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ep-1. 振られた僕と煙草


煙草一つに、多くの人々の人生が詰まっている。




 煙草が好きだった。



 正確には煙草と、煙草を吸う姿を素敵だと言ってくれた彼女が好きだった。

 普段僕のことをあまり褒めたりしない彼女だったから、そう言われたときはものすごく嬉しかった。


 誕生日にはジッポライターをプレゼントしてくれた。

 名前が刻印されたオーダーメイド製で、大学生の僕には大人の持ち物に感じた。カチャカチャと音を鳴らしていると、なんだか大人の世界の仲間入りをできた気がした。



 オイルの詰め替えで少しこぼしてしまったとき、彼女は顔をくしゃっと破顔させた。その顔が、僕はたまらなく好きだった。



 いつからか、彼女も煙草を吸い始めた。僕とは違う銘柄の、身が細くて甘い匂いをさせる煙草だった。

 どろどろに溶け崩れそうになるセックスをしたあとに2人で煙草をふかしていると、吐き出した煙が宙空で融け合うのが見えた。



 彼女はそんな様子を見て「2人のが混ざっちゃったね」と色っぽく微笑んで、僕はまた彼女を抱いた。彼女とキスは、甘ったるい煙草の味がした。





『え……どういうこと……』

『……ごめん、他に好きな人ができた』



 彼女が僕の家に居つくようになってからしばらく経って、同棲を考え始めていた頃に、彼女は突然そう言った。「話がある」と呼び出された喫茶店は煙草とコーヒーの匂いが芳しかったけれど、僕にはそんなことどうでもよかった。そのときだけは、煙草のフィルターについた口紅の色がたまらなく憎く思えた。騒がしかった喫茶店で、僕たちだけは痛いほどの静寂を味わっていた。

 

 禄に話し合う時間も持てないまま、彼女は出て行ってしまった。





 ぐちゃぐちゃに散らかった部屋と彼女が置いていった荷物を整理していると、机の上に煙草の箱が重なっているのを見つけた。そばには彼女が愛用していたコンビニのターボライターと、僕のジッポライターがが寄り添うように放置されている。なんだかとても、空虚に見えた。





「好きだったよ……君が煙草を吸う姿が……」



 自分のではなく彼女が残していった煙草の箱を手に取る。僕のより少しだけスリムなその箱には、一本だけ煙草が残っていた。



 僕のジッポライターが彼女の煙草に火をつけるその刹那は、胸の奥が張り裂けそうになる痛みを伴った。




「ああそうだね……こんな味だったね…………」




 初めて吸う彼女の煙草の味は、あの日のキスの味だった。




初の短編集です。

どこで完結、というゴールは現時点では定めてません。

ゆるゆると、彼らの日常を見守ってあげてください。


最近何かと嫌われがちな煙草ですが、きっとそこには色んな人の人生があるんだろうなと思います。

煙草を見たらこの物語が思い起こされる、そんな作品にしていきたいです。

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