5-02-07 カノ国(仮)物語
教授の家で、俺は秘密のすべてを仲間に話し終わった。
そして、次は俺たちが進むべき道、異次元人と安心して暮らせる新たな国づくりについての話が始まった。
「えー、では国造りの案を作成しました、私、西脇唯華から説明させていただきます。
先ほど申しましたように、私は外務省で異次元の人とコンタクトする仕事をしていました。
異次元の人とのコンタクトでは、国は大きな費用を投じてその観測システムなどを構築したのですが、接触後の対応につきましてはどうかな? と言う事に至りました。
異次元の人と違い、宇宙から来られる異世界人の方は、優れた宇宙船によりやって来られる為に、訪問されても、要件を済ませた後は、乗ってきた宇宙船で帰られます。
しかし、異次元からの来訪される方の場合、何かに乗り物に乗って来られるのではなく、人そのものが転移してこの世界に来られることが解っています。
そして、転移者の場合、そのほとんどは身一つで現れる為、帰るすべを持っていないことが予想され、実際に今回転移されてきたサリーさん達も、戻る方法がありません。
私たち日本政府として、それに対してどのように対応するか、まだはっきりとした政策を示していません。
その前に、異次元という世界自体を政府が公式には認めていませんので、無い物に対応する国家予算を充てることが出来ない、と言った方が良いのかもしれません。
では、転移されてきて戻れない人にどのように対応するか。
幾つかの選択肢が考えられますが、役人が考えるそれらの中には、共存するという結論の選択肢は少ないと考えます。
何しろ、日本と言う国は、例え同じ地球上の人たちであっても、難民となった方たちに対して受け入れの体制が取られていません。
援助策の中に、自国で移民として全員を保護するという言う考え方は無いのです。
せいぜい在留資格というものを発給して、お茶を濁しています。
このような中で、さらに繋がりが薄い異次元からの人を、日本政府が受け入れるかと言うと、その未来にはとても暗い物が感じられます。
私は、自分の仕事に矛盾を感じて、同じ地球の異次元の人たちが安全に暮らせないかをずっと考えてきました。
そして、以前から上司にその提案などを作成して出してきたのですが、そもそも異次元の方の存在すら確認されていませんでしたので、机上の空論だよと言われてきました。
しかし、こうして実際に異次元から転移された事が観測された後、計画を実現するためにどうすればよいかと迷っていたところに現れたのが加納さんでした。
先ほど加納さん達の秘密を語っていただいたのですが、私はこの計画を作っているときはそれらについては知りませんでした。
もし、それらの1つでも知っていれば、もっと簡単に計画が進んだのかもしれませんね。
うーん、でも知らなかった事が良かったのかもしれません。
仮に、先ほどお聞きした内容を利用して、この計画を作っていたら、利権を求めた人、企業、国が群がってきたことだと思います。
そして、それは決して良い結果につながらないと思います。
唯一、陛下は伝承によるスレイトマスターへの恩返しを考えて頂いており、それは利を求める物などではなく、純粋に白神様や異次元の人たちに対する助けであると考えます。
何しろ、陛下や政府も、加納さん達のスレイトに付いての情報は、私同様におぼろげにしか知られておられないはずです。
ましてや、パラセルの存在、貴薬草による高度な薬、魔法、摩導具などこれら加納さんの秘密は、当然いまだに存じておられません。
であれば、しばらくこのまま秘密としたうえで、異次元からの人が安全に暮らせる方法が出来ればと考えています。
そしてその中で、秘密によっては徐々に公開していくことが良いかと思います。
私の計画ですと、陛下から土地をいただけるとお聞きしていますので、そこを新たな住居とし、そこを日本から独立した国家として、日本の法律が届かない場所を作ろうかと考えています。
そして、独立国家として、自給自足を基本に、不足分は日本との貿易によって必要な物資の調達を行えないかと考えています。
ただその為には、多くの費用が必要で、それをどのように調達するかです。
私の計画では、難民となる異次元の人を受け入れる際に、難民を送り出す政府から請入費用を集めようかと考えていました。
また、実現できそうな事として、クラウドファンディングで世界の人から寄付を受けることとも一つと思っています。
そうですね。
今皆さんの顔に浮かんでいるように、多分これは失敗するでしょう。 そんなにうまくいかないことは私も分かっています。
ところがですね、たまたまなのか、運命が引き寄せてくれたと言うか、その答えが加納さんだったのです」
おいおい、やっぱりそこで俺なのか。
「加納さんと異次元の方は、一番問題となる、言葉などの異次元の方とのコミュニケーションが既にできていました。
これは奇跡です。
そして、加納さんも、この3人の方達とこの世界で無事に生活できる事を願っていました。
さらに、加納さん達には、先ほど説明頂いたように、私達にはない素晴らしい能力がある事が徐々にわかってきました。
先ほど、国づくりの資金に触れましたが、それについてはすでに足掛かりとしては解決しています。
今、そのお金は加納さんの独立国家としての当座口座が既に日銀に作られ、原資は既に払い込まれています。
口座自体は外務省からの後押しもあったのですが、そのお金は加納さんがパラセル取引で得たものです。
国を作り運用するためには少ない額ですが、それでも金額的に300億円が入金されています」
「ヒュー!」
