16.崩落の村
激しい轟音。
その後、かたかたと細かい振動が建屋を揺らした。
「地震。いやこれは、地鳴りか――」
公貞は蝋燭の明かりを吹き消すと、床に置いた太刀を手に取る。
「誰か。誰かある」
叫びながら部屋を出ると、縁側を渡って庭へと飛び出た。
そこには自分より先に何人もの家人が外へ出てきている。
松明を手に持った弟を見つけて駆け寄った。
「淑貞、何があったのだ」
「兄者。詳しくはわかりませんが崖崩れのようです。ほら、あちらに白い影が――」
まだ加冠したばかりの弟は必死な様子で暗闇の先を指さしている。
弟の指示した方をじっと見ると、確かに暗闇の中、いつもと変わらない山の稜線の先に、白い靄が激しく立ち込めていることが見て取れる。
「確かに、あれは土煙にも見えるな」
「だとするなら、雨も降ってはいないのになぜ崖崩れなど起こったのでしょうか」
「うん、そうだな」
問われて公貞は瞬時に思考をめぐらせる。
「まさか。いや、そんなことはさすがにしまい。だが――全く分からん」
「兄上でもわからないのですか」
「いやしかし。なにが起こったのかわからないが、あれが蟒蛇に関わる何かだという事は、はっきりわかるよ」
「蟒蛇――」
公貞は不安そうにつぶやく弟の頭を軽く叩いた。
「心配するな、淑貞。何があっても私はこの荘に蟒蛇を入れるつもりはない。もし葛貫という浪人が失敗したならば、次は私の番だ」
それから、十日間。
山からは何も聞こえなくなった。
まったく情報が入らないことに業を煮やした公貞はついに霞谷郷へ入ることを決意する。
池田公貞は二十名の武の心得高い郎党、そして自ら参加を買って出た弟の淑貞と、霞谷から避難してきた領民の若衆五人程を案内役として、霞川の上流を目指し山へと分け入った。
「霞がかかっていない」
谷へ入るなり霞谷の若者の一人が驚く。
確かに霞川といえばいつでも靄の中にある印象ではある。
それが全く出ていないというのは一体どういうことなのか。
「靄は大蛇の息です。それが無いという事はやはり大蛇は滅びたのかも」
若者の言葉に皆が「おお」と感嘆の声をあげた。
予断は禁物であるが、どうやら幸先は良さそうだ。
公貞達が谷へ入って半日。
一行はついに霞谷郷が見渡せる場所へとやってきた。
そこで見たのは驚きの光景であった。
「やはり山崩れ――いや、山を崩したのか」
郷を囲む四方の山体が崩壊し、郷の外周の家々が崩れた土砂の下敷きになって圧壊していた。
「なんと壮絶な。これが化け物との戦いだというのか」
この二か月、葛貫という男の事を知るほどにこのような策を打つかもしれないと予想はしていたが、実際に目の当たりにすると流石に驚きを隠せなかった。
傍にいた淑貞は崩壊した村から視線をあげて口を開く。
「ですが兄上、大蛇の吐くという靄はまったくありません。滾山の方に至るまですべて澄み渡っております」
「ふむ。やはり勝ったという事なのか。では、その葛貫という男はいずこに――」
公貞が言うや否や、郷の若者が中央の広場を指差しながら大きな声を上げる。
「人だ。あそこに人がいるぞ」
郷の中央の広場の隅に人が倒れているのが見て取れる。
「主」
「兄上」
駆け寄る郎党達と淑貞に、公貞はうなずいた。
「急げ。息があるやもしれん」
「はっ」
淑貞と郎党十名ばかりが一斉に郷へ向かって走り出した。
土砂をかき分け、崩れた家屋の脇を通りぬけて広場へと達する。
倒れている者のもとへ駆け寄って、彼らはそれに気付いた。
そう。
倒れている男の手足がすべて無くなっていることに。




