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滾山の蟒蛇  作者: 木瓜庵
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3.災禍の村

壬生郷を出た葛貫は、国を離れる前に、一度霞谷何某(なにがし)に挨拶をしようと、垂井の国衙へと足を運ぶ。


健児所を訪ねると、衛兵に、霞谷は三月に一度、郷里へ戻っていて、昨日から国衙にいないのだと告げられた。


なんとも具合の悪い時に来たのかと悔やんだが、そもそもが日限のない旅なのだから霞谷の郷でも訪ねて別れを伝えようと思い立った。


改めて衛兵に霞谷の郷の行く先を尋ねてみると、怪訝な顔をされる。


「止めておけ。戻るのを待つか、会うのを諦めたほうがいい」


国衙の兵たちの態度に葛貫は思いあたる節があった。

おそらく壬生の郷での事で、自分に不審を抱いてるのであろう。

霞谷に感謝を告げに行くだけだと何度も説得し、言いよどむ衛兵からようやくその場所を聞きだすことに成功した。


霞谷氏の領地である霞谷郷は、壬生の郷より更に北へ上り、揖斐川(いびがわ)の支流、霞川(かすみがわ)に沿って奥深い山を分け入った先にあるのだという。


言われたとおりに揖斐川を上り、その支流を進むと、山間をぬける峡谷へと景色が変わっていった。

切り立った谷をいくつか越えると、更に山が深くなり、霞が谷底を覆ってゆく。


「なるほど霞谷とは良く言ったものだ」


葛貫は得心しながら険しい山道をどんどんと進んでゆく。

すると突然視界が開け、霞の中に浮かぶ島のように、丘の上に家々が集まる集落に行き当たった。


「ここが霞谷郷なのか」


村に入ると、一見して、人が去り朽ち果てたような様相を呈していた。

妙な違和感を覚える。

村から精気のようなものが感じられない。


広場らしき場所まで歩いていくと、ようやく幾人かの村人の姿が見て取れる。

しかし、彼らはみな一様に襤褸を纏ったみすぼらしい格好をしていた。


葛貫は広場で所在なげしている村人のなかでも、物を知っていそうな老婆に声をかる。


「すまない。儂は葛貫九郎と申すもの。領主殿の舘は何処か」


老婆は突然現れた葛貫に驚きながらも、広場の先にある柵で囲まれた板葺きの建物を指差した。


「長者様は昨日お帰りになられた筈じゃが、今朝はご家族共々顔を見せぬ。何ごとも無ければよいのじゃが」


憂いを孕んだ表情を見せる老婆の言葉に、広場にいた村人たちはそろって頷きあう。


葛貫の違和感は更に高まる。

よくみると広場にいる村人たちは、領主の舘から少し離れた場所に集まり、舘の様子を心配そうに伺っているように見える。

だが、決して舘の敷地へは足を踏み入れようとしていない。


彼らの表情や態度が示すその感情は、恐れなのだろうと葛貫は感じ取った。

とすると、その原因はあの舘にあるとしか考えられない。


葛貫は舘を見上げて意を決する。


「失礼」


葛貫、踵を返すと歩き出した。

開け放たれた板門を通り過ぎ草露に湿った庭に足を踏み入れると、村を覆う霞の密度が更に濃くなったように感じられた。


葛貫は腰を低くかがめると、脇に手を持ってゆくが、その手は空を切った。


「そうか、刀などとうに捨てておったわ」


戻るべきかと、広場のほうへ顔を向けると遠巻きに村人たちが葛貫の一挙手一投足を見守っている。その目には期待と不安が入り混じっていた。


戻れるわけはないか。


葛貫はあらためて舘の方を向き直り、すぅっと息を大きく吸うと大音声をあげた。


「頼もう。此処は霞谷郷の領主、和比人殿の館とお見受けする。儂は先日こちらの御館殿と知己を得た葛貫九郎と申すもの。この口上をお聞きならばどなたか戸を開けていただけぬか」


「―――――」


返事はない。

無駄か。ならばと葛貫は両手の拳を強く握って、扉に向かって駆け出そうとしたそのとき、


すうぅ


と、館の扉が音も無く開いた。

そして、扉の先の真っ暗な闇の中から、


ぽぉん


と、何が飛び出し、くるくると宙天を舞って葛貫の足元へどさりと落ちた。


なるほど、その落ちた物に葛貫は見覚えがあった。


それは、ほんの数日前、壬生の廃社で語りあった霞谷和比人の生首であった。

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