4-04-02 製品改良
この世界に配布した俺たちが作った黄緑色の液体について、200件以上の投薬結果が出た。
今回の臨床研究としての投薬試験では、様々な症状の患者さんに対して、普通の薬では絶対にありえない、それぞれ100%が回復したと言う結果が出ている。
その結果から、この液体を、サリーやイザベラから聞いているエリクサーと呼んでも間違いはないと思われる。
俺とマリアで強力なエターナルにより作った特別製の為なのかはわからないが、貴薬草は聞いている以上に強力なエリクサーに成ったようだ。
この結果により、ようやく自信をもってイザベラの世界へ俺たちのエリクサーを送ることが出来る。
ところで、例の髪の毛を付けて送った手紙に対しては、親友の父親でもある工房の師匠から、すぐに返事は返って来ていた。
しかし、その時はまだエリクサーがいつ出来るか全く予想すらできなかったので、こちらからの更なる返信にはこの世界でイザベラは無事に生活しているなど当たり障りの無い文面を送ってある。
また、それ以外の内容として、転送石での物品の受取場所の安全性についての確認を、あらかじめ行ってもらえるようにお願いした。
こちらから送った最初の手紙は、イザベラがいた工房の裏庭で見つかったらしい。
そこは、イザベラがこの世界に転移してきた部屋の中から、建物の外に10メートルくらい離れた場所だったようだ。
工房の窓から外を見た人が、庭の隅に落ちていら手紙を見つけ、送った翌日には早くも見つけられていたようだ。
そして、手紙が拾われた場所の周りは、板で囲われ、現在そこは小さな小屋にされているらしい。
また、小屋の工房側にはガラス窓が付けているので、もし小屋の中に手紙が届くと、工房からでもすぐに見つけることが出来ると手紙には書いて有った。
小屋は工房の土地の中であり、入り口には鍵を付けて有るので、他の者が勝手に入り込むことは恐らくは心配ないと言うことなので、セキュリティについては安心らしい。
こうしたちょっとした小屋もすぐに作ることが出来るのは、さすがにモノづくり工房だ。
その手紙を見て、イザベラの工房の人たちに、なぜか自分と似たエンパシーを強く感じてしまうのだが、それは俺だけだろうか?
イザベラの親友は、イザベラがいなくなったショックが強く、それ以来塞ぎがちになって寝込んでいるとの事。
精神的な気落ちから、最近病状が少し悪化したかもしれないと書かれていた。
イザベラの手紙が着いたことは、興奮や再び落ちこまさせる事となる為、薬が見つかるまで今はまだ伏せてあると書いてあった
この内容からすると、親友の病状はかなり深刻であると想像された。
エリクサーの送付を急いだ方が良いと言うことになり、取り急ぎ準備を行った。
保冷剤を入れた発泡スチロールの小さな箱に、緩衝材と2ミリリットル試験管に入ったエリクサー15本と、イザベラの手紙とを入れて送ることにした。
保温や衝撃に優れたこちらの世界の資材を用いるが、こちらが異世界であることは認識しているし、そもそもエリクサー自体も無い世界であるので、まあ今更であろう。
こちらからでは親友の現在の体調が判らないため、彼女の薬の耐用量が判らないので、まず2ミリリットル1本を飲んでもらう事にしてある。
強い薬を与えすぎると、強い副作用などの心配があるため、慎重に対応してもらう事にした。
最初の薬から何日か待って、もし薬が効かなければ次はその倍量を飲み、さらに効くまで最大4回までを繰り返してもらう。
途中で、完治したら途中でやめるように指示を行った。
2ミリリットルであっても、この世界の患者さんすべてが完治するだけの薬の量なので、もし15本全部飲んでも治らないようであれば、エリクサーを考え直す必要がある。
薬の効き具合により、返事が来るまでには何日か かかると思うので、あとは師匠からの良い知らせを待つしかない。
今回の荷物の中には、エリクサーとは別に、もう一つ手紙に付けた物がある。
それは、摩導具ではないが、紙にマナインクで模様を描いて、小さなマナクリスタルを付けたものだ。
イザベラがこの世界に転移してきた際、すべての摩導具が壊されていた。
そのことを書いて、それが転移による影響なのかを確かめる為のちょっとした実験だ。
イザベラの世界にある、摩導具やマナクリスタルを、今後転移石を使って送ってもらうことが出来るかを試すための重要な確認である。
今回送る実験用は、出来上がったばかりのマナインクを使い、貴重なマナクリスタルは小さい物をダミーとして付けた。