「えー、加納さんってお金持ちだ!」
「いえいえ、今言いましたようにこれは加納さん個人のお金ではなく、カノ国としての口座に入っています。
あと、これは日本国との信用取引を行うためにお金として積みますので、自由に使える訳ではありません。
しかし、それだけの資産を既に持っていることは確かです。
今、ここにおられる方は、様々な理由で、加納さんの元にいらしていると思いますが、ぜひ加納さんが進むべき道をはっきりしたいと思っています。
いきなり聞いてしまい、巻き込まれたと思いますが、ここまで来てしまいましたので、是非協力をお願いしたく思っています。
ここにおられる方が、これから作る加納さんの国の始まりのメンバーとなると思います。
そして、国を立ち上げるとなると、奈良に多くの人たちが増えることになると思います」
「あ、唯華はどんどん話を進めてしまっていますが、俺としては確かに異次元の人たちと一緒に安心して暮らせる場所が必要だと思っている。
しかし、その唯華の新たな国づくりと言う話は、そんな俺の考えをはるかに超えた大きなもので、そんな事なんかできるわけがないと思っていた。
でも、こうして一歩ずつ進みだしてみると、なんかちょっとできそうな気になってきているんだ。
それよりも、なんかワクワクすると言うか、ちょっと面白そうだとすら今は思っている。
今、ここに集まっている皆は、様々な理由で、今俺と一緒に来てくれていると思うのですが、俺と一緒に進むと言う事は、唯華が提唱した国づくりという物を是非手伝ってほしいんだ。
こんな話、いきなり聞いてしまい、騙された、巻き込まれてしまったと思う人もいるかと思います。
もし、こんなのやっていられないと言うのであれば、俺達の秘密をすべてお話ししましたが、今ここで出て行っていただいても構いません。
でも、もし俺達とやってみようと思うのでしたら、是非協力をお願いしたく思っています。
唯華が言うように、ここの皆が、これから作る加納国の始まりのメンバーとなると思います」
何だろう、誰も何も反応しない。 この反応はちょっと怖いな。
すると、壮太君が手をあげる。
「僕は高校生なのですが、それでも参加できますか? いやぜひ参加したいと思います」
「そうだね。 君はまず高校を卒業できるようにした方がいいな?
まあ、大学へ進学しないとの覚悟が出来たのであれば、高校に行きながら参加してくれてもいいけどね。
それと、一つ参加していただくうえで、お願いと言うか、覚悟が必要になる事が有ります。
それは、今作るという物は、新たな国です。
言い換えますと、国を作り、そこの国民になると言う事に成ります。
日本では複数の国籍を所持する、重国籍 を認めていません。
そのために新たな国の国民になると言う事は、国籍法により日本の国籍を失う事に成ります。
日本の法律に縛られないために、外務省さんから、この前俺は日本の国籍が抹消されてしまいました。
今の俺は、立場的に彼女たち異次元からの来訪者と同じ立ち位置です」
ざわっ、と反応する。 やはり、国籍を失うと言う事は、ちょっとインパクトが強いようだ。 俺もかなりショックだった。
「まあ、今すぐではありませんが、国が出来た時点では国籍を切り替えてもらう事になると思います。
大丈夫でしょうか?
もし、この話に着いてこれないようでしたら、この後抜けてください。
たぶんこの時代に、新たな国を自分たちで作ろうなどと考える人は、ほとんどいないと思います。
ですので、手本になるような物はなく、これからも手探りになると思います。
まあ国といっても、あまり大きなことを考えずに、小さな島に小さな村を作るぐらいの気持ちでいけば何とかなるのかなと思っています」
「それ、いいね。 だったら、サリーは日本の中に作るのではなく、誰も住んでいないどこかの島に作ればいいと思うわ」
「でも、この世界で、そんな誰も住んでいない、しかも国として独立できるような島は見つかるのかな?」
「外務省の資料でも、どこの国の手もついていない島は、多分見つからないと思うわ。
例え火山活動などで、誰も住んでいない孤島が生まれたとしても、衛星からの観測により、どこかの国がすでに調査をしていて、その権利を既に主張しているわね」
「でも唯華、それって誰の権利にもなっていない島が、公海上に有れば、そこを俺たちが所有できるのか?」
「そうね、他国の排他的経済水域、EEZに含まれず、未発見の島に対して世界にその発見を報告し、どこの国からも過去の所有権についての異議申し立てが無かった場合、発見者の属する国の所有が認められると思うわ」
「じゃあ、そこに国を造ればばいいのか?」
「でも国と言うのは、自分で1人で名乗っても国じゃないわよ。
まず、その他国から独立した土地が必要ね。
そして、そこに国民がいて、他国を排してそこの統治が継続的にできる事。 侵略されちゃったら、そこでアウトね。
そして重要な事として、どこか他の正式な国から、それが国だよと言う承認してもらわないと、世界における国としては認められないわ。
できれば承認は、複数の大きな国がいいわね。 でも、それさえできれば、最低限の国は出来るわよ。
国連加盟などは国の条件とは関係ないので、少なくとも日本国に承認させるための下準備を私は今しているのよ」
そういえば、俺は国を作ろうと言う唯華の話は聞いていたが、そもそも国ってものについてを、よく考えたことは無かったな。
彼女は、かなり大変な仕事をしているようだ。
でもさっきサリーが言った、「誰も住んでいない島に作れば」と言う言葉が何か引っ掛かっている。
そうだよな。 うん。
何かを思いついた慎二であった。




