4-07-01 さらばトヤマ
富山に来た俺たちは、由彦さんと壮太君のおかげで、この旅の目的であったエリクサーが完成し、イザベラの世界に届けることが出来た。
また、エリクサーをカプセル錠剤化できたことで、パラセルへの販売以外にも、現在の世の中でも使いやすい薬となった。
更に、訳の解らないうちに俺が由彦さんの漢方薬店のオーナーとなってしまっている。
そして、新しい丸薬が出来上がり、漢方薬店の再開にこぎつけることが出来た。
あと、富山ではキッチンカー姉妹が加わったのも嬉しい出来事であった。
その松井姉妹は、今日も嬉しそうにキッチンカーの仕上げの確認に行っている。
あの後、キッチンの空いたスペースに保温庫などをつけてもらっているそうだ。
車屋さんのお仕事の邪魔になると思うのに、あれから毎日見に行っているらしい。
いくつか仕様追加などが出た為、納車は多少遅れるようなので、松井姉妹は車が完成するまで由彦さんの家で泊めてもらう事になった。
そう、コテージ契約の1週間より1日早いが、俺たちは明日月曜日に富山を離れる予定だ。
そのキッチンカーは、陸送してもらうようにお願いしようとしたところ、絶対に自分たちで自動車工場で受け取りたいと松井姉妹に懇願されてしまった。
そこで、姉妹のためにホテルを手配しようとしたのだが、是非にと言う事で、二人は富沢家でご厄介になる事になってしまった。
ところで、真希を供に薬草を探して自由行動をしている貴子を何日かぶりに見かけた。
その時、俺は最初にその子が貴子だという認識が出来なかった。
たった数日見かけなかっただけで、身長が大きくなっていたのだ。
毎日工場で顔を合わせていた時は気が付かなかっただけなのかも知れないが、数日間見なかった為それに気が付いた。
そういえば、シーが貴子はこの後急速に成長すると言っていたが、どうやらそれが始まったらしい。
そのため、真希は貴子を連れて探索に出かけた際に、たびたび新しい服を買ってくれていたようで、申し訳ない。
せっかく買ってきた服や靴も、成長に追い付かずにすぐに着れなくなってしまうため、今日は多少身長が伸びても着ることが出来る、すこし緩い服を着ていた。
幼児だと思っていたが、今はすでに小学生低学年の体型にまで育っている。
しっかりと食べ、野山を駆け巡っているのが成長に良いのだろうか?
問題というか、大変なのは例のカプセル錠剤の取り扱いだ。
珠江とも話し合っているが、薬効の確認のために厚労省に薬の評価をお願いしたので、出元は珠江とバレており、完全に供給を絶つ事は難しいかな? と言われた。
何しろ、重病患者が、薬を投薬した直後から完全回復してしまい、それが同時に200か所以上の病院で発生したのだ。
いくら秘密とは言っても、人の命にかかわってくる事なので、各地から確認が入っている状況らしい。
今のところ追加での貴薬草の入手は、実際に困難なので、うまく出荷をコントロールする必要がある。
珠江から200本を配布した1ミリリットルの試験管薬には、その結果の報告とともに、販売想定価格に対するアンケートを行った。
考慮する条件として、この薬の材料の入手が困難で、残数が非常に少ないという事も知らせてある。
回答はいくつかの金額からの選択方式であったが、最高額の項目の一千万円とする回答がほとんどであったようだ。
この価格が安いのか高いのか俺にはわからないが、もう少し高い額の選択も設けておくべきであった。
俺たちが手渡した富山の病院の院長も、珠江によると一千万円にチェックしていたようだ。
貨幣価値の比較がしづらいが、このアンケート結果よりもはるかに高いと思われる値段が、パラス査定では得ている。
この世界では、初めて現れたエリクサーに対する情報が、まだ少ないのではないかと思われる。
日本での難病治療の場合、高額医療費に対する健康保険が適用されるので、高額の請求書は来ないが、使用する医薬品や高度医療の検査費用など、実際の費用は当然一千万円以上かかっている。
また治癒の期間や治癒後の状態、後遺症など考慮すると、医師から見ても1回の投薬で完治する薬は、一千万円では安すぎるのだろう。
結局俺たちは、試験配布した1ミリリットルでは効き過ぎると言う事で、この試験管での販売は見合わせた。
そして、さらに半分の薬量となる、0.5ミリリットル、そう500mg入りのカプセル錠を先日作った。
これは主にパラセルで販売し、異世界向けに使う事にした。
その後、俺はカプセル工場にもう一度訪れて、新たなカプセルを作ってもらった。
それは、カプセルに入れる薬液量を更に減らした、ライトタイプを作ってもらうためだ。