次の返信時に、到着時の状態の報告と、それと同じ実験品を師匠に作ってもらい、こちらに送ってもらうようにお願いした。 師匠であれば、すぐに作れるだろう。
これにより、どちらの転移でマナクリスタルやマナインクが黒くなってしまうかを見る事にした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
今回、わざわざ富山にまで来て本当に良かった。
珠江の紹介で、すぐにこの漢方薬店に来れたことで、なんとエリクサーまでたどり着くことが出来た。
自分たちの情報だけでは、この製法の正解にまではたどり着けなかったであろう。
由彦さんや、同時にあの資料を残してくれた由彦さんのご先祖にも感謝である。
昨日で実験は一段落したので、由彦さんは朝から工場のタンクの準備を始めていた。
そう、由彦さんは薬店の丸薬を作る為の準備を始めたのだ。
由彦さんの願いが叶う日も近く、すぐにできる事から準備を始めたらしい。
俺が持っている貴薬草は、貴子の里で見つけ、一度は分配したが、結局皆から委ねられた5株があった。
そして、新たな貴薬草を探すときの見本として、最後の1株については残してある。
富山の実験で使った貴薬草は2株分であり、その実験の残り分や失敗した分は、すべて由彦さんが新たな丸薬の実験に使用することになった。
薬草について加納さん達と一緒に研究して新たにわかったことも沢山あり、それが今後の薬として生かすことが出来そうだ。
そして由彦さんにもお礼もかねて、丸薬用に1株を正式に分けてあげた。 これは貴子が約束した分である。
また、最後の1株の貴薬草から、俺たちの製法でエリクサー製造したので、俺たちが自由に使えるエリクサーがようやく出来上がった。
イザベラが送った分以外は、これで自由に使えそうだ。
しかし、使える貴薬草はすべて使ったので、貴子の為にも新たな貴薬草がなるべく早く見つかることを願うばかりである。
ところで作業を始めた由彦さんであるが、工場のタンクには、敷地内に湧き出ている水をフィルターでろ過したものをタンクに貯めるようになっている。
丸薬製造にはこの湧水を使う事が書かれていて、立山からの伏流水としてのミネラル分が有効なのかもしれない。
この場所だけでも湧水量はそこそこあり、20リットルのポリタンクであれば1分間くらいで一杯になるくらい湧き出ている。
タンクの清掃は終わっているので、後はタンクへの取水バルブを開けて待つだけらしい。
でも工場の6万リットルという巨大なタンクでは、流石にすぐには一杯にすることはできない。
満杯までに、これから丸2日以上かかるようなので、今日は由彦さんは時間が取れるとの事。
今回俺たちが作ったエリクサーは、一部は臨床研究として使ったが、まだある程度大きな量が残っている。
とは言っても、薬を必要な人すべてに行き渡らせるほどの量ではない。
これからも、これを欲する人はこの世界の人だけの話ではない。
なので、限られた薬をどのように配布していくかは、これから考えるしかない。
ところで、試験管を持ち歩くのはかなり大変だ。
由彦さんに相談すると、そこは餅は餅屋で、液体を閉じ込めたカプセル式の錠剤にする方法があるらしい。
この液体カプセルによる錠剤は、シームレスカプセルやソフトカプセルなどと呼ばれ、風邪薬や咳止め、食品やお菓子、工業製品などでも広く使われているとのことである。
身近なところでは人口イクラも似たような原理で作っている。
残念ながら由彦さんの工場にはその製造装置がないが、その装置を持つ近くの製薬会社に依頼し、カプセル化を行ってもらうことが出来るそうだ。
今回作ってもらう液体カプセルは、2層の膜で薬を包み込んで作られている。
エリクサー自体は水性なので、水で溶けない油性皮膜で包み、さらにそれを胃液で溶けるような強い水溶性皮膜で包んで、中身が液体のままカプセル化できるとの事。
カプセルと言っても、継なぎ目が無い、全体を被膜で包まれた柔らかな錠剤であるので、俺たちは錠剤と呼ぶことにした。
空気などに触れなくなるために、ストレージに入れておかなくとも長期間安定して保管することが出来るらしい。
これであれば、この世界以外にも配布するのは簡単にできそうだ。
由彦さんから製造装置を持つ工場に電話をしてもらうと、今からであればすぐに対応できるそうで、その場で依頼をして、すぐに由彦さんと出かける事にした。
