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滾山の蟒蛇  作者: 木瓜庵
22/39

22.正体

かんかんかん


御簾が下ろされ薄暗くなった部屋の外から剣戟が響き渡る。

外で何が起きているかわからなくなった分、恐怖心が増してしまう。

それでも翼は源三郎の言葉を信じるしかなかった。

ここから逃げることなんてできない。


上段に座す宇治大納言も飄々とした態度を崩さず翼に語りかける。


「歴史を(つまび)らかにする前にまず、滾山の怪物ついて一つ間違いを正さねば成らんことがある。それが間違えておると全ての話がおかしな事になってしまうからの」


「間違いですか。それは一体なんなのでしょう」


「うん。あれ(・・)の正体についてじゃ。あれの正体は蟒蛇(へび)ではないのだよ」


「――」


翼は息を呑んだ。

そうだ。心のどこかでその可能性を感じていたではないか。

しかし言葉にするのを躊躇っていた。

大蛇の怪物と思っていたほうが話は簡単になるのだから。


「その正体は、人。なのですか」


「うん。そう。なるほど。そなたも気づいておったか。聡い童女じゃ」


「平城宮に帝がおられた頃からずっと、朝廷は長い間内密に、しかし継続してその正体について研究を続けておった。その結論としてあれの正体は、猜疑や亡念に囚われ狂気を宿した人のなれの果てと考えられておる。怪物というよりは怨霊じゃな」


「一体誰の何の怨念があれほどのものを生み出すというのですか」


「そうじゃな。うん。あれは誰彼(だれかれ)という個人ではない。少なくとも四人。もしかしたらそれ以上の、あれを一度は討ち取った者の持つ怨嗟が積み重なって出来ておる」


「討ち取った者ですか」


「そうじゃ。あれの恐ろしい所は、討ち取った相手に呪いをもたらす事じゃ。それは、四肢を食み、その心に妄念を生み出す。やがてその者のたどり着く先は――」


「蟒蛇」


「そうじゃな、そう呼ばれる何かじゃ」


「そんな、じゃああの人は――。一体どうすれば良いのですか」


「その答えは我らは持ち合わせてはおらん。ただ今まで我らが知りえたことを教えることはできる。そこからそなたは一人で答えを見つけ出さねばならん」


「私が」


「うん。そうそう」


「わかりました。必ず答えを見つけ出して見せます。ですから教えてください。全てを」


「いいじゃろう」


宇治大納言は扇子を手に持つと宙の何処(いずこ)かを指し示した。


「滾山に棲み付いた怪物の壮大な物語はそう、記紀にある、景行天皇の濃州行幸より始まるのだ――」

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