絡が入った為に、途中で別れてしまい、冷かしだけなってしまった埋め立て地の物件であるが、その売り主がぜひ話を前向きに進めて欲しいと言ってきたらしい。
不動産屋さんが午前中の土地の内見の事を報告すると、かなり条件を緩和すると言っているらしいのだ。
中間決算が近くあり、それまでに売却できるのであればという条件らしいが。
俺が迷っていると、サリーが、「あそこだったら、夜は長鳥温泉の花火がきっと見えるよ!」 と言っている。
君はそれが目的だったのかい?
あの土地は何もなさ過ぎて、イザベラやマリアの秘匿すべき実験の事を考えると、その意味での立地としては、面白いなと思えてきた。
市街地で突然炎が噴き出したり、大きな爆発音がしたら、パトカーや消防車がすぐに飛んできてしまう。
名古屋駅に近いのに、周囲1Km以上に人が住んでいないような場所は、確かに稀有な存在だと思われる。
「それでは、まずは最初にきちんとお話をお聞きしておきたいと思いますが、どうすれば良いですか?」
「名古屋市内に有る銀行の店舗までご一緒頂けますと助かります。
足が無いようでしたら、こちらからお迎えに向かいますがどうされますか?
先方が急いでいるようですので、すぐであっても時間はこちらに合わせてくれると言ってます。
私も先方の条件などはまだ聞いていませんが、先方から声がかかると言う事は、良い条件ではないかと思います」
「では、今日の午後こちらの車で向かいます。
今乗っているのがマイクロバスなのですが、それはそこの駐車場に停められますか?」
「銀行さんのビルの駐車場は、確かマイクロバスも停められたと思います。
銀行さんは、3時過ぎてからが都合が良いかと思います。
このお電話の後、正式なアポイントの時間と、合わせて駐車場の件を確認しておきます。
でも、もし停められないようでしたら、私どもの駐車場に停めて頂ければ、そこから車でお送りします」
不動産屋さんは、話に少し色が出てきたので、ちょっと積極的だ。
「では、とりあえず3時に伺う予定を入れますので、現地でよろしくお願いします」
俺は、唯華とサリーにその話を伝え、斎藤さんに3時に銀行までの車の手配をお願いした。
イザベラとマリアは、教授との打ち合わせの続きをしたいそうで、俺達だけで出かける事に成った。
一度教授宅に彼女たちを降ろしに戻ると、教授の他に何人かおじさんが来ており、そこで真剣な顔で話し合いの最中だった。
俺たちは話し合いを邪魔をしないよう、イザベラとマリアを残し、そっと教授の家を出る事にした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
マイクロバスは無事に銀行の駐車場に停められた。
銀行に到着後、応接室に通された俺たちは、唯華と一緒に来た斎藤さんが、なぜか銀行の人と向かい合って話をしている。 俺とサリーは傍聴者、隣で聞いているだけだ。
「こういった雑務は、執事の私にお任せください」 と、ピシリと言われてしまった。
えっ、俺はもう少し話を聞きに来ただけなんだがな?
俺の立場だと、これからもこんな感じが続くのかなぁ? などとちょっと、将来の事を考えていると、
「慎二、話はまとまったわよ!」 との唯華の声にはっとする。
えっ? 商談前に挨拶の世間話をしてたのじゃなかったの?
しまった! 全く聞いていなかった。
「じゃ契約に移るから、慎二は署名をお願いね。
カノの印鑑は私が持っているから」 国務大臣か?
こういった不動産取引では取引と支払いは同時に現金で行われる。
一般的には、住宅ローンを用いて支払われる事に成るので、その場でローン契約が結ばれ、そこで借りたお金が銀行から購入者に渡され、そして販売者に渡される。
販売者と購入者は、契約書に判を押しあう事で売買が完了する。 これらを一度に行う事に成る。
あとは、購入者がローンを銀行に返済していく事に成る。
まあ、支払うべきお金が即金である場合、ローン契約はいらないから少しシンプルだ。
「では、お金は加納の当座から支払いますので、支払いは小切手でよろしいですか?」 と唯華。
「大丈夫でございます」
普通そんな現金を常に持ち歩いていることはないので、その場で支払ってもらえるとは思っていなかった銀行の総務の人はちょっと驚いたようであった。
小切手は、取引において現金と同じ扱いになる。
小切手を切ると言う事は、お札を自分で作り出すみたいなものなので、取り扱いは慎重に行う必要がある。
「すみませんが、ここで小切手を切りたいので、チェックライターを貸りできますか?」
チェックライターとは、小切手に金額を記入するときに、数字が改ざんされないように、凹凸が付いた数字の活字にインクを付けて、小切手用紙に刻印印刷する事務機だ。
小切手は、当座預金の出金を行うときに使うのだが、近年は当座預金もオンラインで処理が出来るようになったため、めったなことでお目にかかれなくなってしまった。
「では、こちらをお使いください」
「小切手は、お渡しするのが銀行さんですから、この場で確認できますから、線引きや裏書は特に必要ないですね?」
唯華は小切手を作成し、俺がそれに署名して銀行印を押す。
唯華が確認して、銀行の人に渡した。
担当の行員の女性は、小切手の預かり書に金額を書くと、小切手を確認し、確認するが、そのままちょっと固まっている。
「あの、これ本物ですよね。 すみません、変なことをお聞きして。 すぐに処理いたします」
「君! お客様に失礼だぞ!」
総務の上司の人が、担当を叱っているが、その上司に小切手を見せると、上司も同様に固まった。
「お客様、お客様が払い出された小切手なんですが、これ日本銀行の小切手券ですが、加納様はそちらに当座をお待ちなのでしょうか?」
ああ、それね。 そこで固まったのね。
「あ、もしその銀行を良く知らないようでしたら、そちらの銀行に確認してください。 それとも、私どもの小切手に何か不審な点がありますか?」 と、唯華。
「とんでもございません。 この小切手が偽物だとは思ってもいません。 さっ君、早く入金を行って来てください」
しばらくすると、その行員さんが受領書を持ってきたので、さっきの預かり書を返却する。
「確かに、日本銀行さんのお口座で間違い御座いませんでした。 申し訳ございません。
それで、本日は契約書をお渡しいたします。 あと、司法書士からの登記簿は出来上がりましたら当行に届きますので、引き取りにいらして頂けますか?
登記簿は郵送ではなく、当行では直接お渡しする事と成っておりますので、お手数ですがよろしくお願いします。
現在の建物に関する図面はこちらをご覧ください。
それと、これが現在預かっております建物のマスターキーです。
ただ、長い年月開閉はしておりませんので、場合によっては鍵交換をいただいた方が良いかもしれません」
契約上現況渡しではあるが、あくまで建物が存在する前提で契約は行われている。
大きな建物だけあって、書類は大きなファイルが何冊分もあり、電気配線や給排水など、いろいろな設計図面名が背表紙に書かれていた。
更に小さな段ボール箱には、マスターキーが入った封筒が、沢山入っていた。
それぞれの封筒には部屋番号が書かれており、ルームキーや室内金庫とかメンテスペースなど部屋の中の鍵名などが書いているようだ。
まあ、この後建て替えるのであれば、これらはあまり関係ないけどね。
なにか知らないうちに、またいろいろなことが進行し、気が付くと契約が終わってしまっていた。
まあ、お買い得な買い物だったようなのだが…… よくわからない。
急に土地が手に入ったので、これからが大変だな。
さてどうしようか。
とにかく買っちゃったものは仕方がない。 まあ、雑草生い茂る庭付きの廃墟だが、憧れの広いお庭付きの一戸建てか。 ハハハ...




