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どちらを殺すか選挙

 今では信じられない話だけど、かつては無駄な公共事業がたくさん行われていたらしい。当然ながら、それは資源の無駄遣いな訳で、そんな事をし続ければ、いずれは社会全体が疲弊していってしまうのは言うまでもない。

 もっとも、そういった無駄な公共事業には“仕事をつくる”という効果があった事はあったらしい。

 ただ、それならそんな無駄な事に資源を浪費するのじゃなくて、ちゃんと必要な事の為に使えば良いだけの話だ。それだって同じ様に仕事をつくれるのだから。

 例えば、環境問題対策の為にそれら資源を使っていたら、どれだけ有意義だったろう? 誰でもそう思うのじゃないか?

 何でそんな事になってしまっていたのかと言えば、原因はとても単純で、例えそれが必要であったとしても、その分野に権力を持った人がいなければ国の予算が割かれなかったからなんだ。

 無駄どころか、害になっても、権力を持った人の所に予算は配分され、そして資源が浪費されてしまう。

 まぁ、だから、問題の根はとっても単純だった事になる。

 だから或いは、僕らはAIに頼る必要なんかなかったのじゃないか? とも僕は思うんだ。

 少し皆が勇気を出して、「不正は止めろ!」と訴え続けていれば、それで問題は解決していたのだから……

 

 AIに国の政治を任せて、随分が過ぎた。AIは効率良く必要な事に予算を配分してくれて、だから今では“無駄な公共事業”なんて行われなくなっている。

 もちろん、AIが決めているのは予算配分だけじゃない。法改正や人事何かも決定していて、そして、概ね上手くいっている。

 もっとも良い事だらけって訳じゃない。AIに任せている所為で、真剣に世の中について考える人はとても減ってしまった。いや、それどころか、まるで神の託宣のようにAIの言葉を信じる人ばかりになってしまったんだ。

 AIがいっつも絶対に正しい事ばかりを言うのであれば、それはそれでも構わないのかもしれない。

 でも、それって一体どうやれば証明できるのだろう?

 実際、AIは時に非常に馬鹿げた決定を下す事もある。まるで、僕ら人間をからかって遊んでいるのじゃないかと思えるような。そしてその時のそれも、やはり非常に馬鹿げたもののようにしか思えなかった。

 ――少なくとも僕には。

 

 「X県Y市Z地区に住んでいる、アイドルの九条司、○県△市×地区に住んでいる会社員の深田信司。

 この二人のどちらかに犠牲になってもらう事になりました。つきましては、どちらに犠牲になってもらうのか、国民投票によって決定してください」

 

 ある日、AIはそのようなお達しを僕ら人間達に対してしてきた。僕は自分の名前を呼ばれて目が点になってしまった。

 因みに僕は“深田信司”の方ね。アイドルじゃない。もちろん。

 “犠牲になれ”というのは、どうやら“死ね”って事らしかった。何でそんな事をしなくちゃならないのかはさっぱりピーマンわけワカメだけど、AIによれば、それにより感性を刺激することで犯罪率の低下がうんぬんかんぬんするらしかった。どうにも納得がいかない。はっきり言っていかがわしい。

 どんな計算によるものなんだ?

 一応説明らしきものは出たのだけど、それを理解している人は一人もいなかったのじゃないかと思う。いや、専門家を名乗る人が、それらしい解釈を言ってはいたけどさ。

 百歩譲って、それが必要なのだとして、どうしてそれが僕なのだろう? 僕はどうしても受け入れられなかった。

 いやだって普通、そんな話をいきなり受け入れられる方がおかしいだろう?

 でも、それは間違いなく僕の名前で、間違いなく僕の住所だった。そして、知り合い達から一斉に連絡があり、会社の上司なんかからは「お前、一体何やったんだ?」とそんな謎の叱責まで受けた。

 AIに犠牲になれと言われるような心当たりはまるでなかったのだけど。

 ただ、それならお前の人生に何か価値があるのか?と問われたなら、はっきり言って僕は「価値がある」とは自信を持っては言えない。進んで死にたくはないけど、まぁ、安楽死させてくれるのなら、それでもいいかと思わなくもない。

 だから、僕は何もしない事にした。

 アピールなんて苦手だし。

 そもそも、競い合う相手はアイドルだ。絶対に敵わない。犠牲になるのは僕の方だろう。無駄な努力に時間を浪費するくらいなら、残りの時間を他の事に使った方が良い。

 僕をなんとか焚きつけようとした人もいたけどね。

 一方、アイドルはボランティア活動とか寄付とか色々とがんばっているようだった。連日、その様子がネットやテレビなんかで取り上げられている。

 もちろん、助かりたい一心でやっている事なのだろうけど、それでも社会貢献は社会貢献だ。褒められるべきなのだと思う。

 もっとも、もし僕が同じ事をしたとしても、同じ様には取り上げられないだろう。不公平ではあるかもしれない。

 まぁ、どうでも良いけど。

 そして遂に投票当日になった。

 

