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滾山の蟒蛇  作者: 木瓜庵
23/39

23.目覚め

鬨の声が響き渡る。

葛貫九郎は、黒鹿毛の駿馬に跨り、手勢の一番前へ駆け出すと、前面の敵へむかって怒声をあげながら太刀を振り上げた。

頭上より葛貫をめがけて放たれた矢雨を太刀で払うと、返す刀で敵の雑兵を三人ほど束でなぎ払った。

鮮血と叫び声が響く。

葛貫は太刀にこびり付いた臓腑を払い落とす。


「よいか、常州の兵にこれ以上田畑を収奪をさせるな。一人残らず殺せ。命乞などを聞くな。奴らは野に逃れ匪賊となるだけだ」


葛貫の呼びかけに、手勢は「おおっ」と応じた。


「我らはこのまま鹿島にいる敵陣の背後をついて奇襲をかける。皆、遅れをとるな」


そう言って馬の手綱を引いたとき、


ざんっ


と一本の矢が葛貫の乗る馬の首を貫いた。

馬は、「ひひぃいいん」と大きく嘶くと、そのまま地面にどさっと倒れこむ。

葛貫も馬上で態勢を崩して、馬の背から投げ出されるように地面へどすんっと落下した。


「くっ。何事か」


葛貫は持っていた刀を地面へ突き立て、柄を支えに起き上がり、放たれた矢の元へと視線を向けた。

そこにはいるはずのない敵の本軍が馬首を並べて、葛貫の手勢に対峙していた。


「なんだと。敵軍がなぜここに」


葛貫は咄嗟に自分の背後にいる手勢を見返した。

するとそこにはいるはずの味方の姿が誰一人いない。


「なぜだ」


「すべてお前の所為ではないか九郎――」


聞き覚えのある声が耳元で聞こえて、もう一度敵陣の方へと振り向く。

そこには敵軍を従えるように、老年の鎧武者が立っていた。


「主殿なのですか。なぜ、主殿が敵といっしょにいるのですかっ」


葛貫はその鎧武者、平忠常に向かって叫ぶ。


「九郎よ。お前は殺しすぎたのだ。お前の所為でどれほどの命が失われたかわかるか」


「儂の質問に答えてください。主殿っ。もしや我らを裏切ったのですか」


「お前が戦功をあげる度に敵は田畑を十、二十と焼き払い、村人を切り殺す。もうこの国に、耕す畑は残っておらんではないか。すべてはお前の所為なのだよ」


「主殿っ。それは儂の所為ではない、敵の、国衙の受領共の暴虐だ。主殿もそう言ってたではないか。それを今更、裏切るのか」


「罪を償え、九郎よ」


忠常は太刀をすらりと抜き放ち、葛貫に向けて振り下ろす。

葛貫は、両手でそれを守ろうとするが、手が動かない。

視線を向けると、両手が肩から無くなってしまっている。


なんだこれは。


葛貫はあわてて逃げ出そうとするが、足に力が入らず、どさりと地面に転がり落ちてしまう。


「な、ん――」


振り向くと腿から下の足がすべて無くなっている。

もう葛貫にはなすすべがない。

見上げると忠常の太刀が、今まさに葛貫の頭上に振り下ろされそうになっている。


「くずぬうううきいいいっ」


激しい叫び声とともに視界が暗闇に覆われ、すべての音が消えて。


葛貫は目を。


ゆっくりと開けた。


「――」


目を開けて最初に見たものは、若い女性の姿だった。


「あっ」


濡れた布で葛貫の顔を拭いていたらしい女性は、葛貫が目を開けたことに気づくと驚いた表情で後ろを向く。


「わっ、若様。お目覚めになりました」


女性の呼びかけに、「まことか」という若い男の声が応じる。


たたたっ


という足音とともに、視界に若い身なり良い男が入ってきた。


「おお。本当にお目覚めになられたのですね。よかった。何日も意識が戻らず、もしやこのままと心配しておりました。我ら一同、お目覚めになることを、今や今やと待ち望んでいた故、こうしてここに詰めていた次第でして――」


「少し待ってくれ」


葛貫は若者の言葉を遮る。


「ここは何処なのだ。それにお前は誰だ。儂は一体どうしたのだ」


「おお、申し訳ありませぬ。先に説明せねばなりませんな。ここは霞谷郷の外れにある滾神社の社殿です。一度来られたことがあると聞きましたぞ」


「神社の、社殿」


葛貫は自分が寝かされている部屋を見渡す。

確かにあの神社の社殿のようだ。

なぜ自分はこんなところにいるのだ。


「そして私は、池田荘司・公貞の弟で淑貞と申します。この女性は以前、霞谷和比人殿お屋敷で働いていた郎党の娘だそうですぞ。我ら二人、兄より葛貫殿の世話を任されている身。何なりとお申し付けください」


「霞谷和比人――。そうか、儂は霞谷殿を殺した大蛇とやりあっていた筈」


「そうです。そこです、葛貫殿。我らも聞きたい事が一人あるのです」


淑貞は興奮気味に葛貫に近づく。


「滾山の蟒蛇は退治されたのですか」


その問いかけに葛貫は、目を少し閉じて記憶をめぐらせた。


「殺した。確かにこの手で」


「やはり。やはりそうでしたか」


「だが、あの時、儂は意識が朦朧として、何か、起きた」


「何か、とは」


「たしか、突然噛まれた腕が痛み出した。そしてそれを押さえようとした手が落ちた。次に反対の手が落ちて、すぐに両足が崩れ去った。儂は地面に倒れて、そこから先は、思い出せない」


「そうだったのですか――」


「若いの。聞かせてくれんか。どうやら儂は今、体が自由に動かせんようで、自分で見ることが叶わん。儂の両の手足だが、ついておらんのか」


「それは」


「―――」


「ついておりません」


言い淀む若者のかわりに、若い女が静かにそう告げた。


「やはりの」


葛貫はため息をつくと、静かに目を閉じた。


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