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滾山の蟒蛇  作者: 木瓜庵
34/39

34.狂気の果て

どくん


と心臓が大きく脈打つ。


「かはっ」


寸暇。気を失っていた葛貫が、息を吹き返すと、目の前に矢尻が鋭く光っていた。

淑貞の身体を貫いた矢が、葛貫の左胸の肉をわずかに抉った所で止まってる。


荒い呼吸とうめき声に気づいて顔を上に向けると、淑貞が口から血を流し、苦しそうな表情で、壁にもたれる葛貫に覆いかぶさるように立膝をついていた。


「これは――」


葛貫の声に気づいた淑貞が、空ろな眼を葛貫に向ける。


「申し訳ありません。私が――愚かでした」


淑貞は息も絶え絶えな様子である。

よく見ると、淑貞の身体に刺さる矢は、先ほどの一本だけではない。

何十という矢が、淑貞の背中を腕を足を射抜いている。


「一生の不覚です。あのようなあからさま謀りごとに乗ってしまうなど。私は――ただ――」


言葉が続かず、大きく咳をすると、口からごぼりと血の塊が葛貫の腹へと滴り落ちる。


「それ以上、喋ってはいけない。淑貞殿」


「ですが――私が――」


「よいか。儂らがどのような行動をしようとも、あの郡司は必ず我らを襲ったはずだ。誰が悪いというわではないのだ」


「私は――ただ――初衣殿を――守りたくて――私が――」


もう淑貞に葛貫の声は届いていない。

淑貞は朦朧とした表情で、葛貫と淑貞の傍らに横たわる初衣の亡骸へと視線向けた。


「共に逝けるなら――また――あいまみえて―――」


淑貞の手が、初衣の頬をなでようとしたその時。


たんっ


一本の火矢が初衣の髪を射抜いた。


「は?」


たんったたんっ


続けて数本の火矢が初衣の身体に刺さり、瞬く間に初衣の髪が服が火に包まれる。


「あ。ああああ――ああああああああっ」


淑貞の嗚咽のような叫びが喉からあふれ出す。

その叫び声のただ中、火矢は次々と拝殿の中へと射込まれる。


「はつ――いどの――はつ――いぃぃぃ――まも――る――わたしはあああああぁぁぁぁぁっ」


一面炎と煙に包まれながら淑貞の声が葛貫の脳裏へと襲いかかる。


狂気。怨嗟。悲哀。死。絶望。そして孤独。


それは炎の形を成し、葛貫の中にある理性を奪い去り、その思考をかき乱していくようだった。


何故裏切られてしまうのか?

何故死ななければならないのか?

何故世界にこれほど苦しいのか?

何故孤独なのか?

何故誰も信じてくれないのか?

何故思いを伝えられないのか?


何故、


あらゆることが、


自分の想いを裏切るように進んでゆくのか。



憎いのだ。

ありとあらゆる全てが憎い。


自分を裏切った全ての者を喰らい尽くしてやる。

根絶やしにしたら、また喰ってやる。


世界の全てを。


飲み込んでやる。


それほどに、腹が減っているのだ――




気付けば葛貫は宙に浮いていた。


霞谷の村々を見下ろすような高い場所から、下の世界を睥睨している。


いや、これは浮いてるわけではない。


立っている。

足が無いはずなのに己の身体で立てている。


見下ろすと、目の前に首の無い死体が転がっていた。

ああ、これはあの郡司の亡骸だ。

なんと小気味良いことか。

誰が殺めたか知らんが、清々するとはこのことだ。


よく見れば郡司の亡骸の周りに、郡司の郎党たちがちらほら、葛貫の方を見上げながら、腰を抜かしたり、慌てふためいて逃げようとしている。


これはなんとも。


美味そうではないか。


葛貫は舌なめずりすると、腰を抜かして座り込んでいる者に向かって手を伸ばす。


葛貫の手に捕まった郎党は手足をばたつかせて逃れようとするが、手に力をこめると、その身体は動かなくなってしまった。


葛貫は静かになった人の身体を頭からばりぼりと喰らう。


実に美味い。


もう片方の手で逃げようとしている男を捕まえ、これも喰らう。


まだ足りない。

もっと食べないと、飢えて死んでしまう。

だが幸いなことにここには何十という餌がある。


選り取り見取りだ。


葛貫はその場にいた者達を次々と食べていく、食べれば食べるほどに空腹は増していき、渇望が肥大化してゆくようだった。


たべたりない。

もっとたべたい。


この場の者を一通り食べ尽くすと、葛貫は立ち上がり、村の方を見下ろした。


あの村にはもっとたくさんの食べ物があるはずだ。


あちらへ行こう。


葛貫は、楽しそうに腹の鱗をかちかちと鳴らして村を目指して進み始めた。


その時。


見下ろす村の屋根の上に、蹄を鳴らして一頭の馬が飛び乗った――

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