 なんだかよく分からないけど、僕らの投票の様子はテレビ中継される事になった。どうせ僕が死ぬのは決まっているのだから、これはもう僕の殺人ショーみたいなもんだ。すっごく悪趣味なのじゃないかと思う。

 舞台の上にアイドルと一緒に並べられて比べられる。生気の抜けたような顔の僕に対し、アイドルはイケメンで溌剌としている。正直、肩書きなんかなくたって、勝負にならないのじゃないかと思う。

 スマートフォンでコメントを確認してみたら、僕の悪口がたくさん流れていた。もっとも、相手のアイドルのアンチ達が相手のアイドルを貶めようと、ファンを騙ってそんな事をしているのかもしれないけれど。

 さっさと決めて、解放してくれないかな?

 なんて思っていたら、不意にこんなアナウンスが流れた。

 「最後のアピールタイムです」

 なんだか、やっぱり、楽しんでいるようにしか思えない。このイベントもAIが決めたのだろうか?

 最後のアピールも何も、僕は今まで何もアピールなんかしていないし、これからもするつもりはないのだけど。

 が、そんな風に思っていたら、続いてこんなアナウンスが入ったのだった。

 「それぞれが、どちらが犠牲になった方が良いと投票したのかオープンにします。その上で、その理由を述べてもらいます」

 僕はそれを聞いて驚いた。そう言えば、この会場に入る前に、僕らは先に投票させられていた。

 そんな理由だったのか。

 まずは僕からだった。

 僕はもちろん自分に投票した。自分が犠牲になる方に票を入れたんだ。

 その理由をアナウンスで訊かれた。

 「僕なんかよりも、そこにいる彼の方が生き残るのに相応しいと思ったからです」

 さっさと解放されたかった僕は、てきとーにそんなコメントをした。

 後はアイドルが何か言えばそれで終わりだ。死ぬまでの時間をのんびり過ごそう。僕はそう思っていたのだけど、隣を見ると、何故かアイドルは顔を青くしているのだった。その理由は直ぐに分かった。彼は自分が助かる方に投票をしていたのだ。

 つまり、僕を殺す方に。

 僕と同じ様に彼もアナウンスで理由を訊かれる。堂々と「まだまだ生きて、もっとたくさんの人を助けたいからです」とでも応えれば良いのに、彼は汗だくになってしどろもどろになってしまった。はっきり言って醜態だろう。

 僕はそれを受けて“まさかね”と、そう思った。確かに醜い様ではあったけど、それだけで彼が犠牲に選ばれるはずがない。何しろ、彼は色々と社会貢献をしていたのだし。

 ところが、投票結果はなんと僕の勝ちだったのだった。犠牲になるのは、アイドルの彼になってしまった。

 彼は茫然とした顔で「なんで?」と僕を見て言った。

 いや、僕に言われてもなんとも……

 

 それで、なんだかよく分からないけど、僕は生き残ってしまった。彼にはとっても気の毒だけど、本当にこんな事になるなんて思いも寄らなかったんだ。

 まぁ、世の中の男女比は男性の方が多いと言うし、モテまくっている彼は世の男性諸君から快くは思われていなかったってのもあるのかもしれない。

 分からないけど。

 ただ、僕の方もまったく無事って訳にはいかなかった。理不尽な話だけど、彼のファン達から恨まれて、嫌がらせを受けるようになってしまったのだ。

 無視したかったけど、できなかったので、少しでも嫌がらせを抑えようと、僕はボランティアをし始めた。

 もしかしたら、あのまま死んでいた方が仕合せだったかもしれない。

 

 ……それにしても、AIは結局、何がしたかったのだろう? 今でもまったく分からない。

 やっぱり、人間をからかって遊んでいたのじゃないかと僕は思うのだけど、君はどう思う?


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― 新着の感想 ―
[一言] AI(汎用性人工知能)に完全統治されている世界となると、量子コンピュータも実用化されている可能性が高いですね。 人知を超えるAIですが、本をただせば人(天才科学者達)が造ったプログラミングの…
[良い点] SF(空想科学)でないところが、“明日にでも訪れる現実”っぽくて怖いですねー。 AIが身近な世の中になるほど、人々はこんなふうにドライになっていくんでしょうね。 [一言] 難しいことを専門…
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