5-02-09 パーティー
僕、佐々木卓也は名古屋の地元を中心に活躍しているフリーのライターで、僕がそれを知ったのは、ほんとに偶然だった。
日も短くなり始め、夜も7時を過ぎると、周りはすでに暗くなりかけている。
まだまだ蒸し暑さは続いているが、それでも夏の日が過ぎさっていく事を感じてさせられる。
取材に行った帰り道、名古屋近郊で車を走らせていると、道から少し離れた場所は明るく、何か大勢の人がいるように見える。
この周辺はそれほど詳しくはないが、確かこの周囲には田畑が多かったはずで、どこか普通の家なのか、電気が付いた屋台みたいな物も見える。
少しお腹もすいていたので、もしやお祭りだったらと、その場所を覗いてみる事にした。
いや、何か呼ばれているようにすら感じて、僕はその人たちの集いに呼び寄せられていた。
車なので大して時間がかかる訳でもないので、少し遠回りとなるが、次の道路を曲がってその明かりの場所にまで立ち寄ってみる。
そこは、やはり民家の前の広場のような場所で、小さな小屋の様なキッチンとその小屋からは照明が出ており、その前にはいくつものテーブルが置かれ、テーブルは明るく光っていた。
そこで立食パーティーみたいな事をやっているようであった。
20人以上は居るだろうか、田畑で有ろうこの周囲は既に暗闇となっている為、テーブルを離れると良く見えないが、皆さんテーブルの周りで料理を食べているようだ。
街道から1本離れた道路では、道路に街灯はなく、道路の両側は田畑である。
夜間に車が通ることはほとんどないであろうから、パーティーのお客さんの車だろうか? 近くに何台かの車が路駐している。
僕は車を近くまで寄せて、思い切って料理を配っている女性に声をかけてみる。
「これって、何かのイベントですか?」
たった一言であったが、見ず知らずのパーティー会場に声をかけるのはちょっと勇気がいった。
「いえ、今日は私たちのキッチンカーのお披露目で、うちの皆さんに晩御飯を振る舞ってるんですよ。
お祝い事ですので、よろしかったら少し食べていかれますか?」
「えっ、身内の方のイベントで、僕なんか部外者が参加して良いのですか?」
「まあ、ささやかなお祝い事ですので、お気になさらずに。
この辺の道路に停まっている車は、皆さんそんな通りすがりの方ですし、お金は結構ですから、少しどうぞ」
「あ、じゃあ、すぐに車を停めてきます」
僕はそう言うと、すでに停められている車の一番先頭に置きに行った。
少なくとも5台分くらいは通りすがりの人が混ざっているってことだな。
僕がそのパーティーの会場に戻ると、さっき話した女性が僕に声をかけてくれて、あそこのテーブルがまだ余裕あるから、そちらへどうぞと勧めてくれた。
「あ、すみませんが、相席させてください」
「どうぞ」
中央のテーブルは立食のようだが、周囲のテーブルには椅子も置かれ、この端のテーブルでは、1人の女性が沢山の小皿を並べて、嬉しそうにそれらを食べていた。
いろいろなお料理が振る舞われているようで、この人1人でこんなに皿を並べて食べているのだろうか?
「ここは、お料理はどうすればよいのですか?
あのキッチンカーで買ってくるのですか?」
「いえ、あれは特に販売ではなく、今日はあの中で作っているだけです。
お料理が出来ると運んでくれる人がいるので、その時出来た料理が食べたければ、配っている人を呼べばいいですよ」
「あの、これ全部今日のお料理なのですか?」
「ええ、一応私もお料理に希望を出しているので、全部味を確かめなくっちゃ、作った人に悪いでしょ?」
「はぁ? あ、すみません。
僕通りすがりの者ですけど、佐々木と言います」
「あら、初めまして。 ようこそ、佐々木さん。 私は服部と申します」
そこで沢山の皿をキープしているのは、やっぱり服部さんであったか。
「僕フリーでライターをやっているのですが、今日は仕事でこの先まで取材に行っていたんです。
この辺は、帰りに食べられるお店があまりなくって、ちょうどお腹が空いてきていたので、ラッキーです」
「あ、次のお料理が来ましたわ。 斎藤さん! こちらもお願いします」
「はいはい、わかってますよ、服部さん。 おや、今回はまだ空いたお皿がありませんか?」
「はい。 ちょっとおしゃべりしてたから。 こちらの方にもお皿をお願いしますね」
「あ、お客さんですね。 これ、どうぞ」
呼ばれた斎藤さんは、僕の前にもお料理を置くと、エプロンのポケットからテーブルにカトラリーを置いてくれた。
そして、手をあげて別の給仕されている女性を呼ぶと、
「こちらのお客様はお車なので、お水をお持ちしてください。
ソフトドリンクはあちらのテーブルに御座いますので、ご希望でしたらご自由にお飲みください」
僕は、向かいの彼女のお料理を見ると、洋食っぽい感じがするので、香りがある甘いソフトドリンクよりも、今頂いたお水を飲むことにした。
そして、早速置かれたお料理をまず一口食べて見る事にする。
「お口に合いますとよろしいですが?」
そう言われて、肉料理の様であるが、少しドロッとした感じの汁が周りに付いている。
煮込みであろうか? 肉は、小さなブロック状の牛肉かな?
