10.計略
剣戟と矢嵐、轟音と唸声。
谷間の静かな村が、この夜はまるで大合戦が行われているかのような喧騒の中にあった。
葛貫と大蛇の死を賭した戦いは、お互いに決め手を欠いたままで持久戦の様相を呈している。
葛貫が張り巡らせた罠で大蛇を捕縛し串刺して輪切りにせんとすれば、大蛇は雲霞ごとく身体を自在に崩して闇に溶け、姿を隠しつつ、葛貫の背後から四又、五又に分かつ首を以ってその喉元を掻き切らんと襲い掛かった。
然し葛貫は、風の流れを読んでその攻撃を寸での所でひらりと避ける。
だが、このまま戦いが続けば忍耐の力が物を言う。小柄な人の身はいずれ筋の力が衰え、大蛇の動きに追いつけなくなることは必定。
広場の中央に立ち、葛貫は肩で息をしながら焦っていた。
罠に嵌めさえすればそれで勝負は決する筈だったのだ。初手で打ち伏せることが出来なかったのが手痛い。
それに、あの大蛇は窮地に陥ると肉体が霞に変わる。そうなるともはや刀も矢も貫通してしまい打つ手なしである。
あの霞をどうにかしなければ、葛貫に勝機はなかった。
だというのに、村中に張り巡らせた罠の残りが僅かになってしまっている。
決め手になりそうな物に至っては、たった一つしか残っていないといってもいい。
奥の奥の手である。出来れば使うべきではないが、これしか手が残っていないのだ。
「やるしかないか」
葛貫はつぶやくと、携えた大弓に矢を番え、夜空に向けて放った。
三十歩ほど離れた場所に居た大蛇は、葛貫のその行動が新たな罠を発動させるそれだと気づいて、機先を制さんと、四つの頭が葛貫向けて這い出した。
しゅるしゅると鱗啼を響かせ、すざましい速さで葛貫の足元まで這い寄った蛇頭等は、四方より葛貫の頭を狙って跳ね飛んだ。その時――
だん、だだだだん
音をあげて大量の丸木や木片が空から降り注ぐ。
四ツ頭はそれが葛貫の罠だと感づいて、これを避けずに突破して、葛貫に達さんと、前進を選ぶ。
ざんっ。どす
一つ目の頭が丸木に貫かれ、木片に胴を真っ二つにされ葛貫の鼻先で四散する。
二つ目の頭が葛貫の頸をねらって牙を向けるが、葛貫の太刀が見事にそれを一閃、切り裂いて、返す刀で三つめの頭の喉元へと切っ先を突き出して串刺しにする。
四つめの頭は、丸木と木片を避けて、葛貫の背後をついてその肩へとがぶりと喰らいつく。
「得たりいいいい」
大蛇が低い声で唸る。
「そは如何か」
葛貫は蛇の牙の鋭い傷みに耐えながら、挑発的な笑みを零して、反対の手で噛み付いた蛇の首根っこをむんずとつかみとる。
「小賢しいわ」
大蛇は唸ってぎりぎりと肩を噛む力を強めるが、葛貫は気にも止めてないような表情で夜空を見上げている。
なんだ――
蛇の脳裏にかすかな違和感が感じられた。
そうだ。罠だ。
先ほどの罠はなんだ。丸木や木片が空から落ちてくる。それだけだ。
今までの必殺の一撃の罠とは異なる。ただ木を落下させるだけの罠。
木の板と丸木。
なぜそれが落ちてきた。それを落とす意味はなんだ。
逡巡して大蛇はある結論に思い至る。
土留か。
大蛇は慌て視線を空に向けるが、時はすでに遅きに失していた。