カプセル化の製薬工場に、再びエリクサー5リットル分を渡して、今度は0.05ミリリットル、50mgを封入した液体カプセルを10万錠作ってもらった。
この量だと、丸いカプセル1粒の直径が5mmと、かなり小さくなるので、子供やお年寄りであっても飲ませやすい。
これで貴薬草から出来上がった20リットルの薬液のほぼ半分を使ってしまった事になる。
小さなカプセル錠では、薬量が大きく減るので、あらゆる病気が一気に治るとは考えられないので、普通の薬としても使えそうだ。
あ、間違えてはいけない、これは高価なサプリメントだ。
なぜライトタイプを作ったかというと、配布できる量が欲しかったこともあるが、薬効はもう少し低く抑えたかったからだ。
それは、あまりにも強力なエリクサーが世の中に広まってしまうと、現在の医薬品開発に悪影響がでると考えられた。
そう、高度で高額な医薬品開発がストップしてしまう可能性があるからだ。
俺達がすべてに効く薬を安く供給してしまうと、現在の薬の市場を壊してしまう。
そこで、あえて効果を下げた薬を、そこそこ高い値段に設定し、さらに流通量を制限する事で、世間への影響を少なく出来るようにした。
この世界用にはこのライトタイプの小さなカプセル錠を1錠100万円で供給することにした。
但し、これは薬ではなく、あくまでサプリメント、高価な健康食品だけどね。
薬では無い物に、適当な効能を付けて、薬っぽく販売する偽薬はある。
これは、不思議なことに病気は治るが、薬事に触れる成分や製法は一切含んでいないのでサプリメントといって嘘ではない。 のかな? 苦しい...
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ここは東京の厚労省にある会議室。
全国から50店ほどの漢方薬店の店主などが集められていた。
そこには富山から上京した富沢薬局の由彦さんもいた。
これは通常の業界団体の会合などではなく、秘密裏に集められた会合であり、事前に機密保持のNDAが結ばれるなど、ちょっと物々しい雰囲気があった。
しかし、会議は何という事は無い内容で終了し、厚労省の関係者は部屋を出ていく。
以降は厚労省と関係ありませんという宣言の上で別の人が話を始めた。
そして、その怪しげな人は、新しいサプリメントの話を始める。
しかし、その販売希望価格を聞いて、みんな驚いた。
そう、設定販売価格が1粒100万円と、あまりにも非常識な価格なのだ。
健康食品には良くある、新たな詐欺商法かと身構える人が多かった。
サプリの事はおろか、この会合自体をも秘密にして欲しい、それが守られなかった場合、機密保持違反として対応し、以後2度とこのサプリを卸さないという説明が加えられた。
そして、本日販売希望者を募り、注文については、怪しい人側から連絡を入れると言われ、販売希望者にはサンプルとして1粒が配られると言われた。
あまりにも怪しいが、とりあえず100万円の商品が無料で貰えるということで、由彦さん以外にも何人かは希望を出したようだ。
そして会合では、このサンプル以外には何も配られず、最後まで怪しい人の身元や連絡先は一切明かされなかった。
当然、由彦さんはこのサプリメントについて知っていた。
というより、この会合自体は、サプリメントの配給元が実は由彦さんであることを隠ぺいするために仕掛けられた会合である。
この会議に出た人からは、サプリメントの供給元はこの怪しい人であり、富沢薬局ではそれを単に仕入れて販売していると他の漢方薬店に思わせることが目的であった。
由彦さん以外にも、たまたまサンプルをもらった人はいたが、怪しい人への連絡方法は示されなかった為、実質このサプリを販売できるのは富沢薬局だけである。
厚労省に例の試験管薬関連の問い合わせがあった場合、厚労省では一切関知していないと答えている。
しかし、その薬ではないが、類する生薬から作られたサプリメントが漢方薬店で売られている噂があるという情報を流すことにした。
結果、試験薬が配布された病院や、その噂を聞いた病院や薬メーカー、薬局など多くが、大きな労力を払われ、何件もの問い合わせが、富沢薬局にまでたどり着いた。
しかし、富沢薬局では病院にのみ直接販売する事にし、他の薬店や個人には、その存在すら知らないと回答されている。
そして、店頭には置かれないが、隠れた人気商品として販売されることになって行った。
また、各地の漢方薬店に多くの問い合わせが入ることで、例の会合に出ていた人はそれに気づくが、入手しようにも連絡先が判らないため、問い合わせの度に悔しい思いをしていたらしい。