フォークで刺して食べて見る。
ん? 何だこれは。 すごく美味しい!
香辛料と共に時間をかけて煮込んだようで、中まで柔らかく、奥歯で噛むと肉が繊維状にほぐれ、口の中にジューシーな肉汁が出てくる。
「うわっ、これ凄く美味しいですね!
なんて料理なんだろう?」
「ふふっ、 これはと言うか、これらのお料理はすべてうちのシェフオリジナルなんですよ。
あのキッチンカーのシェフは、すべてインスピレーションで料理を作っているので、材料を見るとお料理のレシピが閃くそうなのです。
なので、同じ料理に出会えることは、ほとんどないので、その場ですべて食べておかないと損しちゃいます」
そう言って、彼女は目の前のお料理を次々と食べていく。
さっきの給仕の方の話しぶりでは、ここまでにも、すでに何皿か食べ終えていたらしい。
まあ、一皿にはそれほど多くの量は入っていないが、それでもすごいな。
「今回、シェフが新たな味にチャレンジすると言う事で、さっきからすでに何皿かでたのですが、薬膳をベースにした料理と言う事で、私驚いちゃいました」
「それって、驚くほど美味しいって意味ですか?」
「美味しいのは美味しいのですが、何て言うか口で言い表されない様なお料理なの。 人生初めて体験する感じの味で、大人の味でした」
「ぜひ僕も食べて見たいですね」
「次にも出るようですよ」
彼女が指さすキッチンカーの上には、大きな画面が乗っており、音楽と映像が流れているが、そこに次に出るお料理も紹介されていた。
確かに薬膳ベースと書いた文字がある。
僕は、あまり薬膳料理なんて物を食べたことは無いけど、何か薬臭いのかな。
「薬膳をお願いしまーす!」
彼女は、僕と自分の2皿をお願いしてくれた。
「服部さん、まだお食べになられますか?
でも、本日の薬膳シリーズは、これが最後のようですよ」
「えー、残念!
実果さんに、薬膳はどれも大成功だったと伝えておいてください。
あ、これは今からまだ食べていませんが」
「はい、確かにお伝えしておきます。
では、ごゆっくり召し上がれ」
「では、佐々木さん。 冷めないうちに食べちゃいましょう。
それ最初に一口食べてから、その後、お皿についている調味料を混ぜるとおいしいわよ。
その調味料を混ぜて食べるのは、私のアドバイスなの」
僕は初めて体験する薬膳料理という物をちょっとおっかなびっくり、汁と具材をスプーンで一緒にすくい、一口食べてみる。
ん? 最初ほんの少し苦みを感じる、初めての味だ。 苦瓜とかの強い苦みではなく、何だろうか? これが薬膳なのだろうか?
そして、言われたとおりに、そのお皿の調味料を混ぜてもう一口食べて見る。
すると! 何だろう、先ほどの苦みではなく、調味料の酸味や甘みなど様々な味が口いっぱいに広がり、遠くにかすかに感じる苦みが良いアクセントになっている。
いや、これは苦みが無ければ成り立たない、初めての味だ。
「これ、どうなっているんですか? こんな味、僕は今まで食べた事が無いのですが?」
「でしょ! お料理自体オリジナルだけど、今回薬膳に使っている薬草は、漢方薬のお店から新たな調味料として手に入れたみたいなの」
そして、僕はちょっと驚愕してしまった。




