7.決戦前夜
葛貫は、ほう、と息を吐くと、片手で目前の太刀と大弓を順に掴み取って立ち上がった。
「葛貫九郎はこの場に集う全ての者に誓おう」
そして集まる郷人の前でそれを高々と掲げる。
「必ずこの太刀と大弓をもって彼の百禍の元凶たる憎き朽縄を討ち果たし、この霞谷の地に平穏と泰平を齎さん」
わっと郷人たちの嬌声があがる。
人々は手を打ち、喝采をあげ、肩を組み、約定の成就を祝った。
いつの間にか誰かしらが瓶子を持ち込み、郷人総出の酒宴となり、葛貫もその輪に混ざって笑い、語らい
夜を明かした。
次の朝、日が昇る前に目を覚ました葛貫は、宿酔で転がる郷の男たちを押しのけ、拝殿の外へと足をむけた。
社の境内で朝靄の山並みに大きく欠伸をしたとき、旅支度を全て済ませた霞谷和比人の娘・翼が、同じく旅装束の老婆とともに葛貫の前へと現れた。
「行かれるのか」
翼は小さくうなずく。
「葛貫様」
言いよどむが、すぐに意を決して口を開いた。
「実は父から助力を断られたと聞いておりました。なぜ今、このような無理な頼みを聞いていただけるのですか。真に嫌なのであれば、今一度考えなおすことも――」
葛貫は翼の前に手をあげて、その言葉を制した。
「よい人生を見つけられることを願っている」
翼は何かを言おうとするが、すぐにあきらめたようで、微笑みながら涙を浮かべた。
「心より御武運をお祈りいたします」
深々と頭をさげると、その後は何も語ることないまま、葛貫の傍を去っていった。
翼の代わりに葛貫の前に来たのは、郷で最初に声をかけたあの老婆である。
側付として翼に付従うのだろう。
「葛貫様。蟒蛇に挑むとき、一つだけ心得て頂きたい」
「如何様な」
「楽広の蛇影 抱柱の信に霧散す。妄信は信念によって消え去るのです」
「賀茂の卜占か。心得た」
葛貫に別れの挨拶を済ませた主従は、靄と霞の中、一路京へと向かい旅立つ。
それを見送った葛貫は早速、郷の男たちを起こしてもう一つの旅の支度を始めさせた。
己の家の家具、食料、財産などの一切合財を整理させて、持って行くものを選ばせる。
二度と取りに帰れないかもしれないので慎重に吟味させた。
整理が終わった家から荷車にそれを載せ、家族一同で引いて山を下りていく。
葛貫は一軒一軒の支度を手伝い、郷を去っていくのを見送った。
郷中の家屋から全ての人がいなくなるまで、およそ一月。
最後の郷人を見送った葛貫は、郷の広場に立って無人の村を見渡す。
そして、さっと顔をあげ、遠く山並みの先に悠然と屹立する滾山の頂と、その頂に巻きつくようにとぐろを巻いて煙る巨大な黒い蛇影をにらんだ。
「あと二月。此処がお主の死に場所になろう」
黒い蛇影はその言葉を嘲笑うかのように、舌をちゅるりと出した。