カプセル化をお願いする製薬工場に着くと、エリクサー5リットル分を渡して、0.5ミリリットルを封入した液体カプセルを1万錠作ってもらった。
製造上の大きさの関係と、多くの人に行き渡るように個数を増やしたいので、1錠を試験管の時のさらに半分の量にした。
しかし、これで1錠に含まれる量がまた減るので、元のエリクサーと比べ、効果がどれだけ下がるかわからない。
しかし錠剤の場合、1錠の大きさが大きいと飲み込みにくいので、子供などの為にも小さい錠剤の方が扱いやすい。
まあ、薬量が不足となる症状の場合は、2錠以上を一度に飲んでもらうことが出来るので、小は大を兼ねるだ。
この前の実験で分かった事として、あの薬草自体や、そこから検出された成分には、薬事法で規定された医薬品の植物には含まれず、また問題となる成分は特に含まれていなかった。
これは、今回カプセル化するに際しても、カプセル被膜の素材を決めるために、正式に成分分析を行ってもらったから確かである。
持ち込んだ薬液は、天然の草である貴薬草1種類のみであり、それを煮たり蒸したり? して作られている。 まあ、気を与えているのは製法分類に無いからね。
製法上から医薬品に分類するのであれば、これは複数の素材を合わせた漢方薬ではなく生薬となり、扱いが緩い第3類医薬品と言う事になるらしい。
民間療法でよくある、医薬品の対象でない植物から作った煮汁みたいな扱いかな?
もっと言ってしまえば、薬事の指定医薬品成分は一切含まれていないので、健康茶の一種と言ってしまっても良いのかな?
将来的には、この貴薬草は薬事法で規定されることになるかも知れないが、調べようにも肝心の貴薬草が入手困難なので、その判定は難しいと思われる。
と言う事で、エリクサーは薬事法に合致した医薬品を目指す事をやめて、当面は薬事法に適合しないサプリメントや健康食品として流通させた方がよさそうだ。
そう、これは薬などではなく、サプリメント、民間療法に用いる煎じ液です。 と、言い張ろう。
例え、これが健康食品だとしても、この液体カプセル1錠をパラセルで査定すると、結果は瓶の時よりも高いパラス価格が返ってきた。
加工できる人が限られた生の原材料ではなく、そのまま使える製品化しており、さらにこれは持ち歩きに便利な錠剤形状なので、大きな付加価値が付くようだ。
異なる世界でも、この薬を必要とする人は沢山あると思われるので、パラセルへの販売を中心に考えており、これはパラセルに供給する予定だ。
もちろんこの世界にも供給する事も考えている。
もともとこのエリクサーは販売する為ではなく、イザベラの友人の為に作り、残り物ではあるがこれは自分たちの物だ。
なので、このエリクサー錠は予定通り、俺の知り合いにまず配布する事にした。
もし何かあった場合、いつでもすぐに取りだして使えるように、首からぶら下げられるステンレス製の防水ピルケースを買ってきて、それに入れて渡すことにする。
小さなピルケースだが、1粒を小さくしたおかげで、中には2錠分が入るようなので、2錠ずつ入れて配布することにした。
お世話になった由彦さんや一緒に手伝っていただいた皆さんそれぞれにも、俺から直接配っておく。
功労者でもある壮太君に渡したとき、彼からはこんなことをお願いされた。
「あの、母が病気かもしれないので、これ母にもいただけないでしょうか?」
昨日の朝、由彦さんと壮太君のお母さんである今井裕子さんが、工場の前で立ち話しされていたのは、その件であったらしい。
裕子さんは先日行った健康診断で問題が見つかり、明日から1泊2日で入院しての精密検査が行われるとの事。
入院を伴う精密検査と言う事なので、少し心配だ。
そして入院の日は、壮太君を工場に迎えに来れないから、帰りの際の送迎をお願いしに来ていたらしい。
それだったらと言うことで、壮太君にお母さんの分のピルケースも渡す。
更にケースに入っていない分も1錠渡し、これは帰ったらお母さんにすぐに飲んでもらうようにと伝えておいた。
明日の夜は、彼は俺達とコテージでいっしょにお泊りだ。
俺達は技術屋として彼にちょっと興味があり、少し話をしてみたかったのでちょうど、よいタイミングかなと思っている。
最近、技術の仕事から離れてしまっており、久しぶりに技術的な話が出来るのではないかとちょっと楽しみだ。
仕事に夢中になっているイザベラの気持ちが俺には良くわかる。 こちらは、シンパシーだな。




