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滾山の蟒蛇  作者: 木瓜庵
32/39

32.謀殺

からん と葛貫の口から太刀が床に転がり落ちた。


「これは――何故―――――――」


淑貞は唖然とした表情で葛貫と初衣の亡骸を見比べる。


「落ち着け。罠だ」


しかし葛貫の声は淑貞には届かない。


淑貞は拝殿の戸を開けるその瞬間まで抱いていた、夢や希望といったもの全てが、一瞬で崩れ落ちてゆく感覚の中に溺れていた。


全てがあっという間に洗い流されて、後に残されたのは、伊福部惟茂が淑貞に撒いた猜疑の種だけである。

その種は初衣の死を目撃することで発芽すると、瞬く間に淑貞の心を暗闇の中に蝕んでゆく。


「何故――殺したのですか」


「儂ではない」


「目障りだったからですか。それとも言い寄って断られたからですか」


「知らぬ」


「ふざけるなっ」


総毛立つとはこのことであろう。

怒りのあまり淑貞の全身の毛という毛は逆立ったようであり、震える狩衣の裾がはためく。

淑貞は怒りを抑えるように深く息を吐くと、腰に刷いた太刀の柄に手を伸ばし、それをすらりと抜き放った。

葛貫の目にうろたえた様子はない。むしろ諦観といっていいそれである。


「―――よいか、それを使えば、最早後戻りはできぬぞ」


「問答無用。初衣殿の(かたき)


淑貞は太刀を構えて、だんっと踏み込み跳躍する。

軽やかな足並みで、床板の上をたたたたんと鳴らしながら、太刀の切っ先をまっすぐに葛貫の喉元へ向けて疾駆した。


身動きが取れない葛貫の目の前で左足を踏み込むと、太刀を一度大きく引き下げ、そのまま葛貫の喉元へ。その切っ先をもって貫く。


「蛇になるな」


葛貫がぼそりと発した言葉が、今まさにその命を刈り取ろうとしていた淑貞の耳にふっと届いた。

淑貞の突いた太刀の切っ先が、葛貫の喉をわずかに皮一枚傷つけたところでぴたりと止まる。

つうっと血が一筋葛貫の喉を這う。


「なにを――」

不意の言葉に淑貞は驚いた表情を浮かべた。

葛貫はようやく届いた自分の声を続けるために口を開こうとした。そのとき。


だだだたん


と、拝殿の壁三面を覆っていた全て雨戸が勢い良く手前に蹴り倒される。


「なっ―――」

「池田淑貞。そこを動くなっ」


振り返ると、数十人の武装した兵がぐるりと小さな拝殿を取り囲んでいた。

その全員が弓をしっかりと構えている。

そして兵たちの真ん中に立つのは伊福部惟茂である。

笑みを抑えきれない惟茂は、いびつに口角を歪めながら、口上を続ける。


「汝、霞谷郷を押領せんがため、前の領主葛貫九郎殿を殺害したる罪、万死に値する」

「池田郡司の名をもって逆賊を誅殺せん。者共、矢を番えよ」


「郡司殿、一体何を言っているのだ。私はただ」

振り向いた淑貞の手には、抜き身の太刀。


「太刀を抜いているぞっ」

兵の一人が声高に告げる。

「うぬ。やはり反逆の徒であるか」


「違う。私は」


「問答無用。この男は葛貫殿の敵である。者共矢を番えよ」

それを合図に惟茂の郎党たちは、拝殿の中へ向けて矢を向け、弦を引いた。


にたりと笑う惟茂の視線と、壁に抑え付けられるように倒れていた葛貫の視線が交錯する。


葛貫は低い声で告げた。

「この行いに何の意味があるのだ――」


「放て」


ひゅん


一の矢が放たれたのを合図に、拝殿を取り囲む惟茂の郎党達の矢が一斉に拝殿の中へと放たれる。


たたたたたたたたたっ


部屋の隅から隅まで。動くものが一切いなくなるまで何度も何度も矢を番え直し。


たたたたっ

たん

たん


そうして全ての矢が放たれ終わると、拝殿の中は静寂に包まれた。

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